石鎚登山前日 | 鬼城

石鎚登山前日

2016.10.18.Tue.15:00
石鎚登山

厳冬期の石鎚、厳しい山!
「愛媛の酒造り」に掲載されている。

石鎚登山前日、砥部在住の友人が坂村真民記念館、造り酒屋を案内してくれた。
順番は違うが、まずは協和酒造株式会社・・・

初雪0
協和酒造株式会社

この会社は大吟醸純米酒「はつゆき」で有名である。
女将さんと話をさせていただいたが、蔵元の歴史と伝統を感じる。

初雪1

試飲

初雪の試飲をさせてもらった。
大きなおちょこに遠慮をしたのだが、友人が一杯注いでくれた。
辛口だったが(これくらいは分かる)、のどごしは良い!
別の「初雪」も・・・
即、酔いが回った。
いつものことながら、飲むことに関しては、酒に弱いので経済的である。

初雪

坂村真民記念館

いつも素通りで一度は訪れないとと思っていた。
友人がそれならと案内してくれた。
協和酒造の隣り合わせである。
現在の展示・・・

真民1

宇和島市での教員生活

砥部に居住されるまで宇和島市におられた。
高校の教員を続けられ、同級生もいたところから自宅へ何度か行ったことがある。
無口で、怖かった記憶がある。

真民2

入館券

この博物館にはいつもボランティアガイドさんがいるとか。
説明があるのと無いのでは格段の違いがある。

真民3

昼食

三越の売り場へ行き、友人の仕事ぶりを見学(笑い)
それから昼食・・・「五色そうめん」へ・・・
チェックインまで時間が合ったので「そらともり」の温泉に行く。
新しい場所ばっかり案内してくれ、感激!
楽しい時間を過ごすことができた。
感謝感謝!

さあ、明日は石鎚!
夜は「夢」で前夜祭・・・盛り上がった。

そらともり
コメント
 坂村真民記念館は、何度も前を通ったのだがまだ入館していない。いつでも行けるという安易な考えからである。
 もちろん造り酒屋も自分からいったことはない。研修という名の旅行で鹿児島に行った時、焼酎の造り酒屋へ行った。試飲できる焼酎を片っ端から全て飲んで満足していた先輩がいた。飲み助というのは、凄いものだな~と痛感した記憶がある。
 素晴らしい教え子さん方で、恩師のためと一肌も二肌も脱いでくれたのでしょうね。現職時代の館長さんの子どもとの関わりが推測できますね。羨ましい限りです。
笑隆で~す。様
鬼北には会員になっている方も居るくらいの博物館ですから、行ってみると良いですよ。ボランティアガイドの方の説明を聞くとより一層、興味が湧きます。蔵元も素晴らしい施設で工場は便詰めの最中とかで見ることが出来ませんでした。古式豊かな佇まいです。案内役が
砥部に移って30年くらいだそうですが、地域をよく知っています。ありがたい財産です。
坂村真民記念館は二度行きました。記念館を出るころには気持ちがしゃんとした気がします。
 その酒屋さんにも寄って試飲して見たかったです。FFさん共々も興味津々の分野です。
 「そらともり」では久しぶりの同級生達と岩盤浴場でお喋りが過ぎて、他のお客さんに「ここはお喋りの場所ではありません。静かに!」とピシャリ。ごもっともと大いに反省した過去が。
 砥部周辺の楽しいところに行かれたですね。
吉野の食いしんぼう 様
仲間が珍しいところを選ってくれました。坂村真民記念館、ここの館長さんは宇和島出身、坂村家3女のお婿さんです。次女は私の同級生・・・試飲、飲み助には溜まらないと思います。(笑い)喫茶コーナーは見晴らしも良く、秋のさわやかな風が吹き抜けていきました。「そらともり」はKyo-chanのおすすめの場所ですが、時間が掛かりますね。岩盤浴、魅力がありましたが、時間の余裕が無くあきらめました。次回挑戦!
坂村真民の詩色紙は沢山出ていますね。もちろん印刷と思って求めていても、田舎へ行くとまるで本物のように珍重し、時には立派な額に入っていたりすると、時間とともに本物に化けてしまうことがあります。
一つの例として、わたしの松山の友人(夫婦ともいまは故人)が松山の駅近くにあったデパートで棟方志功の「四万十川」という版画を30万円で買ってきて飾っていましたが、本人が死んだときに欲しいといったら奥さんがすぐ壁から外して額ごと送ってくれました。しばらく飾っていましたが大きいので処分しようと思って、骨董屋を呼びましたら全くの印刷物。3千円もしませんよと笑われました。売るほうの売るほう、買うほうも買うほう、貰って喜ぶバカもいるということです。
最近は美術館でも本物は倉にしまって、コピーを展示する時代ですから、おそらく坂村記念館もいくつもできるかもしれませんね。わたしは、いまあるかどうか知りませんが、銀座のはずれ有楽町の某ビルの記念館でみたのが最初で「念ずれば花開いた」のもあの時代でしたっけ。
木下博民 様
心配しています。お加減は良いようで一安心です。坂村先生は宇和島時代が長く、有名に成られたのが退職し、非常勤で新田高校へ勤務されていた頃だと思います。書いているように館長さんは宇和島の人・・・宇和島繋がりでこちらからも訪れる人は多いようです。
さて骨董品、これは分からない。館にも持ってこられる方がいます。印刷物とすぐ分かるような物まであります。鑑定はしないんですが、本当によく来られます。秋も深まりつつあります。館は来年度に向けての作業に入ります。
 協和酒造、真民記念館、「そらともり」私はいずれも未経験ですが、鬼城様は、心のこもったおもてなしを受けて経験され、よかったですね。石鎚、やはり登られるんですか。やはり、パワーがありますね。
厳格
たぶん、熊本から宇和島に来たのでしたね。昭和30年ころだったでしょうか?その頃の住宅がまだあるのでは?厳格な人だったようです。
tentijin 様
今回は自分の動きで無く、教え子の動きでした。何から何まで面倒を掛け恐縮しています。また来年もとみなで約束・・・前祝いから打ち上げまであったようです。さすが打ち上げは遠慮して帰ってきました。ほんとに仲が良いグループで楽しい日でした。感謝感謝<(_ _)>
うわつ 様
熊本、そうだったんですね。厳格、まちがいありません。坂村先生の住宅は、取り壊されて今はありません。妙典寺前に小さな家が建っていました。

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