お施餓鬼 | 鬼城

お施餓鬼

2016.08.20.Sat.12:00
お盆の行事

8月19日は菩提寺のお施餓鬼です。
別名「お船流し」とも言います。
地方では「灯籠流し」などと言うところもあるようです。

お施餓鬼1
販売所

お船を販売しているところです。
大中小と大きさがあり、値段も違っています。

お施餓鬼2

西方浄土へ向かう池

池には飾り付けがしてあります。

お施餓鬼3

順番

大勢の船なので来た人から整理されています。

お施餓鬼4

旗竿

なにか理由があると思いますが、旗竿には文字を書いた布がはためいています。

お施餓鬼5

本堂内

今年一年の間になくなられた方のお船です。

お施餓鬼6

本堂より

西方に向かって仏壇の設置がされています。

お施餓鬼7

位牌

亡くなられた方の位牌です。
これから親族の方々がこられ、読経が始まります。

お施餓鬼8

境内

お寺の庭は広く、飾り付けも大変だろうと思います。
檀家の方々のボランティアで・・・

お施餓鬼9

お地蔵さん

じっと行事を見守っていただいているお地蔵様・・・
今年の盆行事も終了です。

お施餓鬼10
コメント
色々な約束事?があるのだろうお施餓鬼の行事に2年前に出席しました。あの時の伯父の位牌は西方に向かって飾られていたのですね。
 興味津々の行事を終え、こうして亡くなった人が成仏するのだと、安心した気がします。
 お地蔵様もいつも見守ってくださってる気がします。
船流し
どこのお寺も池があり「お船流し」を出来るようにしているようです。石応では海に流していました。立派な和船を作って、果物などいっぱい積み込んで、そんなお船流しが今もあるのでしょうか?
吉野の食いしんぼう 様
お盆の行事などもだんだんと廃れるんでしょうね。父母が亡くなってもう長くなりますが、忘れていることが多く、お寺からのはがきで分かります。仏教界も知らないことが多く、そのたびに勉強です。お地蔵さんは地蔵菩薩なんですね。さて菩薩とは?という感じです。
うわつ 様
石応の行事、懐かしいです。親戚がありました・・・お盆だったか、「つめくり踊り」がありました。人を詰め来るんですよ。そうすれば願い事が叶うとか?お船流しも大規模になれば見応え在りますね。さて今もあるのか?有名なのは長崎の「鐘楼流し」ですね。さだまさしで有名になりました。
 前半の写真は、広角レンズで撮影ですか?柱や軒先が、歪んで見えます。
 旧瀬戸町にも御精船があり、新盆の魂を乗せて海に流す行事がありました。県内、お盆の行事も似ていますが、細部になると違うのですね。地域の文化・風習なんですね。大切にしていかなければいけませんね。
夏越しの祭りや盂蘭盆の御先祖様を迎える行事を見ていると、ホッとします。

慎ましいけれど日本の風土に合った精神文化だと思います。
とは云っても私自身が精霊棚を作ってお迎えしたのは、
わずか二年だけでしたが(汗)

どうしても打ち上げ花火のような観光イヴェントばかりが脚光を浴びるのは仕様がないですね。
お盆の終わり
私の友人である息子たちは、お施餓鬼があるというので帰省していました。ご先祖様を敬う態度に感心しきりです。

数年前、父の初盆の行事といわれを初めて知りました。初盆に飾っていたものを川辺で焼きました。煙に乗って天に帰って行きました。
代々残していくべきですね。私も受け継いでいきたいです。
笑隆で~す。様
精霊船などの行事は海を汚すからという理由でなくなっているところも多いとか。昔ながらの行事も環境問題でなくなることもあるんですね。寂しい気もしますが、現代では仕方が無いことかもしれません。前にも行ったようにこのような風習を調べる民俗学をしたかったのですが・・・
ランスケ 様
仕方が無いことと最近特に思います。しかし、打ち上げ花火的なイベントは無駄遣いそのものです。もっと日本の国で使う場所があると思うのですが・・・東京都政がどのように変わるか?興味津々です。改革か迎合か?
お盆の行事、済ませるとランスケさんの言われるように「ホッ」とします。
結女 様
展に帰る、良い言葉です。今の子どもたちには理解できないでしょうが、教えることは大切だと思います。そして日本の風習をたどっていくことが大事です。今、仕事での課題は、過去の写真が、どんな場所か、いつ頃のものか調べています。数十年前なんですが、不明なことが多い。そして忘れ去られていくのでしょう。少しでも貢献できればと数名の人たちとやっています。
お盆には納骨堂にお供えをお寺でして頂くので私たちもお布施を持って行きます。その時に、頂いた会報の中に「餓鬼道」とはどんなところか?
天上道=天国、人間道=現在いる世界、修羅道=争いの絶えない世界、畜生道=動物の世界、餓鬼道=常に飢餓に苦しむ世界、地獄道=あらゆる苦しみにに満ちた世界 だそうです。それでこの世界はどこにあるのか?それは日常の自分の中にある。と書いてありました。
今の私たちの心はこのどこにあるのでしょう?
そして、「私もあなたたちも」と他に目を向け、思いやりや優しさを施す。
その心が「お施餓鬼」なのだと。
考えさせられました。
izumigamori 様
宗教の教えは、なるほどと思うところも在りますが、結構難しく、勉強することも多くあります。餓鬼道、よく聞きますが、tentijinさんが頂いた会報の説明でよく分かりました。
年々年をとりますから、この世界も近くなってきています。(笑い)
流灯会ほど哀愁の漂う習俗はありません。人の憧れる彼方を「西方浄土」として、精霊も海に流しました。海がなければ川へ、川がなければ池へ、と簡略化されてゆきますが、人は「水から現われ、水に戻る。しかも小さな灯が平等に精霊そのものという」思想でしょうね。
とにかく人間は、何時の時代になっても、祖霊を大切にしなければなりませんね。
 父や母の初盆の後、灯籠流しをしたことを思い出しました。悲しみの中にも、天に帰るのだという思想は、少し安堵する思いもあるように感じます。生前使っていた物や灯籠、布団などを裏の川原で1人焼いたときの思いも蘇ってきました。お地蔵様の写真が良いですね。
木下博民 様
コメントが無いので心配していました。本当に哀愁の漂う行事です。その辺りを捉え、さだまさしは「精霊流し」を書いたのでしょう。日本人の心を考えさせる作品を作曲、著作しています。「眉山」という映画も良い映画でしたね。
tentijin 様
もう間もなくだろうと思いますが、このように故人を偲ぶ行事は大切です。だんだん、日本人の心から失われていくような気がして成りません。遺品も河原で焼いたのですか?この行事は知りませんでした。木下先生も書かれているように「もの悲しい」日本の心を写すような行事ですね。

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