院展 | 鬼城

院展

2016.07.22.Fri.20:00
院展へ

この日、仕事で愛媛県美術館へいきました。
前日、NHKで紹介のあった「院展」に入りました。
恥ずかしながら「院展」の権威は知っていましたが、見るのは初めてでした。
びっくり!

院展1
観客

平日にもかかわらず、大勢のお客さんが絵の前に佇んでいました。
やはり、本とか、ネットでは味わえない本物のすごさを堪能しました。

院展2

嵯峨菊

ポスター、チケット、看板、全てこの菊の絵・・・
花びら一枚一枚盛り上がり、その手法は?
美事としか言いようがありませんでした。
アップできませんが、その他の作品も感動しました。

院展3

堀之内

一昔前までは、松山球場が・・・
現在は城山公園になって、憩いの場となっています。
青空に松山城の櫓が・・・

堀之内0

二の丸庭園

現在はこの場所で「能」をしたり、「コンサート」をしたりしているようです。
一昔前は「松山市立東中学校」でした。
国の史跡と言うことで公園になりました。

堀之内1

NHK松山放送局

この塔は東京タワーの設計者、内藤多仲と聞いている。

堀之内2
コメント
様変わり
 院展ともなると目を見張る素晴らしい作品が並んでいるのでしょう。
 同じ人間に生まれて、芸術に秀でた人の才能には驚かされます。(もっとも、どの分野もですが。)

 この堀之内は私が若かった頃と全く様子が変わっています。競輪場の出口で高校時代の先生にバッタリ!もちろん私は行っていませ~ん。
 中学総体の開会式の引率にも行った記憶が。多くの施設が移転しましたね。
院展行かれましたか!
私も行きたいと思っているのですが、さぞかしすばらしい作品があったことでしょう。気に入った作品を紹介できないのが残念ですね。
このような作品を作り上げるにはどのような感覚を育てれば良いのでしょうか?私もその感覚に少しでも近づけないかと思いますが、何をどのようにすれば良いのか見当もつきません。
吉野の食いしんぼう 様
堀之内の思い出は県総体ですね。現在ではニンジアムスタジオという砥部総合運動公園が開会式城みたいですが・・・院展を見ると絵画で頂点を目指す人は、ほんの人に義地ということが分かります。特別な才能・・・努力では報われない感性ですね。絵を見ながらこの方々の努力を想像してみましたが、見えない。
izumigamori 様
どのような経緯をたどっているのか、自分も見当が付きません。努力だけではだめだろうなという感じがしました。同じく音楽やスポーツや執筆、書なども同じと思います。先日、芥川賞、直木賞も発表されましたが・・・実際目の前にしてみると圧倒され、引く感じでした。仕事柄、開花なども見る機会はあるのですが、違った迫力でした。世の中、経験に優るものは無いですね。今回は実際、目の前で見る機会でした。
昭和14年だったか、生徒に一日入隊体験行事があり、松山連隊に入ったことがありましたっけ・・・
入隊体験をした翌日「郡中(今は何と言うかな)」まで、現役将校の指導で仮想敵追跡行軍をして小学校に入り、ここで休憩後、「夜間演習」。そのまま今度は松山方面へ向かって進撃。松山駅裏の田圃(今は田圃などないでしょう)で払暁遭遇戦、つづいて新田高校のあたりまで追跡、山越えに松山練兵場では参加した愛媛県中の中等学校の生徒が最後の演習をやって、あとは査閲官(松山連隊長)の前で閲兵分列行進、演習の評価をうけましたっけ。あのときの参加者、一体いま何人生残っているか? 「壮大な戦争ごっこ」をやったものです。
すっかり堀の内もかわり、戦後は、いつか何度かNHKを訪ねたくらい。
以前何度か見に行ったことはあります。格調の高さとといい見ごたえの高さといい、半端ないなと感じました。
 構図の勉強には、日本画が良いといわれますがその通りだと思います。多くの作品を見ることが、写真の技術力アップにつながるのですよね。
木下博民 様
松山航空連隊は、愛大から松山大までの広大な敷地に在ったそうです。主任教授が戦後、紫電改のギヤや部品を集め、製図の材料にしていました。遊びのないギヤを初めて見ました。それだけの技術があったのでしょう。さて、現在は・・・
郡中、今は伊予市ですね。行軍距離も演習とはいっても半端ではないですね。先日、竜馬記念館に行きましたが、脱藩ルートををみて、昔の人は偉かった。飛行機や電車、車がないときにすごい距離を歩いていたんですね。
笑隆で~す。 様
院展も写真の参考とは!(笑い)どっぷりと浸かっていますね。NHKの映像なども参考になります。また、映画も・・・写真に通ずるものがありますね。昔あった「日本紀行」などは最高でした。
院展にも行かれましたか。
お忙しい中、その行動力を見習いたい(笑)

院展は同人の手塚雄二が好きなので私も足を運びたいと思っています。
以下に100回記念院展同人の作品を貼っておきます。

http://nihonbijutsuin.or.jp/100/index.html

今回の手塚雄二は期待外れでした。
西田俊英の「森の住人」が素晴らしいですね。

笑隆さんの仰るように、
日本の繊細な四季を描く日本画の手法から、ずいぶん影響を受けました。
歴史の浅い写真は、絵画の洗練された技巧から学ぶことが多いです。
ランスケ 様
ご専門でしたね。100回記念院展同人作品、ありがとうございました。再度、確認できます。このように事前に見て楽しむ方法もあることを知りました。なにしろ、素人なもので・・・しかし、年間どれだけの画家と呼ばれる人が生まれるのか?そんな中で人に認められる方がどれだけいるのか?芸術の世界は奥が深い気がします。写真、絵など何でも吸収できるようになりたいのですが・・・記憶量の低下が・・・(笑い)
 院展、1度見てみたいものです。きっと様々な境地が感じられて感動することでしょうね。近所に、県展にいつも出品される方がいますが、並外れた努力もされているようです。頭が下がります。
tentijin 様
格式ある展覧会なんですね。場違いというか、何も知らない・・・音楽でパイプオルガン世界一になったコンクールなど初耳でどれだけ凄いことか分かりません。身の回りしか知識が無いと言うことでしょう。しかし、良い物は良いと言うことがよく分かりました。まだまだ日本の藝術、棄てたあもんじゃ無い!(笑い)
鬼城さんのいわれるのは吉田濱にあった松山予科練や航空隊のことですね。いまの松山空港はその一部。
私のいう松山の聯隊といえば、堀の内の一角を全部使っていた「松山22聯隊」のことで、この部隊はシナ事変のはじめ、南京攻略時までは松山にあるましたが、やがて関東軍の精鋭部隊として満洲に温存され、最後は沖縄戦に投入されて玉砕しました。22聯隊の栄光は日露戦争の203高地攻略戦で、桜井忠温が「肉弾」という戦争小説を書き、昭和初期の青年を戦争へ駆り立てましたっけ。
腰痛
夏祭が終わりましたね~Uキャットお疲れさまでした。鬼城さんのタフさには脱帽です。美女に囲まれての仕事なので疲れないのかな~(笑)若返ってましたよ。腰はもう治ったようですね(^^)
木下博民 様
そうです。私が行っているのは松山航空連隊のこと、紫電改ですね。ここから飛び立った紫電改が久義湾に墜落、現在、引き上げられて馬瀬山に展示されています。もう一昔前の22連隊ですか?
暑い夏、習性委記念日が近づいてきました。暑い夏、お身体大切にしてください。お祭りDVD編集中です。しばらくお待ちください。
うわつ 様
あの日、腰は最悪でした。我慢強く演じました。助演男優賞がもらえそうです。(笑い)今日は椅子から立ち上がり、座りもなんとかできました。痛みが出てからでは遅いようです。
美女に囲まれ、若返りました。感謝感謝です・・・
数年前に行ったあの周辺さえも明確ではありませんが。(残念なことに)昔は宇東時代に野球部が県だか四国大会だか、かなり良い線まで行って盛り上がった時に松山球場グラウンド内でウロウロした覚えがあります。無理矢理スカウトされて入部した新聞部でカメラを提げてウロウロ、ワクワクしたことだけは、はっきり覚えています。
院展で堀之内に行かれるとは。私なんぞは院展とは?と言ったど素人ぶりでお恥ずかしい限りですが、美術作品、特に日本画からは学ぶことが多いだろうことは十分予測が付きます。

とにかく懐かしい。動物園もはるか昔に砥部に移りましたものね。それにしても、松山、今も昔もまったりして良い所ですね。先週海すずめを有楽町スバル座で拝見して、その時はなんだか宇和島のPR作品のよう、と思いましたが、時間をおいて思い起こすと、とてもあのまったりさが懐かしく、魅力的に感じてくるのは不思議ですね。松山も宇和島も良い所ですね~。改めて故郷は遠きにありて思うもの。
映画観覧ありがとうございます。伊達入部400年を記念して、楽しい映画を作ろうと大森監督以下がんばっています。ふるさと、何度聞いても良い響きです。松山も大学時代4年間いましたから故郷と行っても過言ではありません。この県美前の堀之内公園、昨晩は「ピケ門ゴー」で新家まで大賑わいとか・・・時代は変わるんですね。

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