鬼王丸降臨! | 鬼城

鬼王丸降臨!

2015.02.03.Tue.10:00
鬼北町

2月1日は南予地方でイベントが盛りだくさんだった。
活性化のために中村知事も・・・
動くことができなかったので、暇を見つけ鬼北町へ・・・
Yahooの写真のトップ記事にもなった鬼王丸!
FaceBookに多くの方がアップされていたが、迫力が伝わりにくい。
そこでアップを、どうぞ!

鬼王丸1

モニュメントの下の説明板

鬼王丸降臨

鬼北町は、鬼ヶ城山系の北に位置することから、平成17年1月1日に
旧広見町と旧日吉村が合併しこの町名がつけられました。
平成27年2月1日現在の全国自治体数は、1741。
そのなかで鬼北町は唯一「鬼」という文字が入る自治体であることをアピールし
、鬼の町づくりのシンボルとしてモニュメントを建立しました、名を「鬼王丸」。
おおきな角にむき出しの牙、威嚇するように睨む目つき、筋骨隆々の肩には鬼北町特産の雉がとまり、
威厳の魔力を前面に打ち出し、訪れた人々に勇気と元気とやる気を与えてくれます。
圧倒的な存在感と、人智を超えた能力で「学業成就」「恋愛成就」「金運アップ」の願いを叶えてくれる鬼王丸。
今、この地に降臨。

平成27年2月1日
愛媛県鬼北町

鬼王丸2

鬼王丸の背中にとまっている雉

鬼王丸3

にらみをきかす鬼王丸

鬼王丸4

筋骨隆々の背中

鬼王丸5

肩の雉のアップ


鬼王丸6

足の爪

アンクレット?も・・・

鬼王丸7

Yahoo、愛媛新聞にも出ていた全体像

鬼王丸9

鬼北町のゆるキャラ?

月曜部は「森のさんかくぼうし」は休館日

鬼王丸8

休館日にもかかわらず大勢の見物人が・・・

鬼王丸10

愛媛新聞より 2015年1月10日

 全国で唯一自治体名に「鬼」が付く鬼北町が、新たな町のシンボルを目指し、巨大な鬼のモニュメントの制作を進めている。着色など仕上げの作業も終わり、同町永野市の道の駅「森の三角ぼうし」での2月1日のお披露目に向け、静かにその時を待っている。

 大きな角にむき出しの牙、威嚇するようににらむ目つき、筋骨隆々の肩には鬼北町特産のキジが乗る―。全長5メートルを超す鬼は、よくある「ゆるキャラ」のイメージとは程遠く、怖さを前面に出す。
 モニュメントは2013年6月に企画。JR予土線のホビートレインなどで関わりのあるフィギュア制作会社海洋堂(大阪府門真市)に相談しデザインを決定、事業費1千万円で制作を進める。
 「これほど大きくてリアルな造形は初めて。要求される怖さをしっかりと表現できるか不安だった」。制作を手がけた高知市の立体造形会社「m・e・works」の穂崎真一さん(42)は振り返る。
 デザインの細かさを生かすためシリコンを多用し、安定さを出すため足場となる岩の設計を変更するなど工夫を重ねた。鉄骨の構造や強度の計算にも時間を要し、制作期間は約5カ月に上った。
 穂崎さんによると、自治体からの依頼は異例。「町おこしに関われると思うとワクワクする。『怖すぎる』鬼を目的に鬼北町を訪れる人が増えればうれしい」と期待する。
 愛称は「鬼王丸(おにおうまる)」に決まった。14年3月から10分の1模型3体を役場などに展示し町民らから募集。約400件の候補の中から選んだ。町内にある等妙寺の伝説に登場する大男の名前に由来するもので、選考を務めた二宮浩産業課長は「町に残る話とぴったり合う候補があり驚いた。選考では、ゆるキャラのような愛らしい名前が多く、頭を悩ませた」と思わぬ苦労を明かす。
 現在町が企画するのがモニュメントを主役とした鬼の物語づくり。特別な能力を持つとされる鬼の逸話を生かし、合格祈願の金棒など関連グッズの展開につなげるほか、きび団子をイメージした鬼大福や、同道の駅に全国から「鬼」の文字が入った商品を一堂に集めた特別コーナーの設置などを予定する。
 全国から観光客が集まるスポットへ、甲岡秀文町長は「鬼のフィギュアを集めた『鬼の館』など、まだまだ構想はある。鬼の町づくりを徹底し、注目度、集客力の高い町の実現を進める」と意気込んでいる。
コメント
鬼王丸ですか
丸は麻呂の転化ですね。鬼王などといわれるとついついキオウから妓王を連想したり、愉快ですね。
あまりにリアルでちょっと抵抗がありますが、オニが穏や怨にはならないように、発展を祈ります。
賛否両論
木下博民 様
すぐに飽きるとか、高価なものをとか・・・一方で鬼で売り出すのは機会を捉えで良い。さて、どちらにせよ、残るものとしては大賛成・・・私は打ち上げ花火的な発想が大嫌いです。これぞ税金の無駄使いですから・・・打ち上げ花火を見るのは好きですよ。誤解なく・・・(笑い)
迫力満点
 私も、休館日の昨日2・3枚の写真を撮って帰りましたが、鬼城さんのこの写真を見て、いかに観察不足か解りました。
 雉が肩に乗かっていたことも気がつかず帰っていました。
 きほくくんのゆるキャラと対照的にリアルな鬼さん、小さい子どもには怖さを感じさせるかも。最もお買い物、宝くじは大人が対象ですが。ず~っと止めていた宝くじ買ってみようかな?
何でも祈願!
吉野の食いしんぼう 様
「学業成就」「恋愛成就」「金運アップ」の鬼王様ですから、宝くじが当たれば、ますます人気が出ますね。(笑い)昨日は休館日だったので、自由に見ることができました。除幕式には1,500人ほど来ていたようですから・・・しかし、迫力がありますね。小さな子どもは泣いていました。
犬は、猿はと言う人もいましたが、auのコマーシャルの見過ぎ・・・(爆)
一枚目は迫力満点まさに鬼です。海洋堂に依頼したのですか、だからリアルなのでしょうね。鬼の列車を走らせて出目駅を鬼出目駅に変えましょうか(笑)鬼という字がつく自治体は知りませんが町はかなりあるようですね~活力のある町づくりに期待したいです。
話の種
話題性はあるでしょう。たまたま昨夜は年に一度の「鬼遣らい」。家庭で豆のつぶてで鬼を払い、内に福を呼ぶ風習、やる人が少なくなりましたね。我が家は老夫婦で子供っぽく大声でオニを払い、福豆をかじいりましたっけ。残った豆は「豆ご飯」にしてたべます。
昔、府中の工場にいたとき「大国魂神社の節分会」に会社幹部として招かれ、裃を着せられて拝殿から参拝客に豆撒きしたことがありましたっけ。会で社は相当の奉賽をしましたっけ。
鬼にも大いに稼いでいただかなければならない、ケチな時代になりましたね。
鬼は内
節分は季節を分けるというので節分だそうでうね~TVのワイドショーで知りました。「鬼は外~福は内~」といって豆をまき歳の数ほど豆を食べるそうです。そうすると風などひかないそうですからインフルエンザの予防注射と同じです。それで風邪をひいたら新種のインフルエンザなんて言うのでしょう(笑)コメントが脱線しましたが、鬼北町では「鬼は内~福も内~」と豆まきしたのでしょうね~?町長宅から実況放送したら良かったと思います(笑)
No title
 鬼北に住みながら、鬼城様のブログで、初めて鬼王丸に遭遇しました。なかなか迫力満点の鬼ですね。鬼ヶ城の鬼も何か曰く因縁があるのでしょうね。鬼北町も鬼王丸の力で賑わうといいのですが。今度実物を眺めに行ってきたいと思います。
アイディア
うわつ 様
アイディア勝利でしょう。しかし、一過性にならねば良いのですが・・・そのためには次々と手を打つ必要がありますね。そして、全町揚げて取り組まねば・・・どこかの市と違うことをやればいいのかもしれません。(笑い)
住んでいても・・・
自分も同じく、何がどこで起きているのか、知らないことが多いです。しかし、このアイディアは見事ですね。全国に鬼の名前が付く自治体はないとか。有りそうに思えるのですが・・・鬼が付く地名や山はありますね。何にしてもふるさとの活性化、大事なことですね。
宇和島も地名遊びされてはいかが
全国に「島」がついて島でない町探し、されませんか。鹿児島からはじまって・・・。昔大阪に就職した当初、宇和島といっても知らない奴がいて腹立たしかった。「輪島」のことかと聞かれたりした。
秀宗の入封朱印状には「宇和島藩10万石」となっているのですか、「板島」ではありませんね。すると宇和島と名付けたのはいつからか? 宇和郷の板島を居城としたから宇和島にしたときいたのだが、この400年祭に改めて名称決定の瞬間をつかみたいもの。いつ? 誰が? その決定証拠は?
そうそう、瀬戸内海の広島県だか山口県だか忘れましたが、「宇和島」という無人島がある。行かれた方がおられますか?
アイディア
木下博民 様
いい考えの方々がおられますが、考えることはできても実施段階で、できないと否定的ですね。島のつく町、いろいろとあるでしょうね。宇和島という島、初耳です。今度調べてみようかな?
板島城は古城山(城東中学校の裏山)と聞きましたが・・・今の城は板島丸串城・・・秀宗の時に宇和島と改名と聞いていますが、古文書があるかどうか、入部したときは宇和島とはっきりしています。さて、いつどのように変わったか・・・
堀の石垣が木屋旅館裏で見つかりました。次回アップします。五角形の角になるようです。
誰が「宇和島」と名付けたか?
「宇和島」は、「宇和」という古代からの呼称から来ているのでしょうが、それに「島」をつけたのは、何時からで、誰か、今こうして宇和島の歴史の上に立ったイベントをやろうという年に、基本的な宇和島の名称について徹底的に調べて見ようなどという郷土史家はおいでになりませんかね。
地名ほど郷土の誇りはありません。まずは地名の由来からお国自慢できるようなふるさとであってほしいですね。
秀宗入部
木下広民 様
秀宗が入部する前は板島、城は板島丸串城・・・誰がつけたか不明ですが、宇和郡の島(串は半島)というところかららしいです。文献はありません。もし調べられているなら、松本隣一先生でしょう。資料は河内屋さん(お嬢さん)のところにあるとか聞いています。

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