御霊様 | 鬼城

御霊様

2015.08.12.Wed.18:00
山家忌

少し前の話題、7月29日は御霊様の祭礼(法要)だった。
子どもの頃からお参りはしている。
祖母や母からは「宇和島の守護神」と聞いていた。
大変賑やかだった。
今年はその再現・・・

御霊様1
法要

午後6時半より宇和島市、近郊の臨済宗妙心寺派のご住職14人によって営まれる。
後ろの方が千田御老子、金剛山大隆寺のご住職である。

御霊様2

和霊病

御霊を祀ってある和霊病
参拝所の奥に、清兵衛公のお墓がある。

御霊様3

奥の廟

膜で飾られている扉を開けると五輪の塔がある

御霊様4

参拝所

今年の人出は多く、参拝も絶えることが無かった。
提灯には山家家の「釘抜き」の家紋が描かれている。

御霊様5

宇和島さんさ

お祭りをより華やかにということだろうか。
宇和島さんさの舞が奉納された。

御霊様6

人垣

踊りを見ようと人垣が出来ている。
商店街の人たちもちらほら・・・
商売の神、海の神!

御霊様7

灯籠

霊安らかにと手書きのあんどんが並べられている。
準備に時間がかかったと思う。
檀家の皆さん、ご苦労様でした。

御霊様8
コメント
御霊屋は金剛山が管理されているのですか
昔、「御霊屋(みたまや)」といえば、宇和島ではここを指す呼称だったようですが、ここの管理は金剛山がしておられるのですか?おそらく金剛山を五代村候のときに竜華と並べて伊達の氏寺としたようですから、和霊信仰を宇和島の守護神にした村候や櫻田家老の功績は大きいようですね。
 
No title
 宇和津町に間借りをしていた頃、参拝に行きましたが。それほど多い参拝客ではありませんでした。毎年、同じことが繰り返し行われてきたはずなのに、今年は凄い参加者でしたね。
 これは、館長さんをはじめ、伊達博の取り組みが功を奏しているように感じます。人が動けば大きなうねりになることが証明されましたね。
おたまやさま
昔は我が家の近くまで露店だったと聞きました。
最近は寂れていたけど賑やかさが戻りつつあります。
金剛山管轄
木下博民 様
村候の時代に親交を深めたと思われます。今回の山家清兵衛展では村候筆の肖像画が3点、中に宗紀賛が入ったものがあります。言い伝えも桜田悪人説は別にして、真実に近いものがあると思われます。金剛山、和霊神社に残っている古文書類、新しく出展された仙台伊達への借金返しの受け取りなど・・・面白いのは秀宗が言いつけた付け届けの手紙とその後、政宗からの浪費の戒めの手紙が呼応していること。山家清兵衛の報告が原因と考えられます。鈴木源兵衛の手紙により、当時の状態が分かります。子孫の鈴木さんは現在は松山市在住です・
良いことですね・・・
syoryuで~す。様
何に寄らず活気づくことは良いですね。来年はより賑やかになることを祈っています。清兵衛公の実績、謎からロマンへと変化しつつあります。筋を立てなければ・・・(笑い)
芋飴
うわつ 様
うわつさんの自宅の上あたりに出ていた夜店で「芋飴」を買いました。歯にひっついて・・・学校で食べたら、においで先生に怒られ、げんこつをもらいました。(笑い)
No title
 伊達博物館の山家清兵衛展に行かせて頂き、山家忌も行ってみたかったなと、関心が広がっています。
 まず、御霊屋を訪ねて見たいです。吉野との関連等、これからの解明も楽しみなのです。
No title
 伝わっている様々な催しの中に歴史やら、因縁やらが埋もれているのですね。紐といていただくと、私などにも少しは理解できそうです。
改めて
吉野の食いしんぼう 様
先人の方々が吉野も訪れていると思います。しかし、展示されている物を直に見た人は数少ないのではと思います。語り継がれている「和霊能」これもすごい。和霊信仰は至る所に存在します。しかし、本家本元の宇和島松野は特別な気がします。 
何処にでもある歴史
tentijin 様
近くの等妙寺遺跡もすごいですよ。今後、いろんな点の解明が進むと思います。教育委員会の学芸員さん、そして等妙寺のご住職・・・寺には古文書も多数あるようですから、新しい発見があるかもしれません。今回のたどる旅は偶然でした。今後に期待したいと思います。
等妙寺と南朝時代
等妙寺は南朝の南予の拠点であったのではないでしょうか?
宇和島では、この400年(伊達入府以降)の、しかも明治維新までも歴史に興味がおありのようですが、三間郷や津島を調べようとすれば伊達以前を調べなければなりません。また、明治以降の宇和島の詳しく調べておられる方はいませんかね。
昭和の戦争と宇和島なども、いま調べなければ生き証人がすぐいなくなります。
等妙寺
等妙寺は鬼北町の学芸員さんが調べていると思います。明治期以降の宇和島は調べている人は居ませんね。松本リン一さんの資料を水野さんとともに見せてもらうようお願いするつもりですが、特別展で暇が無いので年末あたりか?ここらで新しい資料があれば面白いのですが・・・
木村氏が愛媛新聞に書いていますが、鈴木源兵衛(山家清兵衛と共に宇和島入り)の資料は面白いです。
宇和島には「歴史研究センター」がない。
個人で自分の得手の部分を研究されておられる方はいますが、それらが集積され、定期的に発信する機関がありませんね。
例えば、いま架橋が進んでいますが、出来上がれば九島の歴史を知りたいという気運にまるかもしれませんが、今ではおよそ関心ないでしょうね。
そうそう、今日は敗戦日です。宇和島と戦争について集会がどれほどありますかね。宇和島の行政機関があちこちの寺へ分散していたことなど誰もご存知ないでしょう。
難しい
木下博民 様
人件費が伴うものは無理ですね。博物館も機能的に無理があります。申請却下・・・新しい部署も難しいですね。整理しているのが県や市町村ですね。今年も文化課とスポーツ課が一緒になりました。整理ということは削減ですね。

管理者にだけ表示を許可する