猿田彦の尊 | 鬼城

猿田彦の尊

2015.11.03.Tue.12:00
宇和津彦神社のお練り

江戸末期の祭礼絵巻にも出てくるお練りである。

天孫降臨の際に、天照大神に遣わされた瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を道案内した国津神。
『古事記』では猿田毘古神・猿田毘古大神・猿田毘古之男神、『日本書紀』では猿田彦命と表記する。
伊勢国五十鈴川のほとりに鎮座したとされ、中世には、庚申信仰や道祖神と結びついた。
猿田彦神社は伊勢神宮にある。

大工町1
稚児と共に

奉納する最初の儀式である。

大工町2

舞い始め

手には榊、髪にはお札を宇和津彦神社より頂いている。

大工町3

舞姿

小学生4人による巫女の舞はスピード感あふれ美事である。

大工町4

見守る猿田彦

神前に供える踊りだと考えられる。
紅白の祝いの衣装もすばらしい。

大工町5

太鼓

同じく小学生による太鼓の演奏・・・
祭り本番まで駐車場で約一月練習を重ねている。
猿田彦の尊の行列には欠かせない。

大工町6
コメント
No title
多分、この舞の奉納が終わった直後ここを通過して友人宅に行ったものと思われます。
 巫女の踊り、こんなにスピード感があるのですね。結女さんはその昔、吉野の祭で、巫女の踊りをしたようです。こんなスピード感ある踊りだったのかな?
 色々な伝統行事には歴史的な裏付けがあるのですね。 
人出
予定通りに行かなかったそうですね。早くから待っていた人も居たようです。宇和島時間というのもあるかなと思いました(笑)
今年の人出は少なかったですね。
猿田彦
猿田彦は容貌魁偉、鼻長七咫、身長七尺余が特徴で、天孫降臨の先導役をした神さまといい、お練では常に神輿の先頭にあるのですが、いかかですか? 子供のよりそうのも常識で、猿田彦をより大きく見せる演出でしょうかね。道案内神話から道教の道祖神と習合していったのでしょうか。
巫女の舞にスピードがあるとはいささか現代風ですね。
No title
 神輿の到着が遅れ、ご神体抜きでやったと聞きました。あの足取りの神輿では、予定時間には着かないでしょうね。かき手にはかき手の言い分があるのでしょうが、ご神体を乗せているのですからね・・・。
 子供たちの頑張りに拍手を送りたいですね。
いわれ?
吉野の食いしんぼう 様
猿田彦は何処の神社のお練りにもあるようです。巫女の舞はこれだけスピード感のある踊りは他に無いのではと思います。
この後、お仲間と一杯!でしたか。昔で言うところの「お客」ですね。
少ないのは魅力が無い・・・
うわつ 様
昔なら、一大イベントでしたが・・・神輿も巡幸経路が変わっていますね。一番先に大超寺奥、最後は野川を回って宮入でしたが・・・この二つは省略となっています。時代変われば・・・
猿田彦
木下博民 様
天孫降臨の時代ですか?面白いですね。古事記には少々興味があります。調べる気にならないのが欠点です。なにしろ勉強は嫌いですから・・・スピードのある巫女の舞、歴史を調べてみましょう。これも変わって面白い。
校区ですね・・・
syoryuで~す。様
昔の・・・この踊りが躍動感在って好きです。このように旧町名でお練りが出ているとなぜかほっとします。神輿も様変わりしていますね。各神輿には女性が乗っている。昔であれば考えられないことですね。何もかも今風・・・
No title
 猿田彦命は、様々な画像から推測するに、異形の姿が思い浮かびます。神の使いというとらえ方でいいのでしょうか?巫女の踊りは、写真からでも、ずいぶんとスピード感が伝わってきますね。
古事記
tentijin 様
この神は言われるように道案内人です。住居は伊勢神宮五十鈴川のほとりだそうです。知らなかった・・・古事記は読み解くとロマンがあり面白いかも・・・
巫女の舞はスピード感があり、他では見ることができません。調査するようにしています。

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