吉田町秋祭り その2 | 鬼城

吉田町秋祭り その2

2014.11.04.Tue.18:00
7つ鹿

南予地方には秀宗が入部してから鹿踊りが定着している。
この踊りは宮城県・岩手県に伝わる獅子(鹿)踊りが元となっているとか。
東北の踊りに比べ、たおやかな踊りである。

吉田町秋祭り1

山車

愛媛でこれだけの山車やお練りが残っているところは無い。
大切な文化遺産である。
               1番 お船(御座船)
               2番 宝多
               3番 猿田彦
               4番 関羽
               5番 七福神
               6番 恵比寿
               7番 武内宿禰

               番外 四ツ太鼓
               飾り 楠正成

吉田町秋祭り2

太閤秀吉

吉田町秋祭り3

子どもたち

裏町子ども連の法被

吉田町秋祭り4

三味線・太鼓・笛のお囃子

山車の下の狭いところに楽曲を演奏する人たちが・・・

吉田町秋祭り5

触れ太鼓

結構年代物のようだ・・・

吉田町秋祭り6


宝多(ほた)

今年修復されたものである。
頭の後ろにはお札が・・・

吉田町秋祭り9

猿田彦の尊

どこの祭りでも猿田彦の尊は天狗の面である。
一本足の高下駄は定番・・・

吉田町秋祭り7

七福神

演技が終わってほっとしている氏子たち・・・

吉田町秋祭り8
コメント
5番七福神
5番七福神、6番恵比寿とは愉快。本来ならば恵比寿は七福神の一つですが、よほど恵比寿に人気があったのでしょうかね。
8葉目の写真、七福神お練りのグループのようですが、法被の蛇紋模様が目立ちます。これにしたのはなにか由来があるのでしょうか?
6福神
木下博民 様
恵比寿がいるので6福神かと・・・アナウンスがそう言ったような気がしたものですから、間違いのようです。張りぼての頭からかぶるような七福神の顔でした。法被は裏町筋のデザインではと思います。衣装はかくそれぞれ、出し物の衣装ですから・・・裏町というのは宇和島にもあります。商店が建ち並んで庶民の町だったんでしょうね。太閤が入っていないので、新調されたものかもしれませんね。
いまひとつお尋ね
「宝多」とは何を表現した練り物ですか? 文字からみれば宝の山のようにも思えるし、兜かな? 戦利品かな? 「ほた」の意味を教えてください。
8番が太閤秀吉の山車なのですね。
関羽、武内宿禰、太閤秀吉、楠正成とは、江戸末期から昭和初期までの常識的英雄で、面白いですね。こういうところに昔の道徳教育の片鱗が窺われます。
道徳教育
木下博民 様
道徳教育必修科目・・・教科書もできるとか。賛否両論あり、国会でも大荒れになりそうですね。道徳教育そのものでは無く、教科書、必修にこだわりがあるのでしょう。
宝多に関しては愛媛新聞に出ている以上のことは分かりません。メールに添付して送ります。
 二年間勤務した場所ですが、このお練りが私の記憶の中にありません。めん坊の大将が、「このお練りはすごいんよ~。」と話されていたのは覚えているのですがね~。
 復活したのは、最近なのでしょうか?
もう5年ほどに・・・
笑隆で~す。様
補助金で幕などを新しくしています。今年は文化庁の調査も入ったようです。写真を撮る人の数は多かったですね。「うわつ」さんは今までに十分撮っているようで、卯の刻相撲と7つ鹿の奉納を撮った後は御槇に移動されたようです。
今年はお練り、山車(宗純の命令)が出始めて350年の節目とか・・・新聞でも賑やかにされていましたね。
吉野のお祭りでも戦先頭の天狗さんは「猿田彦の尊」だったのですね。も一つ納得したのが「高齢かなにかで、足下が心許ない方が選ばれたのかな?」と思って見ていましたが、一本足の高下駄だったとは、知らないことが多すぎました。
それにしても立派なお祭りですね。先日TVで菊間のお祭りも、牛鬼・馬の走り込み・山車など話題になっていましたが、所変われば色々ですね。
吉野の食いしんぼう 様
古来より人々は神をあがめる。最近では、自由気ままで神の存在などいないに等しい。しかし、何か信ずるものがあれば救われることがあるのも事実・・・年を取っているせいか、神社仏閣に行くと三が引きしまる。
これは過疎の地域でも大都会でも同じだと思うのだが・・・
ホタ
宝多(ホタ)私の手もとの資料には、ホタは元禄時代(1688~)にはじまるとの説もあるが、その語源は、由来とも不詳である。頭は牛鬼に似ているが弁柄特有のくすんだ赭顔、角は真ん中にがっちりと一本、角を挟んで両耳が大きく左右に、特徴はその鼻、いわゆるホタ鼻が太眉の下深くぎろりとむきでた両眼に陰を落として、顔の中心にでーんとあぐらをかいている。下顎から寒冷紗の布地を長くたらし、これは八幡大菩薩と大書したり雲竜の墨絵などから描かれる。後頭部には、半紙などをちょう御幣を断つように細く長く切ったのを束ねてとりつけ、さし上げたホタから地上に届くほどで切りそろえる。・・・・まだ書いてあるけど疲れました~トホホ~
必要でしたら鬼城さんにコピー届けます。
 300年以上も前から続くということ、多彩な出し物があるということ、大変素晴らしいものですね。鹿踊りには、八鹿、五鹿など見かけたことがありましたが、七鹿もあるんですね。鹿の数には何か意味があるのでしょうか?いずれも東北から持ち込まれたものなのでしょうね。猿田彦などは、全国共通でありそうな気がします。宝多というものも、初めて耳にします。
「ホタ」考
鬼城さん、うわつさん
「宝多」と奇妙な当て字なので間違ってしまいますが、「ホタ」の由来に吉田出身の秋田忠俊さん(故人、宇和j島商業学校一年後輩)の「伊予のことば」にこんなことを書いています。
「ホタ」は「榾」、朽ちた木のことで、薪する木切れので「火立(ほたて)」の約音。
「吉田の宵宮」を「ホタの晩」と呼び、ホタ面をかぶって、めいめいが立間八幡のお札を受ければ、そのあと女の尻を追っかけるなどいくらふざけてもいいとされた。すなわち「ホタエル」という言葉はこれからきたと言っていますが、「ほたえる」は、土佐でもいうし、「心中天網島」にもでてくるから、西のことばで、あながち南豫特産ではなさそうです。
うわつさんの「ホタ鼻」とはどういう鼻をいうのですか? 牛鬼のように大きな鼻のことですか? お行儀悪い鼻のことをいうのですか?
よろしく
うわつ 様
出入り自由の身で、いろんな情報がいただけるんですね。木下先生も説明されています。何とも奇妙な面ですね。牛鬼の頭の原型のようでもあるし・・・コピーできればよろしくお願いします。
<(_ _)>
今になって・・・
tentijin 様
動いてみると南予の狭いところにも知らないことが、数多くあるんですね。鹿の頭数は理由があるんでしょうか?適当のような気もします・・・(笑い)歌詞や牝鹿隠しの設定は南予共通のようですね。ほたは初めて見ました。
もっと広範囲に動けば、新しいことにぶつかるかもしれませんね。
ほえる
木下博民 様
土佐から来た言葉かもしれませんね。語源などは、根が深いので調べるには根気がいりますね。竜馬がゆくに「ほえるな」という言葉が出てきます。これも同じような語源かも・・・秋田氏は、歴史に詳しい秋田さんのご親戚でしょうか?
「ほえる」と「ほたえる」は一寸違いますね。
「吠える」は犬や猛獣が大声を上げて鳴くとか、声高に泣き叫ぶ、どなる類。「ほたえる」はふざける、甘えることですかな。「ホタ」は後者、土佐でも南予でもほたえるはいいますが、これはどうも方言とは言えませんね。「広辞苑」にもちゃんと載っています。ただホタとなると吉田のお練の面のような使いかたをするのはやはり方言かな。
昨晩送りました・・・
木下博民 様
「うわつ」山よりいただいた資料、添付して送りました。

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