土小屋 | 鬼城

土小屋

2014.11.11.Tue.13:00
土小屋

駐車場には貸し切りバスも・・・
ツーリングか、バイクも多い。
遊歩道から見る石鎚・・・

土小屋0

土小屋の標高

非常に寒い・・・
ここから石鎚山頂に登ったのは1982年(標高年)だった。
夫婦、息子二人の4人で登った。

土小屋1

もみの木

下には石鎚熊笹が・・・

土小屋2

石鎚神社

西条の本宮があり、ここは末社・・・
お参りする人は少なかった。

土小屋3

阿形の狛犬

土小屋4

吽形の狛犬

土小屋5

清めの水

山の湧水か、非常に冷たかった。

土小屋6
コメント
山は
山は遠くから眺めるほうが美しく綺麗だというのが自論です。根性も体力も無いのでね(笑)通行止めになるまでには瓶ヶ森まで行ってみようかな~もちろん車で。
瓶が森
うわつ 様
 ここも拠点にされている方がいます。もちろん自然条件を求めてですから、テントで一晩・・・雪山、春山、夏山、秋の山々、いいですね。このときは時間不足で・・・土小屋から10kmほどですから時間的にはすぐですね。雲海など出て条件が整えれば最高ですね。
 石鎚北壁(瓶が森から見る方向)は絵や版画にもなっています。是非・・・
私の山の思い出といえば、①中国峨眉山でブロッケン現象に入ったこと。周りの中国人が奇声をあげて私に体を寄せてきましたがたちまちに消えました。②モンブラン観光にパリで前日買ったコートが早速役立ったこと、③黄山のホテルで刻々変化する雲海と松の景観に陶然となった朝のこと。④少林寺の達磨大師修行の洞窟の前で嵩山の全景を俯瞰したこと。⑤富士登山に会社の若者300人を引率していって、登山道の混み方に、この山は登るやまではない、あくまでも仰ぎ見る山だと思ったこと。・・・・
人生が長いと、山もさまざまですね。
国も人も山も・・・
木下 博民 様
思い出に残る旅行とか、山行は在りますね。しかし歳を取ると冒険家(三浦雄一郎氏)でない限り、近場で、自然の中に身を置くことしかできません。
日本一賑わう富士山だが、日本一難しい冬山ということをあまり知っていない。
 空気が澄んでいて、「さすが石鎚」といったたたずまいですね。2回登りましたが、もう一度登りたいと思います。
 紅葉は、すでに山を駆け下りていますね。kenchanのFBによると、裏山も落葉しているようなので晩秋の装いですね。
 先日、津島清満の満願寺の銀杏を見に行ったのですが、来週あたりが撮影時期かなと思いました。
もうまもなくですね・・・
笑隆で~す。様
銀杏は薬師堂が良いですよ。愛南に向かって、畑地小を過ぎてから右手に見えます。落葉した黄色い絨毯がきれいです。毎年、うわつさんが行っています。ことしはどうかな?お堂の屋根も銀杏の黄色が埋め尽くされます。
私も1982年の元旦は石鎚の頂上にいました。初めてアイゼンを付けて登った記憶が。
 今はとても冬山は考えられません。16日、仲間は登ります。お天気も良さそうですね。
 私も富士山に登ったとき、記念にはなりましたが、木下先生の様に眺める山だな~と感じました。私が帰って5日後に「砂走り」で大きな事故がありました。
砂走り・・・
吉野の食いしん坊 様
 あそこを飛ばしてみたいですね。大事故があったのであきらめましたが・・・
 石鎚はきれいで面白い山です。昔はホームグランドだったのですが、今は高度について行けません。天狗の頂上で片端で何分辛抱できるかやったことがありますが、今なら即転落でしょうね。歳ともに高いところがだめになってきています。
無理せず、自分の身の丈の山で辛抱します。
冬の富士山で遭難した友人を知っています
住友鉱業の人事課長でよく知っていた男でしたが、課員を誘って冬の富士山へ行き、部下だけが遭難死し、本人は助かるという惨事が昭和23~4年頃だったか起こって、人事課長も精神異常を来たし会社を辞めました。
私のときも、連れて行った数人を最後の山小屋に残すというアクシデントがありましたっけ。
お山はどこも侮ってはいけません。入山と下山には手を合わして感謝する躾が子供の時から必要ですね。
 山は、得意な方におまかせして、私は、写真や遠くからお姿を眺めるのがせいぜいです。仕方がないので、車で行ける所を目指したりしますが、この時期以降は、車でも大変なことになる場合があります。地上は異常なしでも、山上は、積雪、タイヤはノーマルなんてことになる場合もあるので、私的には、近づかないのが賢明かも知れません。それにしても、良い天気に恵まれましたね。
神の山
木下博民 様
日本人は古来より山には神が宿っているという山岳信仰があります。高い山、峻険な山ほど修行をし、神の使いとなるべく努力しています。
そのようなことを考えると入山の時の準備、計画などは緻密に立てなければ成りません。言われるとおり感謝する気持ちも忘れては成らないと・・・もう一つの原因はアクセスが簡単になったので、日帰り、神風登山が出てきたことでしょう。
景色
tentijin 様
 登ろうとする気持ちはありますが、装備や準備など考えると引いてしまいがちになります。遠くからの撮影、日本の原風景として景色の中に何の違和感成しに溶け込んでいます。
 車も完全冬支度がいります。まっ、石鎚ハイウェイは厳冬期、通行止めになりますから大丈夫です。
神々の出現経路
高い山を見ますとその尾根に神が天から降り立たれたという古代人の心は、日本だけでもありません。高句麗伝説も日本神話によく似ていて、おそらく高句麗神話から派生したのかなと思うくらいです。もっとも、山だけではなく、住吉大神や八幡大神のように渡来と思われる神々は海から現れたりします。
伊吹八幡神も大浦御所ヶ三崎の海中から現れました、とあります。もっとも「勧請」ということばがよく使われますが、誰が勧請したか、それは書かれていません。神が勝手に現れたということのようです。
とにかく、神々は天から高い山に、または海の底から忽然と現れるというのが無形の神という存在の現れます原点ということでしょうね。
やがて人も無形の霊魂となって大宇宙を流離うことでしょう。
畏怖
木下博民 様
 高い山、長い川、森、海など自然界は人間の力を超える何かがありますね。そこに神と結びついたものがあると考えるのですが・・・
 昨日、歴博の開館20周年記念式典に参加しました。記念講演会は「夢枕獏」氏でした。荒唐無稽な小説の中にも真実があり、相当の研究家のようです。質問の時間もあったので、質問するつもりでしたが、多くの手が上がり、遠慮しました。久しぶりにおもしろい講演でした。
そうです。古代人は森羅万象を神とみた。
いくら科学が発達しても、古代人の自然は神なりという範疇を抜け出すことはできません。子供が、大人に「なぜ、なぜ、どうして、どうして、それからさきはどうなるの?」とうるさいくらい尋ねますが、大人は「いいかげんにせい」でしませても、純真無垢なこどもには森羅万象に神をいう語を奉らなければ解決(?)しません。
結論、結果、大本、それを古代人は神、日本人はカム、隠れる、無、空、見えない聞こえない五感の彼方にある漠としたものを神といったわけです。やはり古代人にはかなわない。
続く
木下博民 様
森羅万象、見事な言葉ですね。しかし、脈々と古代人のDNAは受け告げれています。神仏、大切にしたいものです。

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