初秋の宇和島城 | 鬼城

初秋の宇和島城

2015.09.25.Fri.19:00
宇和島城1
上り立ち門と彼岸花

宇和島城の正式な登山口である。
殿様、家来たちはここより登城した。

宇和島城2

天守前

久しぶりの登城!
一気に登ったが、息切れが・・・
連休二日目は新記録だったそうだ。1,200名ほどの登城とか。
説明はボランティアガイド。

宇和島城3

秀吉・秀宗・政宗の甲冑

レプリカだが、歴史をひもとくにはものが在ってこそ・・・

宇和島城4

本丸への石段

宇和島の西側、宇和島和案が見渡せる。

宇和島城5

天守

秋空にそびえる天守が良いのだが、天気の回復はほど遠い・・・
街の喧騒が伝わってくる。
阿波踊りの「よしこの」か?

宇和島城6
コメント
5D MarkⅢ
 新しいカメラのテストですか?抜けが、良いように感じます。
 特にF値を小さくしてボケの効果を生かした1枚目とF値を大きくして被写体深度を大きくした天守閣からの宇和島湾を捉えた5枚目の写真が良いですね。
 今は自由に使える時間が少ないと思いますが、色々なところでカメラを使って慣れてください。
宇和島湾
昔、商業学校の生徒だったころの城山の思い出といえば、期末試験が終ったときにはなぜか、城山に上って海を見た記憶があります。海には船がたくさん居ましたっけ。時には軍艦が入っていることもありました。
この写真、もちろん瞬間ですから、なんともいえませんが、船の数が少なく感じます。
もし海を忘れた宇和島だとすれば、やがては街も忘れ去られましょう。イギリス公使パークスがイギリス極東艦隊を引き連れてこの湾に来たのを宇和島人はまさか忘れては居られないでしょうね。
適当
syoryuで~す。様
四賢公サミットの帰りに登りました。イベント参加ばっかりでストレスが・・・城に登ったらすっきりしました。天守も様変わりしていましたね。
知られてない・・・
木下博民 様
来年の計画を立てるのにいろんな人に話を聞くと知られていません。幕末の宇和島藩の絵本が計画されています。その中に子どもたちが知るべきことを入れるでしょう。九島架橋、7、10、13日につながります。写真を撮りに行けるかどうか・・・
登城
まだまだ元気ですね~(^^)
天主では寝起きしていなかったと聞きますので住居はどこだったのでしょうか?
実際には毎日登城していたのでしょうか?戦をしたことはあるのでしょうか?堀があっても弓で城山に火を放たれたら終わりでしょうね。
殿様
うわつ 様
しんどいことはやらなかったと思います。ましてや山登りなど・・・(笑い)寝泊まりは御殿、つまり現在の伊達博物館あたりですね。天赦園は宗紀の隠居場ですから宗紀は天赦園の明心楼(芝生のところ)で生活をしていました。登城したのは殿様になって数度でしょう。戦は勿論無かったですね。今になってみれば、堀を残しておくべきでしたね。そうすれば国宝ですよ・・・
No title
 やはり、お城に彼岸花は似合いますね。私は、門の近くの木陰に咲く彼岸花の写真が、構図といい、色のコントラストといい、気に入りました。宇和島城の特徴の一つは、海に面している風景があるというところでしょうね。昔、旅行読売に掲載されたことがあったと記憶しています。
海と城
tentijin 様
秋の風景には彼岸花がよく似合いますね。城の彼岸花は植えたのでしょう。宇和島城からの景色はいいですね。特に夕焼けは良いと思います。しかし、夕方には門を閉め登城禁止ですから・・・観光としても残念です。
No title
我が友人結女さんが喜びそうな素敵なお城の門と彼岸花の写真です。
 記録的な登城者、宇和島城が愛されている様で嬉しいです。
 お殿様の登城が少なかったとのコメント読んで、笑ってしまいました。
殿
吉野の食いしんぼう 様
城主はしんどいこと、危険なことはしません。家臣団はそんなことをさせないようにしていました。これが江戸時代・・・現在の殿は先頭を切って仕事に世話に動かねばなりません。奥方の方がずーっと偉いんです。(爆)

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