宇和津彦神社秋祭り準備 | 鬼城

宇和津彦神社秋祭り準備

2015.10.27.Tue.19:00
南予一の宮「宇和津彦神社」秋祭り

雨模様なのでカメラは持参せず。
スマホにて撮影・・・
しかし逆光に弱い。

この神社は秀宗が宇和島入りしたとき、一番先に整備した神社・・・
愛宕神社と宇和津彦神社を合祀した。
自分の領地の総鎮守とした。
現在の宇和島駅から山手に一直線の道路を抜き、神社を建立した。
年月は9年をかけている。

準備1
一の宮

全国に一の宮の格式がある神社は数多くあると聞いている。
先日、一の宮の冊子を頂いた。
奈良にその事務局があるとか。

準備2

お参り

毎日散歩の途中、お参りをして愛宕公園に登る。
お参りをした側で宮司さんと若禰宜さんが稲穂で神事の束を作っていた。

準備3

神事

今年の新稲穂で神にお礼をするとか。

準備4

拝殿

11月は753もあり、神社にとってはかき入れ時のようだ。
一時、統一祭として実施したが、数年で取りやめた。
神社の年行事に従ったものと思われる。

28日夜7時より神事
その後、お練り奉納
八つ鹿、荒獅子、猿田彦、浦安の舞、お遣り振り・・・
お遣り振りは今年から復活するとか聞いている。

準備5
コメント
No title
 神社は、神無月というくらいなので、やはり、神様は出雲の方にお出かけなのでしょうか?旧暦なので、来月出張されるのでしょうかね。宮司さんと禰宜さんも直々に準備大変そうですね。このような裏場面を見るのは初めてです。
寺社
tentijin 様
仕事の関係上、神社、お寺のことに少し詳しくなりました。お寺も神社も大変な時代を迎えているようです。まずは氏子とか檀家の数が減少・・・お賽銭や葬儀料が減ると言うことですね。生活できないところもたくさん出てきています。まずは駐車場化・・・なんか寂しい気もします。
一宮さんのお祭
一宮さんの秋祭りといえば、近在の神社の秋祭りの最後で、村々はやっと落着き、ご城下の親戚の祭りに招かれるのに一番いい季節でしたね。我家は新開地の朝日町(大正末期までは八幡村の地域)に住んでいたから、八幡神社や和霊神社の氏子で、一宮さんにはあまり縁がなかった。学校は3年のときに第四尋常小学校が和霊尋常小学校と改称された時代だ。
ただ、この秋祭りと教育勅語発布日とがかさなって、10月30日には、午前中発布式典があり、そのあと一宮さんに先生に引率されて参拝した。午後は休みになって喜んだものだ。
一宮さんの秋祭りといえば、裡町一丁目の八つ鹿踊りと裡町五丁目の凱旋桃太郎踊りが子供たちの人気の的だった。「曳けや曳け曳け、宝の車。鬼が島から取ったる宝、宝取ったは日本一の桃から生まれた桃太郎」てな調子で、この日はこのお練にぞろぞろ付いて何度も歩いたものだ。しかも桃太郎を演じたのが宇和島幼稚園の同期生大洲屋の坊ちゃん(いまも健在)だったときには、まるで自分が踊っているような気がした。踊りも歌も覚えたっけ。お練はその町の大人が子供を立てて、神に町の繫栄を感謝する行事だ。その点、大人中心になった牛鬼はお練の邪道のように思われてならない。
桃太郎踊りは映画で残っている。ややコマ落ちのような動きだがこんにちの技術ならば正常化できそうに思える。貴重な宇和島の映像文化財だ。
一宮さん
???だったので、ネットで検索しました。奈良にも、あるとのこと「大神神社」かな?
それにしても今回の木下様のコメントわかりやすく、お年なのに(失礼)、可愛くて横に座ってお話聞いているようでした。ありがとうございました。
No title
今年は、予定表をいただいたので、撮影にうかがいます。先輩方の写真を見るとかなりの方が撮影に来られていますから、場所取りを負けないように頑張ります。
お練り
木下博民 様
凱旋桃太郎が復活できると良いのですが、まずは山車の予算・・・これで挫折が多いですね。先生の八つ鹿踊りと牛鬼の本に掲載されていますね。
そうそう、今年から「お遣り振り」が復活するとか聞いています。ここからお江戸は300里♪♪♪の調子で踊るお練りですね。
年は取ってもお祭りは心動きます。
間違いなく・・・
結女 様
大神神社です。先日、宮司さんが来館され、全国の一宮様についてお話をお聞きしました。本も出ているようです。奈良は神社も有名どころが数多くありますね。
木下先生は宇和島の生き字引です。後世に伝えることをされています。
大勢の人
syoryuで~す。様
「うわつ」さんはフラッシュをたいていました。今年はどうするのか?いろんなテクニックを知っていますから・・・我が輩はアート中心です。(苦笑)
先ほどは電話で失礼しました。事務所、感心していました。
No title
明日は野川の友人宅にお呼ばれです。こんなに一宮さまのお祭りについての知識や情報を頂いたら、お参りしなかったらばちあたりしそうです。
 「お遣り振り」って何?と思いましたら、お練りの一種なのですね。見てみたいです。
今日が本番!
吉野の食いしんぼう 様
宇和津彦神社は初代秀宗が一番先に建設した神社なんです。由緒正しい?神様です。お練りも多く残っていますが、これは江戸時代末からのものです・お遣り振りは復活、取りやめの繰り返しで伝承も難しいようです。是非見てください。
「凱旋桃太郎踊り」は、南豫明倫館文庫にあります。
『お国自慢お練話 回想のお練・宇和島「凱旋桃太郎踊り」』は「南豫明倫館文庫」にあります。『八つ鹿踊りや牛鬼』を書いたとき合わせて載せようと思ったのですが、同じお練でも大正期に誕生したお練でしたのでカットされました。ご覧になりたい方があれば南豫明倫館に尋ねてみてください。
このお練は大正14年(1925)10月29日、一宮さんの秋の本祭りで披露され、空襲で衣裳道具が焼けるまでつづきました。
踊りの4人と音楽担当は全員子供、ただ宝車を曳く鬼2人は大人が担当という、なんとも楽しいお練でしたね。
作詞者巌谷小波は当時知らないものはない日本随一の童話作家、作曲と振付は分からなかったが、拙著を出したために知らせていただいた方がおられた。いつか追記を書き残しておきたいのだが、さてさて、寿命が許してくれるかな。
残すもの
木下博民 様
宇和津彦神社祭礼も神輿が天赦園に・・・お練りは、きさいやロードを御旅所にしてお練りが集結するそうです。この後行ってみるつもりです。いよいよ宇和島地方は秋本番を迎えます。
神輿まで天赦園に入るとは、隔世の感あり。
ついに一宮さんも「きさいや広場」にお練を集合させるとは、氏子の範囲が広がりましたね。神社と氏子という発想が拡大解釈されていったのでしょうか。伊吹八幡が市の中心街で神輿渡御をなさることは、まずはないでしょうが、練り物は他社にも出張するので、もう細かいことは言えませんね。
ロード
木下博民 様
紛らわしいですね。うしおに広場です。商店街の中央です。岩村萬年堂のところです。天赦園の入り口前が御旅所です。中へは入り口が狭いので入れません。
ボケ老人の早とちりで、ごめんなさい。
きさいやロードをてっきりきさいや広場と間違えました。「きさいや」「うしおに」やがては「やつしか会館」「ガイナこっちゃ広場」・・・てなことになるでしょうかね。それにしてもお旅所が天赦園の庭先とは、神さまも苦笑しておられるかも知れません。
いっそ南豫護国神社に恒久的なお旅所を儲けられてはいかがですか? あの場所は日枝神社跡地なのですから。
寂しいですね・・・
木下博民 様
日枝神社、山王神社の名称が変わったことが残念です。護国神社・・・国を守る神社は中央にあれば良いのではないかと思います。いまさら替えることは出来ないと思いますが・・・名前は紛らわしいですね。

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