秋祭り 宵宮 | 鬼城

秋祭り 宵宮

2016.10.29.Sat.17:30
雨上がり

電話がかかってきた。
、「今日の宵宮祭りはあるの?」
「たぶん7時過ぎではないか」と返事をした。
7時に行くと赤々と電気が点いていた。
人影はまばら・・・

宵宮1
お参り

まずはお参りをし、一巡り・・・
提灯にもあかあかと明かりが点いている。

宵宮2

宵宮の始まり

祝詞と太鼓が・・・
氏子総代の方が受けられている。


宵宮3


お練り

牛鬼が拝殿に・・・


宵宮4


猿田彦の尊

大工町のお練りである。


宵宮5

白鷺の舞

浦安の舞とばっかり思っていた。
代表の方にお聞きすると、浦安の舞は神域でしか舞えないとのこと・・・


宵宮9

八つ鹿

出番を待ち、待機している・・・

宵宮6

八つ鹿踊り

夜の撮影は難しい。
特に動画撮影の光が邪魔をする。

宵宮10

佐伯町の荒獅子

最近、子どもたちの活躍が目に付く。
伝承普及会の方たちの努力だろう・・・

宵宮7
コメント
 宵宮の撮影準備をしていたとき、所要が入り出かけることができなくなりました。出鼻をくじかれた形になり、29日も撮影ができませんでした。
 雨が降ったので々かなと心配していましたが、今年も多くの人出があり、盛会のようですね。
 浦安の舞の女の子の緋のはかまに動きがあった。上手いですね。
歌詞や囃子が
♬し~かのこぉをは~♬  ♪トトンのドンドン♪
囃子間違っているかも・・・
謡いも定かではないですが・・・次出てきません!!?

郷愁そそります。
笑隆で~す。様
フラッシュ買ったらと宇和津産から・・・笑隆で~す。さんが使っている型番を教えてください。なんとかせねばいけません。来週の日曜日が過ぎれば、少し間が出来ます。いろんな情報が入っています。(笑い)
結女 様
松野にも鹿の子派在りますね。歌は少しの違いがあるけれど、同じようなものと聞いています。メロディーもにているとか?東北地方の荒々しいものと違い、たおやかなイメージだそうですよ。それだけ風土が温厚なのかも・・・

歌詞

まわれ廻れ 水車
 遅く廻りて
 堰に止まるな 堰に止まるな
十三から これまで連れたる
 めん鹿をば
 こなたのお庭に
 隠しおかれた 隠しおかれた
なんぼ尋ねても 居らばこそ
 一本すすきの
 かげに居るもの かげに居るもの
風が霞を吹き払うて
 今こそ め鹿に
 逢うぞうれしや 逢うぞうれしや
奥熊が 奥の永途を越えかねて
 爪を揃えて
 はやすおもしろ はやすおもしろ
遠くから祭囃子が聞こえてきそうです。子供たちの活躍を目にするとこれからも続いていけるなと希望が湧きます。
 浦安の舞、牛鬼の写真動きが伝わってきます。結女さんは小学生の頃、浦安の舞を踊ったと言っていました。半世紀以上前の事?
吉野の食いしんぼう 様
祭り囃子、いいですね。やはり田舎暮らしで都会の祭りとはひと味違いますね。一宮様の祭りが済めば秋が深くなり、冬支度でした。11月になると「いのこ」四季の移ろいですね。
浦安の舞を結女さんが舞ったとか。半世紀?(笑い)
半世紀前に・・・
歌詞ありがとうございます。
歌うことは出来ませんが・・・
浦安の舞、同級生4人で踊りました。短い髪を束ねて
神主さんが持っていた物???を付けて
写真屋さんを呼んで、疲れた姿を床の間の前で撮りました。
白黒写真です。半世紀前です。
歌詞は書き取りました。
おいのこの歌詞は、以前にもらっているので、
そこに残しておきますね。
 いいお祭りの写真ですね。私も巫女さんの袴が膨らんでいる絵が気に入りました。それと最後の獅子舞と男の子の写真にも動きがあっていいなと、見ました。ストロボをたいた写真とそうでない写真がありますか?
いや~素敵な画像ですね。夜がひたひたと近づいて、深まってくる感じがします。神聖さがそうさせるのかな。夜間の撮影はとても難しい。ストロボが邪魔をするし、人の動きも取りづらい。これだけ美しく撮られるなんて、さすが鬼城さん。宇和津彦神社の宵宮ですか、立派なお祭りですね。素晴らしい。近所の小さな神社のお祭りとはエライ違いです。(それはそれで良いのだけど)できたらこの目で見てみたいな。
市内の秋祭りも終わりましたね~強力フラッシュの時代になりました。常時照明の動画撮影など撮影も苦労します。私のスピードライトでは太刀打ち出来ません
(´ω`。) なので夜の撮影は嫌いです(笑)八つ鹿踊りだけは何とか撮りたいのですが難しくなっています。
宇和島は一宮さん秋祭りが最後で、あとは忙しく歳末の風景が街にただよたものです。
何方かが書きになった八つ鹿踊りの「回れ回れ水車・・・」は、関東のあちこちの踊りの導入歌として残っていて、おそらく平安末期から室町時代によく歌われたので、それを八つ鹿踊りでも利用したのでしょう。
拙著「八つ鹿踊りと牛鬼」に載せておきました。
木下博民 様
昨日も東北から来られていました。秀宗は仙台から・・・宇和島人も間違うことですね。生まれは育ちは岩出山ですが、仙台には、父親の葬儀の時しか行っていない。江戸から宇和島入りがなかなか分かりません。先生の著書にあるようにメロディーも関東からと東北が混ざっているのかもしれません。全て謎ですね。
鹿踊りはもともと狩猟民族の供養歌で、関東以北に多いのは当然です。
何方か、南予の戦国時代以前からの習俗を捜し、研究されているかたは折られませんかね。
木下博民 様
中世の南予に関して研究されている人は聞いていません。h値万神社の古文書等にあるのかもしれませんが、調査は入っていない現状のようです。蔵の中に整理されていましたが、文献を解読された方は居ないようです。民俗学は言い伝え・・・難しいですね。

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