宇和津彦神社宮入 | 鬼城

宇和津彦神社宮入

2015.11.05.Thu.08:00
宮入

お客に呼ばれていたが、途中退席・・・
宮入のご挨拶に宇和津彦神社へ足を運んだ。
今年の秋祭りも終わる。
神輿を待つ人たち・・・それとも、餅撒きか?

宮入1
先導の丸穂の牛鬼

19:30、予定より30分ほど遅れ牛鬼が鳥居をくぐる。

宮入2

続いて神輿三体

石段を駆け上がる。
写真は暗いのとスピードがあり、難しい・・・

宮入3 (2)

本殿前の練り

宮入4

差し上げ

担ぎ手、最後の力を振り絞って練り、差し上げる。

宮入5

拝殿内に納められた三体の神輿

宮入6






コメント
No title
これで、宇和島の晩秋も終わりになり、初冬に向かいますね。
 吉田拓郎ではないですが、「祭りの後の寂しさは・・」ですね。
 宮入は、最後のエネルギーを振り絞って頑張るからなかなか迫力がありますね。この写真を見て「行けば良かった」と、後悔しました。
いつもです・・・
syoryuで~す。様
私も行けば良かったといつも思います。一昨日のだるま夕陽、準備はしていたのですが、明日も晴れるからと・・・残念泣くことになりました。夜間撮影、難しいですね。機会があればお教えください。m(_ _)m、
祭りの後
一宮さんの祭りではないが、吉井勇がはじめて宇和島にやってきた昭和5年初夏、以来何度も訪れた。昭和19年刊歌集「旅塵」には、
  宇和島の和霊の祭はや過ぎて
     街にただよう淡き寂しさ
というのがあります。
夏の和霊大祭に比べれば、秋最後の祭り一宮さんの祭りのあとはなお寂しい。
No title
 深浦の祭りに参加したことがあります。牛鬼2体、四つ太鼓2体、御輿2体が朝の8時から夜の8時まで練ります。私は牛鬼のかき手で朝からビールを飲ませていただいたり、お酒が出たりで、なかなか疲れる1日を過ごしたことがあります。多分南郡では一番賑やかで、個性的なお祭りでした。海の祭りなので、たぶん、豊漁祈願がメインだったのかも知れません。
そうですね・・・
木下博民 様
喧騒の後はなお寂しさが募ります。これから秋も深まり、紅葉が過ぎ、冬になります。毎年繰り返し・・・今年は慌ただしく大変な年でした。23日までは続きます。
さてトオルかどうか分かりませんが、来年度の予算請求を行いました。展示はこれでできるでしょう。その他のイベントをやるかどうかは部局の問題です。
海の神
tentijin 様
豊漁祈願でしょうね。海ほど縁起を担ぐところはありませんから・・・それと鳶の方たち・・・カラスが鳴いた碑は仕事をしないとか。プロジェクトXでしたか、東京タワーの工事現場での話でした。担ぐとなると私は小さいので肩がといません。ついて歩くくらいはできます。そのかわりお酒は飲みませんから・・・(笑い)
深浦の祭りに行かれたtentijinさんへ
吉井勇も昭和のはじめに深浦を訪ね、こんな歌を詠んでいます。
 深浦の朝の魚市海幸を見てゆたかなる旅ごことかな
 きぬぎにの別れや惜しむ深浦の遊行の女袖振りにけり
 旅なれば明日をも知れぬ船かがり岬まがれば土佐の風吹く
 
No title
御神輿を差し上げる人達の勢いと夕暮れに納められた御神輿、木下先生が紹介された俳句が伝わってきます。
 深浦で詠んだ俳句の紹介が直ぐあって、感心することしきりの私です。
記憶
吉野の食いしんぼう 様
記憶の仕組みがどうなっているのか不明ですが、私どもはほとんど消えかけています。それにしても研究されている人たちのことが、エピソードと共に連鎖反応的に浮かぶのはすごいと思います。
吉野の食いしんぼうさんへも吉井勇の歌を送りましょう。
吉野川秋もふかめば水痩せて岸辺の宿に乾鮎を売る
吉野生の旅路の車いそぐとき見たる野山をやはか忘れめ
さすらいの旅人として見しゆえか三間の盆地はなつかしきかも

南豫で沢山の歌を詠んだ吉井勇をどうかお忘れなきよう。
おや・・・、吉井勇ご存じない? 京都祇園へ行かれたら白川の岸辺に「かにかくに祇園は恋し寝(ぬ)るときも枕の下に水のながるる」という歌はご存知でしょうね。それとも黒沢明の映画「生きる」の主題歌に借用して再び有名になった「ゴンドラの唄」、「いのち短し恋せよ乙女・・・」の作詞者です。
その吉井勇がなぜ南豫をこれほど恋したかって? ここらで明治大正昭和の南予を徹底的に学びませんか。 
No title
木下先生、ありがとうございます。こちらの方言で「なんちゃ、知らなんだ~。めんどしや」です。
 ただ、志村喬という俳優さんがブランコにすわって歌ったのがゴンドラの唄だったことは記憶にあります。
「めんどしい」という方言
「めんどしい」には「面倒くさい」と「恥ずかしい」の意味がありましたっけ。いや違う「面倒くさい」は「メンドイ」で、「恥ずかしい」は「メンドシー」または「メンドラシー」、「恥ずかしがる」が「メンドシガル」でしたかね。
わたしは初めて大阪に就職したとき、エレベーターの中から友人に「はよはまれ」といって周囲の人に笑われたことがありました。笑われた意味の分からないほど、それまで方言で育っていたのですね。
No title
木下博民先生へ
 すみません、先生のコメント見ておりませんでした。歌人の吉井勇さんが愛媛を訪ねておられたんですね。びっくりしました。しかも、深浦に来ておられたとは、深浦の学校でPTA総会中、市場のサイレンが鳴り、市場勤めのお母さんたちが一斉に席を立ち帰られ、唖然としたことがあります。深浦は、愛媛で唯一鰹の上がる港で、その昔、南郡の海の玄関、様々な荷物がこの港から届いたそうです。賑わっていたこの港には、船乗りたちの銭湯や女郎宿などもあったと聞いています。また、高知・宿毛湾は、すぐの距離だと思います。南郡には、愛媛・高知両県の子供が一緒に学ぶ学校もあります。わずかな訪問であったでしょうに、吉井さんは、何とも地域の本質を見事に読み込まれていますね。ご紹介ありがとうございました。

管理者にだけ表示を許可する