和霊様 | 鬼城

和霊様

2015.07.09.Thu.10:00
妙楽寺宝篋印塔

6月24日、再び土佐街道へ・・・
今回は聞き取りが目的で、UCATの田中課長さん・歴史文化研究会の水野さんと同伴する。
撮影の間に妙楽寺の和霊神社の宝篋印塔の調査をする。
年代は1740年代、村候の時代である。
この地は吉田藩領であることから、和霊信仰とは考えにくい。
言い伝えか、清兵衛の奥方を偲び、和霊神社建立をしたのか?
同じく一石塔も同年代だった。

妙楽寺1
妙楽寺の和霊神社

建物は修復がなされている。
今ではお祭りもしていないとご住職よりお聞きした。
屋根の上のしゃちほこが珍しい。

妙楽寺4
幸霊祠跡

高知県六反地にある石碑・・・
言い伝えでは山家清兵衛の奥方が、松野の地より逃れ、この地で亡くなったとされる。
また一説では大隆寺より、娘と乳母の悲報を聞いて大分に逃れた。
そして清兵衛の母親と共に仙台の長男喜兵衛のもとに行く。
清兵衛の母親が亡くなり、清兵衛恋しさに高知の六反地まで帰ってきた・・・
この説には無理もあるが、ロマンチックである。
今年のUCATの中継はこのあたりを詳しく述べたい。

六反地1

戸田家建立

この石碑はすぐ隣の戸田さんが立てたものである。
先日、訪れた折にはお留守だったが、今回は奥様がおられ、従兄弟の方とお話が出来た。
24日にはこの聞き取りの映像も流れる。
奥方の名前はスミと記録があったり、高とあったりする。
変名を使っていたとも考えられる。

六反地2

和霊神社

奥方の墓所の前には和霊神社がある。
その祭りに担がれる大裳階・・・
昭和の頃には山の上にあった神社だそうだが、酔ってけがをする担き手もあり、戸田さんが平地に移設された。
ここにも和霊信仰が・・・

六反地3
和霊という地名

踏切の名前「和霊踏切」
結構、地元では有名らしく、読売新聞、高知新聞など和霊神社、幸霊祠の記事がある。
愛媛の地元には、今まで無かったとか。
近く、記事になると聞いている。

六反地5
コメント
こういう話・・・好きなんですが
芸能人の噂話は、頭の中に入り込みますが、
昔の人の話はなぜか頭の中には???のようです。
またいつかこの話も直接拝聴したいです。
No title
e-466 殆ど知らなかった、近所の妙楽寺がこの様にクローズアップされ歴史の謎が解き明かされるワクワク感、食以外にも興味が持てるのが解りました。e-466鬼城さんのお陰です。

 最近は、吉野在住の人に、妙楽寺と清兵衛
婦人とのいわれを知ってる?と聞くこと度々です。
追録
結女 様
山家清兵衛奥方物語その2でしょうか?先日、あっぷしたものの追記となります。和霊様にはいろんな物語があります。その一つですね。24日には和霊様で解説をしなければ成りません。昨年と同じでは「なんだ!」と思われますので、新しい話を追加するため、聞き取りをした訳です。松野の東まで知ることが出来ました。世の中、興味関心が無ければ覚えることは出来ません。
地元
吉野の食いしんぼう 様
地元の方でも知らない人が多く居ます。宇和島も同じです。語り継ぐことも必要ですね。土曜日には地域の子どもたちが来ます。故郷を大事にするよう説明します。
和霊信仰は全国的なものなんです。その重要な拠点が松野町にあると言うことですね。
UCAT鬼北局でも24日解説は流れると思います。楽しんでいただければ幸いです。
謎解き
山家清兵衛が藩外の人たちにも慕われていたと言うのが良く分かりますね。しかも元長宗我部領と言うのも面白いです。現松野町は宇和島藩と吉田藩で境界争いもあったと聞きます。山家清兵衛の事件との年代が分かりませんが、ぜひ分かりやすく解明してほしいものです。
神は平等
うわつ 様
吉田藩とは諍いが続きますが、山家事件といい、武左衛門一揆と言い、神になった侍が居ます。年代は別ですが、面白いですね。高知には和霊信仰が多いと聞いています。調査する力があれば良いのですが・・・
No title
子供の頃から知っている和霊様の奥の深さを知りました。
伊達博物館の展示も8月に行きたいと思っています。
市外から友人が来るのですが、お時間あれば解説をお願いしてもよろしいでしょうか。8月9日日曜日です。
No title
 幸霊祠跡を建立された戸田さんという方は、この地の名士なんでしょうね。その辺の因縁も知りたい気がします。和霊信仰が全国版の文化で、様々な因縁でドラマが展開したんでしょうね。
妙楽寺の山家夫人伝承の扱い方
わたしは郷里が蕨生ですから、子供の頃からこの伝承は知っていましたが、やはり「伝承」の域を出ませんでした。今度、公的に博物館で扱われるのですから、学者諸先生の意見も是非加えていただければと存じます。夫人がなぜ一時にもせよ蕨生村の寺に逃れたのか、山家の所領は目黒だったのですが。
清兵衛がなぜ夫人や娘を事件当日自宅から遠ざけていたのか? と辿ると事件の真相をはっきりさせなければならなくなり、400年祭の秀宗の負の部分に触れることになりそうですね。どうか、慎重に。
ありがとうございます・・・
FF 様
8月は特別展のW企画ですね、応挙(重文)が出ています。見応えありますよ。さて8月の予定(出勤日)は経っていませんが、時間指定していただければ、参上します・・・(笑い)わずかと捉えるか、400年近くと捉えるかですが、分からないことが多すぎます。
大工さん
tentijin 様
この地域は仁井田米の産地、米所です。我が家は仁井田米を食べています。サンシャインで売っていますから・・・(笑い)残念ながらご主人は5年前に盈虚され、奥様に話をお聞きしました。石碑の建て替え、和霊神社の建て替えなど戸田さんがやられたとか。地区の方々にもっとお聞きすれば面白いと思うのですが・・・和霊信仰は幅が広いですね。
古文書
木下博民 様
和霊神社より出店されている古文書に忠言し、緊張感が高まったという重要な清兵衛が友人に宛てた手紙があります。仙台米倉(宇和島の北倉庫)の中での会話の古文書も・・・そのため近著うかっ方かまったとも・・・この件で死を覚悟したとも考えられ奥方たちを逃がした裏付けとなります。妙楽寺の化粧道具は大名家のものに劣らない漆器です。釘抜きの家紋ですから間違いなく奥方のものです。身を守る長刀、六尺棒なども展示しています。伝説か真実かは出品されている古文書で判断するしか無い。この点を事実では無く、物語として解説していきます。いずれにせよ、ほっておけば失われる伝承ですから・・・まだまだ和霊信仰の深さを追求していきます。、
No title
 今回の調査で出てきた貴重な資料を見るにつけ、自分に迫っている危機のために愛する家族を危険にさらすことを避けるために脱出させたことは、容易に想像することはできます。
 また、夫婦愛が強いことも推し量ることができます。
 和霊様の時の解説を楽しみにしておきます。
シナリオが・・・
syoryuで~す。様
引き受けてる解説など10本近くあり、後悔しきりです。後悔先に立たずとはよく言ったものです。毎日、何らかの仕事が飛び込んできます。明日から3連休のはずが・・・何が何でも月曜日は「はま湯」へ・・・活力もとにも2月から行っていない。
No title
ありがとうございます。2,3日まえにお電話します。よろしくお願いいたします。
了解
F.F 様
ありがたいことに今年はSNSの仲間たちが、来てくれるようです。牛鬼祭りも楽しみです。しかし、高齢?ですから、倒れないか心配です。そのときはよろしくお願いします。(笑い)

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