吉田町大乗寺 | 鬼城

吉田町大乗寺

2015.12.04.Fri.12:00
休日

久しぶりの休日だが、お客さんが来ているということで仕事ばに・・・
電話があった。
今日は休みやろ?写真撮りに行こうかのお誘いが「うわつ」さんよりあった。
のっからない手は無い!
吉田の大乗寺に行った。
紅葉、今年はだめだと見て思った。
「うわつ」さんは視点が違った。
撮り方でいろんな表現ができるとのこと・・・しかし、天気が良すぎるなあ。

研修1
こんな撮り方

研修2

太陽光に向けて

露出補正を全然知らなかった。
自慢できることでは無い。


研修3

焦点を何処に

視点を変えることを教わる・・・

研修4

焦点

当てる位置で写眞は変わることを教わった・・・
今までのオート撮影ではだめだと分かった。

研修5

光の利用

これだけ光を利用することは、聞かなければ分からない。
本を見てもなかなか理解できないだろう。
ほんの1時間だったが、写眞のおもしろさに気づかせてもらった。

研修6
コメント
No title
 凄いですね。写真が変わりましたね。後ろの3枚などは、主題がはっきりしているように思います。 
 うわつさんが、「主題と副題」と言うことを言われますが、本当に大事ですね。鬼城さんの写真を見て強く感じますね。
No title
なるほど、なるほど、凄い。とつぶやきながらそれぞれの紅葉の写真を眺めました。
 構図をちょっとは考えますが、食べ物をパチリ、記録に残す撮影しかできない食いしんぼうは、鬼城さんとお仲間の写真は見入ってしまうハイレベルに感心します。
 
ご指導の通り!
syoryuで~す。様
シャッターを切った数はいつもの3倍でした。選ぶのに苦労をしました。まだ選び間違いがあると思います。わずか3時間でしたが、充実していました。叱咤激励(笑い)を受けながら、楽しい会話で過ごしました。 
私は別・・・
吉野の食いしんぼう 様
食べ物も食いしん坊さんが撮れば、よりおいしく感じますよ。それより食べている姿を想像します。m(_ _)mほんと、皆さん研究熱心ですね。カメラは奥が深い。聞かなければ分からないことが多々あります。惚けないために勉強、勉強!
どの葉も皆
私も私もと手をいっぱい広げて、日焼けするのにいっぱいのようですね。
隠れている葉っぱは見つけられません。
紅葉の葉っぱ押し花したんですが、どうも美しいとはほど遠かったようです。
これほど手入れの行き届いた寺は珍しい。
大乗禅寺は雲水修業の道場ですから、宇和島の何処の寺よりも一草一木にまで心が行き届いていることでしょう。
今度河野徹山師に会われたら宜しくお伝えください。
押し花
結女 様
何であんなにきれいな色が出るのか、不思議です。それと描く絵の構想など・・・日焼けするのにせい一杯だった紅葉も宇和島では今真っ盛りになりました。例年より半月遅れでしょうか?
お会いできず・・・
木下博民 様
修行僧は現在6人ほど居るとか?ほんとにこれだけ手入れの行き届いた寺はあまりありません。禅宗のお寺のお手本ですね。御老師の指導のたまものかもしれません。またお庭も自由に見学はできますが、三脚禁止とか、通路以外は入らないようにと・・・訪れる人が守っていることも大事です。お会いしたかったのですが、次回に・・・
No title
 私が一番好きな写真は、色合いも絵柄もとても魅力的な龍と紅葉の写真ですね。素晴らしい写真の先生がおられてうらやましい限りです。また、目の保養をさせてください。
構図
tentijin 様
教えてもらった構図です・・・色合いを出すのに露出補正を何度もやっての一枚です。ありがとうございました。
寺の庭
大乗寺にしても金剛山にしても無住の時代の庭を知っているだけに、いまの美しい佇まいにはほっとした安らぎを感じます。
京都にあれほど沢山寺があって、その美しさは日々の手入れそのものでしょうね。
修行道場
木下博民 様
寺をどのように捉えるかですね。これは檀家、ご住職の問題だろうと思います。金剛山も大乗寺も以前に増してきれいになっています。
仏教施設としての寺について
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                明治以前は「寺は官庁の一部でもあり、総合文化の頂点にあって、人々はあの世へ導いてくれる関所であり、骸の臥所として寺」を認識していましたが、昨今は墓地の付属施設程度にしか若い人々は感じていないのではないでしょうか?
集落の文化の高度な交流の場であることを意識し活用できるようにしなければますます「廃寺」が多くなるでしょうね。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
檀家制度
木下博民 様
お寺は檀家制度があり、存続にしてもなかなか難しいですね。文化のよりどころは奈良京都鎌倉などを見ても分かりますが、地方のお寺はなかなか困難な状況です。墓守すら亡くなってきています。

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