手に触れる鑑賞会 | 鬼城

手に触れる鑑賞会

2014.11.09.Sun.20:00
天赦園潜淵館と春雨亭

台風で延期になっていた会が開催された・・・
予想通り、お茶道具に関心が無い自分にとっても歴史を感じさせるすばらしいものだった。

手に触れる鑑賞会1
本日の茶花

秋らしく照葉と菊

手に触れる鑑賞会5

茶軸

迎えてくれる床の間の茶軸
豊臣秀頼が二幅、淀君のものが一幅

手に触れる鑑賞会4

説明をされる木村宗慎先生

手に触れる鑑賞会2

楽家初代から三代までの楽茶碗

手に触れる鑑賞会3

一席20名

美味しい茶菓子(京都末富)と抹茶を御馳走になる。

手に触れる鑑賞会6

初代長治郎の黒楽

手に触れる鑑賞会9

春雨亭

別棟になるが、ここには初代から十五代までのお茶碗が展示されていた。
これだけのものを集めるとは、木村氏恐るべし!
各代それぞれに特徴があり、すばらしいの一言・・・

手に触れる鑑賞会7

明かり

春雨亭には明かりが無い。
自然光の中で見ると趣は格別である。
昔の人はこのような中で生活をしていた。
雰囲気がとても良い。

手に触れる鑑賞会8
コメント
茶道人はお偉い
むかし、笑い話でききました。「呂宋の壺」は秀吉から拝領すれば家宝、現地呂宋(ルソン)ではどこにでもある便器、いやはや。利休が命じて手造りさせたゴツゴツした茶碗も、利休というブランドが抜ければ重くて不便な湯呑み。こう愚痴るのはド素人、馬の耳に念仏の類、と黙殺されますが、芸術はその人にだけの感性で、強いるものでもなく、環境に慣れるものでしょうね。いきなり「結構な茶器ですこと。味があります、匂いがあります」と利休の真似をしろと言われても、面喰らう方も多いでしょう。とにかく、毎日茶でも喫して、世知を楽しむ、それが人間の業ってものでしょうね。
茶道具
木下博民 様
 いろんな物を見る機会があったのですが、良さはと訪ねられると正直「分かりません」と答えるしか無い。しかし、最近分かったことがあります。茶碗は手になじむかどうか・・・場に合っているか? いづれにしても感性の問題でしょうね。茶人の方は一段高いところにおられるようです。
 手に触れる鑑賞会、七回目となりました。ファンの方も増えて、定着したようです。
j実はFFさんと一緒に申し込みをしようとしたら、我が山の会の40周年記念山行と重なり諦めたのでした。
 台風の影響で山も中止になり、どちらも残念でした。
 すごいお道具ですね。お稽古の時「お作は?」と聞かれると簡単に「長治郎でございます。」とか何故か気に入って「左入でございます。」をよく使いましたが、実際に見ることができたら感動と緊張の連続だったことでしょう。このブログで一端を覗うことができました。ありがとうございました。
 昔、ある人にそそのかされて、陶芸を始めました。その師匠は、茶碗の写真が掲載された本を持ってきて、この茶碗はうん千万、こちらはうん百万、陶芸を始めてみんか、というお誘いだった。これくらいなら自分にもできるだろうと始めて、師匠より先んじて美術展で賞をもらってしまった。しかし、うん千万やうん百万の茶碗は、室町などの作で、私が逆立ちしてもうん千万やうん百万の茶碗を作ることはできないと言うことを、後日知りました。したがって、お写真の茶碗も、私には猫に何とかに過ぎないかも知れません。
茶・花・器など全くわかりません。でもなぜか萩焼きが1つ、銘はあるけど読めない。と茶碗(華)湯飲みかな~?(皿か血の銘)と14代柿右衛門の器。これは有田の柿右衛門宅で購入したものがあるのが不思議です(笑)
正直言って
所詮、お茶は感性の問題といわれますが、その通りでしょう。骨董は「モノ」よりも付随した「時間」や「物語」にありそうですね。箱書きがなければゴミだといわれて大笑いしたことがありました。私もいろいろ見るのは好きですが、師匠面している人の話を聞いていると「呂宋の壺」を思い出して、ニヤッとします。
この写真で、非常に気になったこと、木村さんがなんで敷居の上に座っておられるのでしょう。子供の時、他家の座敷では、畳縁や敷居を踏んではいけないと厳しき言われました。敷居は跨ぎこそすれ踏むなんてことはやめなさいと言われました。
よさ
吉野の食いしんぼう 様
 茶道具の良さは正直分かりません。しかし、なにか風格のようなものがあることも事実です。今回の目玉は楽家初代長治郎から15代吉左衛門まで15椀、そろい踏み・・・それぞれ特徴があり、面白かったです。今治、西条の陶芸家の方(博物館で世話になった方)も来ておられ、久しぶりにお話をさせていただきました。
 予告は、伊達家400年のイベントに合わせ、政宗の茶碗(東と西)のそろい踏みとか・・・
器用
tentijin 様
何でものめり込む、tentijinさん・・・そして何事にも追求する熱心さ、それが陶芸にも生かされたのでしょう。お師匠さんは今でも焼かれているのですか?近所に窯があるので再開されては・・・
渡井のような素人は、すぐに「いくら?」と聞きたくなります。目玉が飛び出るくらいの値段は間違いないのですが・・・貧乏人の台詞としては「お茶漬け茶碗」と変わらん(爆)
うわつ 様
萩焼きは使えば使うほど茶がしみこんで良い色になると言います。器は使ってなんぼのもの・・・木村先生の言葉です。ただのお飾りではいけないというとだろうとおもいます。
柿右衛門もすごいですね。赤がすばらしいと聞いたことがあります。中島誠之助の言葉ではありませんが「大切になさってください。」(爆)
説明
木下 博民 様
 写真がまずいので欲和からにと思いますが、敷居は踏んでいません。足は内側、手は外側で陶芸家の方の邪魔にならない説明の位置だったと思います。
 箱書きでは、昔、失言をしました。汚い箱はきれいにした方が見栄えがすると・・・古い箱に値打ちがあるとのこと。最近、古いおもちゃなど高価な値段で売買される物も売り出したときの箱があれば、値段は数倍とか。箱も大事に取っておかねば・・・
汚い箱書
「汚い」とは「時間の集積」ということです。老人も薄汚れて、老臭のあるのは溜まった時間のことです。
さすがに建築物などは時間のスピードをゆっくりさせよと「鞘堂」などという発想まで現れました。
茶器などは箱書のある箱を納める鞘箱があるのではないですか? 鞘箱というかどうかは知りませんが。
箱書きも
木下博民 様
箱が新しいので作り直したものかと思っていたら、説明が・・・保存状態がすばらしいとか。箱書きの筆も見事でした。よくわかりませんが、本物の良さに触れた感じがしました。

管理者にだけ表示を許可する