八坂寺 | 鬼城

八坂寺

2014.11.01.Sat.18:00
四国遍路開創1200年

熊野山妙見院 47番札所八坂寺
研究大会まで時間があり、今回は八坂寺を訪ねた。
極楽橋を渡って入る。

八坂寺1

屋根

橋には屋根がかかり、天井画が描かれている。
地獄極楽の極楽絵図、これが橋の由来らしい。

八坂寺2

本堂

ご本尊は阿弥陀如来坐像

八坂寺3

大師堂

普通美のお昼なのにお参りする方たちは結構多い。

八坂寺4

大師像に繋がる縁の綱

手前にあるのは仏具の独狐である。

八坂寺5

飛行機雲

空を見上げると秋空に飛行機雲が・・・

高知の方に話しかけられた。
遍路4回目とか。
写真の話もされたが、素人なので言葉を濁し・・・(汗)

八坂寺6
コメント
 松山の町中にもこんな札所があるのですね。八坂神社って聞いたことはあるし、勝山あたりも行ったことは有るように思うのですが、無知でした。
 大師像に繋がる縁の綱や仏具の独狐も初めて見ました。
 同行二人、という考え方と仏様や「御大師様と繋がる紐」とは何か通ずるものがあるのかなと思うのですが、私にはよく分かりません。悟りを開いた仏陀や御大師様は、我らが目指す先達で、少しでもそこに近づきたいという思いから発想されたものなのでしょうか?
八坂という地名
吉野の食いしんぼう 様
 寺の由来に「弥栄(いやさか)」という言葉からというのがありました。八坂は小学校がありますね。言われるように勝山の方だったか?寺とは関係が無いようですが・・・
 大師像に繋がる綱は今回初めて見ました。しっかりと独狐にすがってお参りしてきました。88カ所もあれば、いろんな寺があります。お参りもいろいろとあり面白いですよ。
縋る(すがる)・・・
tentijin 様
 「おぼれる者は藁おも縋る」といいますね。弘法大師を藁にたとえるような罰当たりなことはいえませんが、心のつながりを持つという意味ではないでしょうか。
 tentijinさんも何ヶ寺かお参りされていますから、その時々に増やしていってください。面白い発見や話題が生まれるかもしれません。体調が良ければ、お父さんもご一緒が良いですね。
独鈷って奇妙な仏具ですね
もともとインドの武器で行者が修行中に身を守るために所持したと本にはありますが、密教だけですね。「金剛杵」とも「独鈷杵」ともいうらしいですね。さて、武器といって、これをどういうふうに使うのでしょう。独鈷を持つ坊さん像といえば「弘法大師」ときまりますが、あの持ち方、ちょっと難しいですね。いつの不思議な持ち方だとおもいます。叱られそうだか、「ドッコイショ」というのは、これに由来するのかな? なぜ、次の動作に移るとき、どっこいしょ、というのだろう? 
独鈷
木下 博民 様
独鈷は密教での武器になるんですね。持ち方も不思議ですが、密教そのものも面白いですね。山岳宗教との結びつきなどもあるようです。
どっこいしょの語源は
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1214889917
怪力?
浄瑠璃寺の近くで八坂寺は行ったことがあるはずですが思い出せません。私が行ったときは参拝者が少なかったのです。
独鈷を持ち歩いていたのでしょうか?よほどの怪力だったのかも?

 八坂寺の後ろにTVでもCMしている大きな八坂霊園がありますね。
駐車場に車を止めて、横に歩いて行くと大師堂の前にでますが、境内に入る場所に「極楽橋からお入りください。」と書いてある看板があります。私も慌てて橋の方に回りました。このお寺には、何匹かの猫が橋にいました。
 八十八カ所の札所の大師堂にはすべて大師像と三鈷(独鈷)や大師堂の前に立てられた柱にひもが結ばれています。やはり、開創1200年からかもしれませんね。
 来年は、高野山開創1200年ですから高野山は大変なことになるでしょうね。
重い独鈷
うわつ 様
88カ所もあれば、印象深いところも、薄いところもありますね。八坂寺は極楽橋で覚えていました。愛媛はほとんど覚えていますが・・・こんなところ来ただろうかというお寺もあります。暈けたせいかも・・・
重いですね。持ち上げるには両手で・・・(笑い)
知らなかった・・・
笑隆で~す。様
弘法大師様も紐付きですか?どこの寺も連絡が行っているのでしょうね?御利益があれば何でも良い・・・罰当たりな考えですね。(笑い)横峰寺あたりも山門は車で行くと通りませんね。本堂大師堂から下がって、入り直しました。駐車場からでは無く、歩き遍路の道が正規の道でしょう。
いやはや
「どっこいしょ」の語源、「六根清浄」からといわれてもいささか眉唾、「独鈷杵(どっこしょ)」からといってもそうかなというでしょう。元来「力を入れるときに発する掛け声」なのですから、どちらでもいいのかのしれません。
念のために、六根清浄は天台宗で、独鈷杵は真言宗といずれも密教に関係あるようですね。
庶民はそんなことは知らない。それが社会の大きな流れの小さな現象というものでしょう。
民俗学
木下博民 様
同じように民俗学の権威、柳田国男が書いた「遠野物語」が歴史秘話ヒストリーでありましたね。いろんな秘話、真実は定かで無いですが、面白い発見がいろいろとあります。どっこいしょだけで本が一冊書けるかも・・・ちなみに宇和島に「どっこいしょ!」という料理屋さんができています。
発見といえば
民俗学は「何だろう」「なぜだろう」からはじまる人間の初歩的発想(いうなれば幼児的発想)の所産といってのいいかな。
ところで、昨日買った本に「ふしぎな国道」(佐藤健太郎著・講談社現代新書)は、この類。なぜ国道に60号、99号はないのか? アクアラインは国道か? 車の通れない国道、階段国道、、もっとも短い国道って何メートル? 宇和島の国道は56号、では同じ6でも246号は何処にある?
愉快でしょう。国道をご利用の自家車用族のみなさん、こんな楽しい民族学(?)もありますよ。
疑問に感じたら・・・
木下 博民 様
 民俗学は何でもありなんだそうです。つまり、生活の場なら何でもなりうる。あまりにも遠野物語が有名になったので伝説と思っている人もいるかもしれません。国道、面白いですね。早速、本屋さんで探してみます。

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