吉田町秋祭り その1 | 鬼城

吉田町秋祭り その1

2014.11.03.Mon.17:00
吉田町の秋祭り

吉田藩総鎮守「八幡神社」の秋の祭礼
この山車は愛媛県下でも例が無いほど現存している。
今年復活しただしもあるようだ。全7騎とか・・・
初めて見に行ったが、非常に満足!

今年は藩祖宗純が1664年に初めた祭りから350年目となる。

スタート地点の猿田彦の尊

吉田町秋祭り1

神輿

朝5時には卯の刻相撲があり、神輿の宮だしがある。
山車の人数で担ぐ人も少なく、台車で運んだり、担いだりしているようだ。

吉田町秋祭り2

六福神

七では無かった

吉田町秋祭り3

山車

京都の祇園祭を小型化したような山車・・・
関羽とか太閤とかが乗っている。

吉田町秋祭り4

新調された宝多(ほた)

神輿先導、厄払いや清めの仕事

吉田町秋祭り5

4つ太鼓

宇和島地方のものと少し違っている・・・
巫女が撥を握る。

吉田町秋祭り6
コメント
 初めて見ますが、多彩な出し物ですね。七福神ならぬ、六福神というのは、初めてです。1人、いったい誰が欠けるのでしょう?昔、津島のお祭りに呼ばれて行ったことがありましたが、大きな布袋様が歩いていたような記憶があります。札所にも、南予七福神を祀るお寺があったりします。私的には、「神なのか、仏なのか、はっきりして欲しい。」気もしますが、これも、日本的な現象なのでしょうね。
お練りと山車
tentijin 様
お練りというより山車の数は吉田が一番だと思います。牛鬼は残念ながら撮せませんでした。町内を回ると言うことなので追っかけは大変です。(笑い)神・仏の区別は難しいですね。私もよく分かりません。6福神というのも初めてでした。
こんな面白いものがあるのを知りませんでした。
祭り
私は卯之刻相撲に行きましたよ。ねむた~い!!お練は遠慮して御槙の祭りに行きました。御槙は五ツ鹿で吉田は七ツ鹿、窪野と宇和島は八ツ鹿、六鹿に猿と狐が舞うという所も南予にあるそうですね~知らない所いっぱいです。
 南予でもこうもお祭りの様子が違うのですね。私も六福神と聞き、何が欠けるの?と思いました。山車見てみたいです。

 文化祭の手伝いをしていたらUーキャットが撮影に来ていて「やばい!」決して餅撒きの風景ではありません。
立間八幡のお練り
昔、祭りといえば「一宮さんのお練り」「立間八幡のお練り」「岩松三島さんのお練り」が私のこどものころの三大お練り、さすがに立間の八幡さまはお練り道具が空襲被害に遭わなかったのでしょう。先人の苦労の遺産を活用して町おこしの起爆剤にすることは大いにめっこうですね。
お練りが神仏習合であることを奇異に感じておられる「天神さん」、日本の宗教ははじめから雑多で、仏教のように派手な宗教が入ってくると、全面的に受容してしまう、これが日本人の習性で、日本人の先祖神です。八幡さまだって古事記や日本書紀には登場されない渡来系の神様のようですから、神仏習合に目くじら立てることは全くありません。
それにしても七福が六福というのはちょっと解せません。衣装が一つ欠落したからやむなく六福と言ったのではありませんか? なお、お練りの人々の足元がスニーカーなのはちょっと滑稽、こういうのをいろはかるたの「頭隠して尻隠さず」に譬えると失礼かな。いえ、「爽やかなお練りの布袋スニーカー」みなさん、大いに華やかにご苦労様。
朝は・・・
うわつ 様
卯の刻相撲、行きたかったのですが・・・うわつさんは行っているだろうなと思いつつ、今年も断念。午前中にお練りを見に行きました。吉田の町中で見るのは初めてでした。
ここのお練りは宗純(吉田藩初代)が命じて執り行うようになったとか?八幡神社は吉田藩の総鎮守ですね。今年が350年の節目だそうです。宇和島藩のお練りとは歴史が違うようです。このあたりも調べると面白いかも・・・
鹿踊りは南予一円で、全部の写真を撮っている方がいました。今はもう演じられなくなっているものもあるでしょう。
お練り
吉野の食いしんぼう 様
至る所にUCATが・・・餅撒きの争奪戦のアップがほしいですね。そうそう、餅撒きと言えば吉田でもあったそうですが、今までものすごい量だったのは三間町でした。自分のところで突く以上拾いました。さすが米所です・・・6福神は初めてでした。さて何が欠けるのか?曰くはあると思います。
祭りの形態
木下博民 様
白足袋をそろえるには予算が・・・というわけでも無いでしょうが、相当な距離を歩くので・・・八幡神社から町内に来るとなると3km以上です。午前中と午後周り、片付けまでするとなると大変な作業です。とにかくこれだけの山車、お練りが残っているのも珍しい。文化庁から調査に来られていました。
白足袋? とんでもない。草鞋です。
白足袋とはいささかおしゃれ。草鞋です。どうせ稲藁が出る田園地帯、総出で草鞋を作っていかが。1日なら1人3足あればいい。これも一つの文化を維持する策。切れら草鞋は燃やして肥料にするのです。
戦後、神仏と人間について学校で教えなくなってから、文化庁は思想抜きの謦咳だけをとやかくいっているようで滑稽の限り。まあ、役人のお遊びとお練を演じる地元の人々の団結とは全く異質。
たとえば七福人もそれなりに道鏡仏教儒教の教えが籠められている造形で、大人は子供にその心を伝えなければなりません。お練一つ一つにそれなりの道徳的意義があるはず。ああ楽しかった波だけは、子供の世界。大人はお練から何を伝えるか真剣に考えてほしいものです。
満足感
木下 博民 様
満足感、達成感でしょうね。過程を大事にし、残すことを考えない、現代の祭り気質でしょう。牛鬼に乗るとか、神輿に乗るとか・・・危険だから規制をする。御柱祭りなどは死人が出ても続けている。何を伝えるかは住民次第でしょうね。

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