お彼岸 | 鬼城

お彼岸

2016.09.18.Sun.19:00
曼珠沙華

今年も彼岸花の季節がやって来た。
近くに咲いているところもあるが、鬼北の方に行けば群生場所が・・・
所用もあり、鬼北町へでかけた。

彼岸花1
場所は?

咲いている場所は知っているが、近くでと聞くと道が分からない。
長年勤務していたところだが、新しい道が出来ているとか?
やっと理解し、出発!

彼岸花2

今が旬!

満開、蕾など咲き乱れている。
この後、色が変わり花が落ちる。
秋も深まると葉が出てくる。
不思議な花である。

彼岸花3

佑馬池

鬼北に来れば、寄らざあなるまい!
孫の名前が付いた池・・・
睡蓮、鯉の稚魚など放流し、回りの山々には山草が・・・
ご亭主はお昼寝中だった。
私の足音を聞き、「すわっ、くせ者」と目覚めるところはただ者では無い。
しばらく歓談し、帰宅する。

佑馬池

白花

真っ白が好きなのだが、花心に色が・・・
この花は散歩コースに咲いている。
見頃を迎えた。

彼岸花4

スマホ

この二枚はカメラを持って行っていなかったため、スマホのカメラで撮った。
取り替えてからカメラの感じは良い。

彼岸花5
コメント
 スマホで撮られた白い彼岸花も臨場感があり思わず手を伸ばしそうです。
 今年は真土の土手の彼岸花の鑑賞もままなりませんが、皆さんのブログで楽しませて頂きました。学生の頃、10月10日に津和野に行った時の彼岸花の美しさを忘れられませんが40数年前の話なのですが、今や開花の時期が早くなっているのでしょうね。
吉野の食いしんぼう 様
「うわつ」さんを初め、いろんな方が彼岸花を撮影しています。毎年この季節の被写体でしょう。言われるとおり、咲く時期は変化しています。これから先どうなっていくのか?話は別ですが、愛南町のテーブル珊瑚群、ほとんど壊滅状態だそうです。そこから30kmほど北の下灘田の浜の沖合には大群生地誕生とか!わずか30年ほどなんですが・・・
真っ白の彼岸花、どこかにないかなあ?
彼岸花の最盛期は、あ~っという間に終わってしまい、白くなってしまいますよね。今年は、時期を失して撮影に行くことができませんでした。
 来年は、先輩に教えていただいた浄瑠璃寺近くの窪野にいこうと思っています。
彼岸花は、石蒜、捨子花、天蓋花というのですね。勉強になりました。「捨てられしあの子は何処彼岸花」という句があったとしたら、なんと寂しいことか。「あの子かな群れて飛び去る赤とんぼ」「山は燃え蜻蛉も畑野も天蓋花」


笑隆で~す。 様
窪野、思い出した。遍路道を下りてきたところ・・・三坂峠の麓ですね。土地改良工事をしていた。まだやっているのかと一昨年訪れたとき思った次第・・・久谷の奥ですね。
木下博民 様
秋を呼ぶ花として、好きな花ですが、根には猛毒があるそうです。雨の中で咲き、しずくが付いている風景を撮りたいのですが・・・枯れると彼岸です。パークス、展示会は良いのですが、全体はいまいち乗りが悪いようです。
最近のスマホはすごいですね。きれいに映っています。
見たことはないですが、スマホの映画も出ているとか?
カメラで4Kの動画が撮れる時代ですから、スマホはすっかりカメラ化ですね。自撮り棒が出て、拍車がかかったようです。
いつもは、一時にぱっと花を咲かせる彼岸花が、今年はバラバラですので、台風後を狙っては?
真っ白の彼岸花は、少し時期が赤より早いのではないでしょうか?
散った白彼岸花を見ました。
光満がキレイ
彼岸花は光満がキレイでした。好みもありますが、誤解されるといけんので花は熟す前が綺麗です(笑)白い花を彼岸花というかどうかはわかりませんが、清良神社近くの黒田かまぼこ店を入ったところに咲いてるそうですよ。
izumigamori 様
むかし、宇和の鳥坂トンネルの下あたりの畦道に群生していたと思いますが、今は無くなっています。彼岸花の咲く時期、バラバラのようですね。台風の後は茎が・・・天赦園に行ってみようとは思っています。さて写真展、いつからでしょう?皆さん楽しみにしていますよ。先日は息子さんと会えなくて残念でした。
うわつ 様
花も女性面でしょうか?記録にのこるとセクハラで訴えられますね。白花情報、ありがとうございました。来年ですね。咲く時期は早いようですから・・・上光満にもあがりたいのですが、筒一杯です。
 この時期を忘れずに咲くところが、この花の、いや、自然の素晴らしいところでしょうね。この花が咲くので、今の秋を知るということが、毎年、起こります。年々、忘れっぽくなる私には、すごい花という思いもあります。確かにスマホの画像、美しいですね。持ってる人には、カメラなんかなくても、困らないかもしれませんね。
鬼城さん
いきなりパークス公使といっても、宇和島明治維新史を全く学んでいない市民に押付けてなんの効果もありません。すべてものごとは、「三段転開」します。文章でいえば「序破急」や「起承転結」というように、事前の教育、周知行動が必要です。とくにパークス公使の宇和島訪問などさまざまな形で事前周知、または教育をしなければ駄目でしょう。英国の樹をわざわざ市庁舎前に植えたことなど、一文字もその理由や意味を広報で紹介していません。こんな行政の態度が情けなく感じます。前宣伝皆無でいきなり実行しても効果はありません。
困ったものですね。
彼岸花が墓地の近くに群生しているので死人花といいますが、皇居の堀にも咲いていて曼朱沙華ともいわれ、ついつい手折ってみたくなりますが、猛毒だからただ眺めるだけ。糊の原料になるのだそうですね、いやはや。
tentijin 様
カメラの機能には追いつきません。何しろあの小さな板の中に何十倍もの機能があるんですから・・・カメラはその一部ですね。まっ、使いこなしている人はいるようですが、それだけの盛り込まないので・・・(笑い)「幅広く浅く」がモットーです。(^^)/
木下博民 様
歴史をたどる人は少ないですね。何かきっかけがほしいですね。努力不足は仕方がありませんが・・・それを実行する具体案が要りますね。博物館はなんとか形になりました。講演会、手に触れる鑑賞会、竹灯籠コンサート・・・手一杯です。
鬼城さん
おっしゃるとおりです。薄暗い博物館でただ展示物を観てゆく、それだけでは博物館の第一歩にすぎません。
まず発信力のある人物を呼んで見せ、意見をきき、他へ吹聴させることです。これを繰り返すうちに当人を博物館の宣伝員にするのです。
それから、展示テーマもそろそろ過去100年に焦点を絞られてはいかがですか? 伊達藩崩壊後宇和島人はどれほど苦労したか? 伊達藩指導の功罪も視野にそういう展示コーナーをもうけるか、企画するのも宇和島発展のつながりではありませんか? この100年、宇和島人は眠っていたわけではありません。
木下博民 様
今朝の産経新聞を見て若い人がコメントをくれました。土居道夫のこと、五代のこと・・・伊達家と繋がりがあることを初めて知ったとか。渋沢とか、また方角に関して日本の先人だったことを知らないのでしょう。徐々に学校教育に浸透しつつあるところです。置き土産に明治維新後の宇和島の企画展をやってみましょう。個人の考えではいけないので博物館協議会にかけることにします。
9月24日のパークス宇和島来航150年記念講演の小中学高校の諸先生にぜひ聞いてもらいたい。先生が何人聞きに行くか、これこそ宇和島の文化度バロメーターです。
木下博民 様
特別講演会、予想外の成功、盛会でした。残念ながら先生方の姿はなし・・・60人ほどと思っていましたが、120人で超満員でした。開場には入りきれないほど・・・
自分もいろんな講演を聴きましたが、尚古集成館副館長さんの鹿児島、宇和島、佐賀、鳥取の各藩の結びつきの話は、初めての見解とおもしろさに引き込まれました。
 残念ながら中継などはありません。新聞発表も来てはいましたが、まだないようですね。市長、教育長、教育部長、文化・スポーツ課、議員さん3名(初めてです)は来られていました。前宣伝はして居ますが・・・担当課以外の職員の姿なし!
 鹿児島の副館長さん、歴史講演にこの人数、驚きですと言われていました。博物館の仕事としては、これが精一杯でした。

管理者にだけ表示を許可する