宇和島城堀跡 | 鬼城

宇和島城堀跡

2015.02.08.Sun.12:00
エマージェンシーコール!

お城の堀の石垣が見つかったと電話が・・・
木屋旅館裏の工事現場でとのこと。
危険なのですぐ埋め戻すとか。
大急ぎで出かけた。

見事な堀の角!

石垣1

宇和島信用金庫本店の上の駐車場より

ユンボで掘っているときに出たらしい。
ちょうど堀の角の部分・・・
平成10年には大手門の跡も近くで発掘されている。

石垣2

木屋旅館の裏手にあたる

石垣3

追手通り方向

石垣4

木屋旅館の裏庭

石垣5

ここは何をするのか?
宇和島市の土地だと思うのだが・・・

石垣6

幕末の地図と重ね合わすとおもしろい!

今回見つかったのは赤丸の部分である。
これで見るとはっきりするのは、国道56号線は城内ということ。

石垣7
コメント
No title
 宇和島は、やはり、歴史ある町ですね。写真の石垣は、お堀の角の石垣のようですね。この地図を見ると、今では埋め立てられ陸地になっている海やお堀がよくわかりますね。木屋旅館の建物も、距離的には、お堀の中のように思えますが、いつ頃建てられた建物なのでしょうか?明治初期には、お堀も海も残っていたのでしょうね。
No title
tentijin 様
木屋旅館は明治44年創業とあります。ここは堀の中ですね。税務署の前の道も掘です。このように遺跡は出るのですが、残念ながら建物などは全然ありません。城下町でこれだけ残っていない町は全国でもないのではと思います。城と天赦園のみ・・・城下町らしさがほしいですね。
堀ですか
商店街から東コウニに至る道は堀だったということですね。その周りも海だったということですか?素人なので詳しくはわかりませんが、地震の時に埋立地は液状化現象が起きるとか?南海地震の時影響はありますかね?
この堀が写っている写真は見たことがあります。
宗徳公の葬儀の際、葬列が掘り沿いの道を金剛山へ向かわれる写真があります。おそらくこれが堀の写っている貴重なものではないですか? いまの児島惟謙誕生地碑の側は家老の屋敷が連なっていて、明治期にはその門前長屋が花街の走りになったといいます。昭和のはじめは追手門があって、人々は自由に門を通っていましたっけ。とにかく堀が埋められ、伊達家の所有地となり、貸し地になったわけです。
埋め立ての歴史
うわつ 様
宇和島市は鬼ヶ城の裾にへばりついているような町・・・当然、広げるためには埋め立てしかない。江戸時代からずーっと続いていることです。液状化は起こる可能性がありますね。特に海側・・・堀は袋町商店街、新橋商店街の左側の店は堀の上ですね。昔懐かしい文泉堂やキング堂などです。城側は桜新道の道・・・掘らないと史籍が出てこない町は全国でもありませんね。そうそう、堀など埋めたのは明治以降ですね。
昔懐かしい
木下博民 様
残念ながら、現代に生きるものたちは、堀の存在さえも頭に浮かばない。時々、そうなのかと思うくらいでしょう。神尾、宍戸屋敷ですね。児島惟謙の生誕地の前の道路が堀ですね。とにかく、埋め戻されて何か建つのでしょう。貴重な石垣を見ることができました。
お城下
 時々、宇和島に行くとき、「お城下に行ってくらえ」と言う言葉を聞きますが、言われるように余り城下町の雰囲気は少ないのかも知れませんね。こうして、歴史有る物が発掘され、又埋められるのはもったいない気がしますが、鬼城さんのブログで見せて貰い、ラッキーです。emergencyの意味も忘れていました。ここで語彙増やしておこうと思うのですが、きっと明日は・・・。
物忘れ
吉野の食いしんぼう 様
いわれるとおり、最近物忘れが特にひどいようになりました。もうそろそろかと・・・(^_^;) 自分の語彙は、ほとんどミステリーからのものです。地域や民族的な要素など・・・テレビドラマもミステリーが多いですね。テーマは「グルメ」「旅(祭り)」「温泉」があれば視聴率は高いとか。
何度も言うように、城下町でこれだけ昔の住居や道や史跡が残っていないところは、宇和島のみではないかと最近思うようになりました。残念です・・・
宇和島伊達400年祭という企画で思うこと
とにかく、なんでもいい名目をつけて宇和島を意識しようじゃないかということのようだが、どうもしっくりしないと思っていました。そうそう、この企画には、昭和初期まで誰もが口にした「ご城下」意識が潜んでいて、この範囲を抜け出さないのだなあ、とやっと気付きました。
昔の伊達10万石の範囲でもなく、3町と合併した現宇和島市の範囲でもなく、八幡村を合併する前の宇和島町(やっと丸穂村を併合した)時代の感覚で宇和島をみている企画のように思われてなりません。
盛上がらせるには、現在の宇和島市を束ねた意識を常に持って企画しなければなりません。旧3町の住民からなかなかいい企画が出てこない、と何方かが言っておられましたが、出させる努力が、知恵が、企画者に欠けているとすれば、問題です。成功を祈ります。宣伝カーが連日どう動かれるか、訴えられるか、市民を死民にされませんように。
見えない
木下博民 様
意見はあっても、募集をかけてもなかなか言う機会はありません。秀宗入部であれば、八幡浜、西予市、鬼北町、松野町、愛南町も巻き込んで、どうぞ宣伝にお使いくださいということはできなかったのでしょうか?圧職員に聞きましたが、そんな意見もありましたで片付けられました。昨年の今頃から委員会はあったようですが、はっきり言って知恵がないと言わざるを得ません。イベントだけでは、業者がもうけるだけ・・・いやし博の反省が生かされていません。来年は南予活性化対策のため博覧会を県でするそうです。これもいやし博の二の舞になるのではと思います。ようするに税金の無駄使いです。

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