宇和島さんさ | 鬼城

宇和島さんさ

2016.10.07.Fri.17:00
宇和島さんさ

いろんな説があり、新しい踊りとして定着しつつある。
観光協会では、団体で希望があれば、城山、天赦園などで披露している。
今回は雨降りの日で天赦園が使えないため、依頼により博物館のロビーで披露した。

宇和島さんさ1
お囃子

宇和島さんさを踊る会の方々・・・
現在50人近くの人がいるとか。
三味、尺八、歌い手と形ができてきた。

宇和島さんさ2

着流し

新しい伝説として伝わってきているが、スタイルは変わっていない。
女性の着流し、印籠、落とし指し・・・

宇和島さんさ3

編み笠

女性の男踊りのためか・・・

宇和島さんさ4

家紋

伊達家家臣という設定で「竹に雀紋」をつけている。
いろいろと言う方々は、家臣が伊達家の紋をつけているのはおかしいというけれど・・・

今回、いろんな流派の踊りがあることからまとめようと動きが出ている。
振り付けは人間国宝「梅若六郎氏」にお願いしているとか。

宇和島さんさ5

いやし博

「宇和島さんさを踊る会」は今から4年前の高速道路開通記念の時、設立された。
昭和の時代に作られたものであるが、物語としては面白く、現在、普及されつつある。
とにかく全国でも伝統的な踊りは昭和になって盛んになったものが多いと聞いている。
阿波踊り、鳴子踊りしかり・・・

宇和島さんさ6


コメント
宇和島さんさは大いに関心ありますが、あの衣裳はどう考えても私の趣味にあいません。それに踊り子が窶しているのに、鳴り物衆の衣裳は、あれはなんですか? こういうのを「頭隠して尻隠さず」というのかな。
それにしても女性のわりに気付の下手なこと。下着の襟くらいもっと綺麗にされてはいかが。
なんで女踊りにしたのか? これも可笑しい。
歌う・踊るの能力はまったく持って生まれなかったので、見るのは大好きです。FFさんが参加した高知のよさこい祭りにはかって応援(観客)で出向き、フィバーしたことがあります。
 さんさは動きが静かなので却って難しいのかなって思います。
 宇和島城をバックに保存会の方が踊られると観光客の方々は旅の思い出になるのでは。FFさんも貢献しているようですが、今回は出演したのかな?
 優雅な踊りですが、雨では仕方がありませんね。天赦園の緑の芝生の上での踊りは、時に優雅に見えましたね。
 宇和島さんさの由来は、知ってはいますが木下先生も指摘されていましたが、どうして女性が踊ることになったのでしょうかね。即席で仙台藩士の前で踊ったというのなら、男性が踊ったのではにでしょうかね。
 長い歴史の中で変遷があったのでしょうね。
 歴史やいわれは、私には分かりません。衣装を見ると、男性のように見えますが、踊り手は女性なんですね。お囃子の方々や守る会の方々の熱がなければ、絶対に続かないように思います。自由な私から見れば、踊り手も含め、宇和島の地域興しにずいぶんと貢献しておられる気がします。
木下博民 様
踊りは着々と根付いています。全て会員達の手作りです。私たちは見守るだけ・・・踊りは女性が踊る女踊り、男踊りがあります。また男性が踊る男踊り、女踊りがあります。踊りも日本全国種々様々です。お客さんは楽しみ、喜んで帰られます。何か行動を起こすことは大事です。これ以上広がりを見せるのか、これで続いていくのか分かりません。協力は続けます。
吉野の食いしんぼう 様
F.Fさん、積極的ですね。着流しがよく似合っていました。さすが、着物を着る会の会長さんです。城の周りの踊りは絵になります。新しい試みをどんどん広げていって貰いたいですね。何かやらねば、活性化は望めない。
syoryuで~す。様
別に男性が踊っても良いのです。昭和の時代には、藤間流、花柳流の日舞の方々、有志達が踊っていました、その中に私の父もいました。そのときも服装、音楽が暗い、葬列などと反対意見がありました。どう言う経緯か取りやめていました。理由はそれだけかどうか分かりませんが・・・全て個人の主観ですから、どうしようもありませんね。私は踊り手が女であれ、男であれ、喜んでもらえるなら良いと思っています。
tentijin 様
おもてなしですね、何か野郎とする意欲が無ければ前進しません。さて、この先どうなるのか、全く不明ですが、「踊る会の方々」は仕事や個人の都合をさいて参加して織られます。在るときは2人だったり、在るときは50人だったり・・・博物館としては、場所提供をして、参加してもらう観客、踊り手に喜んで頂ければ良いと思っています。3年前ですか、市川猿之助一行もお城で踊りましたよ。
はてさて、不思議なもので、昭和になって料亭の座敷で芸妓が歌った曲の「宇和島さんさ」がアレンジされながら今日に伝えられているわけで、江戸期(といっても元禄時代に吉原で流行った「さんさ節」が源流で、村候の仙台との確執と合わせて言い伝えられるのはお話かもしれませんが、とにかく吉原の「さんさ節」は全国に普及し、仙台の「さんさ時雨」に負けまいと競ったのが「宇和島さんさ」のはじまりでしょう)から歌われた歌詞には、皆さんあまり関心ないようですね。宇和島さんさには「さんさ」(さあさあ歌ううてくんなまし、とでもいう花魁の客への誘い言葉が発祥)なる詞はありません。そのかわり、最後に「えー諸共によ」なる語があるのが特徴、「諸共節」とでもいいたいところ。踊りも曲も歌詞の意味にあった表現がほしいものです。
「歌は世につれ・・・」といいますが、現代は主に男装女性がお茶屋座敷でお大尽に見せて楽しませるような踊りに変化しているわけで、まあ、やむをえないことかもしれません。泰平、泰平・・・
木下博民 様
 歴史的価値観と現代の要望の流れとは違います。子どもたちの思考に変化があるように観光行政も同様です。史実など無視されているようなドラマが人気なのですから・・・パークス展においては浸透しがたく、残念ながら成功とは言えませんでした。なじみが無いことにも寄るのだろうと思います。鹿児島の副館長さんの講演につきました。
 長い目で見ていくと将来どうなるか分からないのが現状です。宇和島さんさが引き継がれていくのかどうかは分かりませんが、皆さん、良いことだと評判は良いようです。
さんさ踊り
着流しとは宇和島さんさの踊りのような格好だったかどうか知りませんが、所詮後付けの踊りだろうと思います。もしそうだったらより良いものに変化させても良いのでは?私は一度しか見ていませんがパッとしないと思いましたね(失礼)
うわつ 様
人それぞれで良いのではと思います。所詮は踊りですから・・・歌舞伎のようなあでやかなもの、ロック調のもの、ハワイアン、ダンスもそうかな。人間国宝の方が来られ、振り付けなどするようですから変化させるのでしょう。受け入れるかどうかは?
宇和島さんさ、まだ見たことがありません。見ないまま終わるのかも・・。台風で天赦園が使えなかったため、博物館で行われたのですね。お蔭でまだ見ぬ博物館の様子が少し見えました。嬉しいです。伝統的なものを残すのは良いことだと思います。
kinoppy 様http://video.search.yahoo.co.jp/search?rkf=2&ei=UTF-8&dd=1&p=%E5%AE%87%E5%92%8C%E5%B3%B6%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%95&st=youtube
このサイトに宇和島さんさを踊る会の方々の新年会での踊りが披露されています。いろいろとご意見はありますが、大変熱心で宇和島の活性化の一助を担っています。Youtubeには歌とか踊りとかアップされています。伝統とは伝える者ですから・・・
おはようございます。早速宇和島さんさ見ました。有難うございます。それよりもYtubeにupされている宇和島の景色のほうが気になって見入ってしまいました。なつかしい~。鶴瓶の「家族に乾杯」でも懐かしい景色が沢山見られましたが、変化している所も多々あるようで、1度自分の目で見てみたいなと改めて思いました。
kinoppy 様
宇和島出身者の方には懐かしい思いがあるんでしょうね。Youtubeにも数多くアップされていますが、まとめてみるには「海すずめ」映画・・・レンタル開始が11月16日だそうですから、思い出として見てください。名所旧姓、そして九島架橋が出てきます。

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