九島架橋 その後 | 鬼城

九島架橋 その後

2015.02.01.Sun.17:00
工事は?

宇和島市九島架橋ホームページより
「笑隆で~す。」さんが、ウォーキングで戎山一周をされたとのことだった。
写真を撮られてアップされていた。
なんと、橋脚部分が立ち上がっていた。

道は?
橋よりいったん坂下津側に降り、堀切につなぐようだ。
そして旧道を通って宇和島道路に・・・

アクセス道路

入港する九島丸

老朽化が進み、廃船間近のフェリーである。
2隻有ったが、今では一隻・・・


九島1

戎山の灯台

九島航路には欠かせない案内灯台である。

九島2

振り返ると一条の光が・・・

冬の曇り空から差し込んできた。

九島3

橋脚

立っている!
本体部分は、入札時期を迎えているとか?

九島4

戎山先端の中腹

橋を受けるための工事が始まっている。

九島5

橋脚部分

少し低いような気がする。
この高さでは「日本丸」は通ることができないだろう。
大良鼻周りとなる。

九島6

アクセス道路

坂下津側ではアクセス道路ができあがりつつある。

九島7

二車線

結構広くとっている。
さて、完成は?

九島8
コメント
橋脚ができればもう大丈夫
橋そのものは、どこで造っているのでしょうね。あっという間に架ってしまいますよ。私はこれよりも、どう九島を活性化するか、おそらく当事者の皆さんはそれに大きな夢を抱いておられることでしょう。
案内人
木下博民 様
橋本体は入札したのか不明です。まだ、作られてないんでしょう。今年度には決まると思います。活性化は案内人などできているようですが、周知徹底されていないようです。行かなければ分からない。調べなければ分からない。広報宣伝不足ですね。
No title
ここまで進んでいるのですね。島の人の希望が叶うことはおめでたいと思いますが、九島大好き人間の一人としては、今の自然と、温か人情が薄れない事を望みます。
 あのJAの連絡船の風景がなくなるのも寂しい。でも、船便を気にせず、あの美しい日没を見られるのはいいな~
と言う私のような人間が自由に入っていくんでしょうね。
裏側
吉野の食いしんぼう 様
赤松側は泳いでいったことがあります。3つの部落は訪問で、鳥屋ヶ森は遠足で・・・しかし、裏側(西)には行ったことがありません。豊後水道を見渡しながらの沈む夕陽、見てみたいですね。
橋が架かっても最初だけで、後は静かになるでしょう。
九島
橋が架かると初めはどっと車が人が押し寄せるでしょうね~島内の道路は整備されていますか?車はスムーズに離合できますか?トラブルが起きないことを祈りたいですね。
最初は・・・
うわつ 様
帰省するのではないかと思います。坂下津の道は広いですが、党内の道は限定されますから・・・これからでしょう。昨日は御荘、津島、鬼北はイベントデイでしたね。
No title
 遅々として進んでいないように感じます。息子の友人が、津島の自動車道の工事を請け負ってやっているのですが、広島の災害で資材が手に入らなくなって工期内に完了させるために苦労していると言ってようです。東北の地震や原発事故のために資材が不足しているのと相まって建築業界は大変なのでしょうね。
 九島の活性化のことは、目にも耳にも入ってきませんね。「橋を架ける」だけがメインなっているように感じるのは私だけでしょうか??
やっつけ仕事
笑隆で~す。 様
大概は耳ざとい(造語)なんですが・・・ただ入ってきていることは、案内人の方がいるとか。空いていたら案内を請け負うそうです。ほかは聞いていませんね。バラ園があるとかも聞いたことがあるような・・・食いしん坊さんがお詳しいと思います。活性化ではなく、九島の実情ですが・・・
No title
 橋脚が立ちましたね。いずれ立派な道路がつながるのでしょうね。九島に降りたとたんに、まだ、軽四しか通らない道幅の九島は、いったいどんな未来につながっているのでしょうね。橋が、九島の皆さんの悲願の延長の明るい未来につながっていくといいですね。政治家のうまみだけで終わらないことを願います。
その通り
tentijin 様
政治利用では住民の皆さんはたまりませんね。しかし、旧宇和島時代から九島架橋はいわれ続けていました。市会議員も九島から3人出ていたこともありました。やっと半世紀かけて実現します。今後はどうするか、活性化のために市民みんなで考えねばなりませんね。
西予市、松野町、鬼北町を見習わねばなりません。

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