和霊神社へ初詣 | 鬼城

和霊神社へ初詣

2015.01.04.Sun.09:30
素戔嗚は 若禰宜ならめ 初神楽

初詣に来ると必ず、この句碑をおもいだす。
お籠もり堂の前にある句碑・・・
教師の先輩である米田双葉子先生(渋柿)の句である。

今日は天気が良いせいか、参拝者が多い。

和霊神社1

参道

和霊大祭の時よりは少ないが、道筋には屋台が建ち並ぶ。
様変わりしたのか、最近のお菓子が多い気がする。
食べ物や以外では、くじ引き、お面・・・

和霊神社2

御幸橋

水面に映る姿から別名「太鼓橋)

和霊神社3

清め水

伊勢神宮なら禊ぎをして参内するそうだが、普通の神社では手洗い、漱ぎ・・・

和霊神社4

おみくじ

長蛇の列
おみくじは、何時、誰が発想したものだろう。
初詣には必ず、並んでいる。
特に若者が多いのも面白い。

和霊神社5

本殿より事務所に至る通路

お祓いを受けた方々が・・・
軒下には絵馬がかけられている。

和霊神社6

参拝者のおみくじ

おみくじ結び場所
良いことも悪いこともここに置いて保管するところだそうだ。
一生懸命読んでいる人、携帯で内容を報告?している若い女性・・・

和霊神社7

鬼ヶ城

この地(鎌江の森)から見る宇和島市街、鬼ヶ城の景色も、私には好きなところである。
我が家は勿論、日本の国にも今年も良いことがありますように・・・

和霊神社8
コメント
No title
 さすが和霊様、人出が多いですね。私もおみくじ大好き人間でよく引きます。良いことだけ取り上げることにしていますが。
 遠く鬼ヶ城をのぞみ、今年も健康で、この山系の四季の美しさを楽しめますようにとこのブログの中で和霊様にお願いしました。(罰当たり?)FFさんの家からはすぐ、近々一緒にお参りに行けたらと。
句の意味が分りません
「素戔嗚は若禰宜ならめ初神楽」、華やかに初神楽を舞っている若い禰宜をみて正月の一杯機嫌でやたら剣を振り回す須佐之男命のようだという面白可笑しい句なのかな、と思ったりするのですが、いや神聖な初神楽だといわれていそうで、さっぱり素人にはわかりません。よく句碑をあちこちで見かけますが、相当に学のある人でないと駄目ですね。私などこの年になってまだ句の意味がわかりません。いやはや、読めないのがほとんどです。
「この年で発句分らず初メール」てなところです。
お教えください。宇和島にもいろいろな句碑がありますが、なぜ、ここに、このような句の碑があるのか、そういう疑問を抱きます。有名な龍光院の芭蕉句碑、この句碑を建てた時代と人を学びたいですね。また、もうひとつ愛宕山の「しばらくは花の上なる月夜かな」この句にしても。もう一つ、一宮さんにも芭蕉句碑がありましたね。
和霊様
吉野の食いしんぼう 様
様がつく神様はめったにありません。それだけ、和霊信仰がこの地域に浸透しているからでしょう。F.FさんからFaceBookを通じて、句碑の場所の問い合わせがありました。米田先生は、たぶん鬼北郷の小学校で終わられたような・・・良い句です。しかし、目立たないところにあるので、あまり知られていません。是非、F.Fさんとご一緒に見てください。信仰は心の問題・・・神様はどこかで見ていますよ。(爆)
さて?
句碑の建っている場所の理由は調べてみないと分かりませんが・・・私自身も知らなかったことがありました。和霊神社の初神楽は1日の午前0時から舞われるそうです。米田先生の自宅は近くですから、見に行かれて、ふっと句が浮かんだのでは内でしょうか?
芭蕉の句とか、山冬子さんの句碑、また中井コッフさんの碑などなぜ、その場所にあるのか・・・空き地を探してでしょうかねえ。
袈裟の愛媛新聞、出版文化賞の発表がありました。松山の方で石碑をたどる自転車行脚の本が入賞されていました。宇和島もY図書館長さんが、冊子にまとめておられました。発行は限定なのでもうないでしょう。
初詣
和霊さんは人気がありますね。国道から見ると露天も出ていました。毎年初詣しないので鬼城さんのブログで賑わいを知りました。昔はもっと多くの人出だったのでしょうね。ご利益があるということでしょう。日本人は神社やお寺、あるいは教会などなど多宗教を信じる民族なのだな~と毎年思います。多信心の人はご利益があり、私のように無信心者だとバチが当たりるかも知れません。
鎮守
うわつ 様
鎮守の考えはどこにでもあります。日本人はいろんな宗教を選択できるから平和なのかもしれませんね。また無宗教も個人個人の考えです。これがアラブ諸国となると大変です。信ずるものに命を奪われるのですから・・・
年明けから動き続けていますね。体力に感心します。
No title
 やはり、この近辺では、和霊様の人気が高いようですね。我が家から一番近い下組の天満神社が、この最近の私の初詣場所になっています。高速道路ができる前は、歯長峠を通って風の国に移動する道筋の仏木寺で初詣をしていました。高速を利用し始めて、とんと仏木寺方面に行かなくなりました。何ともこだわりのない私でしょうか。人並みに日本の平和や我が家の安寧をお祈りするのですが・・・。
神社・仏閣
tentijin 様
 初詣は、心次第・・・どこでも良いと思います・年の初め、心がけを誓い、お願いする対象ですね。大きな神社とか、名のある寺とか、御利益を求めてお参りするのはいつでもできますから・・・まっ、私は習慣化していますので、除夜の鐘は菩提寺、そして氏神様・・・三が日に和霊様に行くようにしているだけです。
 自動車道ができたら、人の流れが変わりますね。完全に吉田方面は蚊帳の外の感じがします。一時高速無料化で廃業に追い込まれた店が何軒在ったか?フェリーも同じです。逆の立場の人間を考えないと・・・
初詣の意義
年頭に直接神に何を誓ったか? それしか初詣の意義はありませんね。神に健康や家内安全を願っても神さまは目をぱちくりされるだけ。「神は頼るべからず。神に自分の信念(初詣ならばこの年の自分の目標をはっきりさせて)を誓うことでしょう。神の前で、もたもたと頼みごとばかりいってもこれではご迷惑のかぎり。
ところで、このところまた神仏混淆の思想傾向にあるらしいですね。神社と寺は別宗教だと息巻いた明治初年度のほんの短期間の風潮がどうやらまた行き過ぎだったといっているようですね。四国遍路をされると、神仏分離政策がんぜか強引過ぎた感じがしますね。 初詣されりかたや、遍路中の皆さんにお尋ねします。
分離・統合
木下博民 様
この点に関しては、立場によって違うと思います。祈る側にとっては、どちらでもという感覚では無いでしょうか?在るときは氏神様、在るときは弘法大師様・・・その時々の政治によって縛られるのはいやですね。信仰も自由が良い・・・
よしの冊子
木下先生の「神の前で、もたもたと頼みごとばかりいってもこれではご迷惑のかぎり」はその通りだと思います。年に一度の神頼みなど聞いてはくれないでしょうね~(^^)

余談ではありますが「撮り歩きなんよ」に毎日訪問していただく「他誌のはざまに」 http://kanageohis1964.blog.fc2.com/ さんのブログに「よしの冊子」で水野為長が松平定信に・・・・・など正月の様子が書かれてあります。
よしの冊子、勉強になりました。
うわつさん
早速に開かせていただきました。「初物」談義、この時代は生死を賭けての初物競争だったのですね。初鱈が越前ならば、初鰹は何処でしょうか? 江戸で庶民が喜んだのですから。宇和島ならば初鰯ってところでしょうか? 鰯を献上するのが宇和島の恒例のようになっていたのでしょうかね。
それにしても、四季を問わず昔の旬モノを食するこんにちでは、なんとなく何を食べても魅力を感じなくなりました。どなたもそうでしょうか?
うわつ 様
何事も「初」という事には弱い。日本人の心かも・・・それにしても、松平定信公の「よしの冊子」面白い。いろんな話題が世の中在るんですね。食べ物の初、季節もよく分かりました。生麦は孫の済んでいるところの南ですね。
ごちそう
木下博民 様
いつでも、どこでも、なんでも食べることができる飽食の時代と言われる所以・・・いいことか、悪いことか?結果は100年後かもしれませんね。
No title
 さすが南予一の神社ですね。そこそこの人出ですね。出店も出て、なかなか良い感じですね。
 事務所時代、1/4の昼休みにはお参りに行ってました。その日は、知事の年頭あいさつもあり、バタバタしていたのを思い出します。
 今年は、太宰府天満宮にお礼参りに行きたいと思っています。船中泊をすれば、安くいけるかと考えています。また、玉造温泉の玉作湯神社の境内に奉られている「願い石」をいただいているので、その石を返しに行きたいとも思っています。
書き込んだはずが・・・
笑隆で~す。様
計画的に旅を楽しんでいますね。私も格安ツアーとか、車で行ける旅を計画するのですが、行き当たりばったりで・・・行きたいところは山ほど在りますが、今年は熊野古道、USJ、旭山動物園・・・二つは孫たちのものですが、お盆休みが外れたらの話しです。お盆は人で一杯でしょうから・・・さてさて、どうなることやら・・・
No title
こんにちは。

こちらのコメント欄で私のブログの記事を取り上げていただいた様で、皆様ありがとうございます。
初物も流石に関西からということになると、あの時代の輸送能力では江戸近傍の大名にはどうしても敵わない面もありますし、その辺はどうしていたのかなと思います。因みに、宇和島藩の献上品ということでは、色鳥子紙が幕府に有難がられていた様です(「徳川将軍家の演出力」に掲載された献上品一覧による)。
献上品
kanageohis1964 様
 コメントありがとうございます。宇和島藩は徳川将軍家へいろんな献上をしています。記録もありますが、ごく一部しか解読に至っていません。2万点ほど未解読のものがあります。
中でも面白いのは、上屋敷が目黒に会ったところから、8代宗城公は「さんま」が大好きだったとか。(鶴鳴余韻)・・・
紹介していただいた「うわつ」さんは、小中と同級生でした。写真はプロ級・・・教えていただいています。(無生野で氏ですが・・・)最後にお願いが・・・LINKを貼らせていただきたいのですが、よろしくお願いします。
No title
こんにちは。

リンクの件、歓迎です。よろしくお願いいたします。
ありがとうございます・・・
kanageohis1964 様
訪れてくださる方々に知識が広まります。<(_ _)>

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