一日一菓 | 鬼城

一日一菓

2014.08.26.Tue.13:00
待ちに待った本

「宅急便です。」と玄関から元気な声が・・・
何だろうと受け取ってみると木村宗慎先生の著書「一日一菓」だった。
今月22日に発売とは聞いていたが・・・待つこと2年!

新潮社のブログで川瀬敏郎先生の「一日一花」の後を引き継いで毎日アップされた。
本になると執筆は簡単に見え、感想で終わるが、執筆する側の苦労は半端ではなかったろう。
なにしろ全国の菓子、それも季節に応じたもの・・・

私はお茶に関しては、素人で無知・・・
この生菓子、干菓子と器の写真を見る度、日本人の心を思い浮かべた。
茶人には欠かせない一冊と思う。

ブログ1
 

多彩な方

木村先生ほど多彩な方はいない。
ありとあらゆる芸術や古典芸能に精通され、勉強熱心でもある。
執筆活動、テレビ出演など数多く広報活動もされている。

いつかお聞きしたことがある。
何が本職ですか?苦い顔をされ「茶人」ですと・・・(笑)

ブログ2



書かれていることは、簡単明瞭・・・
しかし、お菓子選び、それに合った菓子器選びは並大抵ではなかったろう。

ご苦労を見聞きしていたので、本になり出版され、まことにおめでたいことである。


ブログ3

新潮社の新刊案内

表表紙

新潮社宣伝(表)

新潮社の新刊案内

裏表紙

新潮社宣伝(裏)

新潮社『一日一菓』刊行記念

木村宗慎 一器一菓展

表表紙

展示会(表)

新潮社『一日一菓』刊行記念

木村宗慎 一器一菓展

裏表紙

展示会(裏)






コメント
鬼城様とのご縁で、木村先生のお茶会に行くことが出来、又一日一菓を紹介され毎日楽しみに見ていて、そのことを話題に木村先生ともお話しする機会が持てました。
 このブログから読み取れるコメントからでも、すばらしいご本が発刊されたことが解り、お目出度いことだとお喜び申し上げます。
素晴らしい本
吉野の食いしんぼう 様
昨日、電話が掛かってきました。今日は銀座三越本店で刊行記念茶会だそうです。そして伊達博秋の特別展の最終日、10月13日(体育の日)には、恒例の手に触れる鑑賞会・・・今年の目玉は、楽家初代長次郎から、現15代(息子さんが16代)までのお茶碗をそろえるとか。さすが木村氏です。おそらく楽美術館では見ることは出来ても触ることが出来ないと思います。
内容はブログより、説明が多く勉強になります。
懐かしいですね。ネットで毎日欠かさず見ていた「一日一菓」です。6月に、一度だけ宇和島の「唐饅頭」が出たことがありましたが、唐饅頭、清水がやめて、いまは乱立のようで、これぞという美味い唐漫にはであえません。
いまならば宇和の「山田屋饅頭」がお茶にぴたりだと思いますが、いかがですか? これは木村さん取り上げておられませんでしたか、忘れました。
茶菓子
木下博民 様
私はどうしても上品なお菓子は苦手です。昔ながらの「大福」などが良いです。(笑い)しかし、日本古来の和菓子には文化があります。器も同じですね。ここに目を付けられた木村先生はお見事!
唐饅は昔から宇和島名物なんですが、今一、売り出し方が下手です。お茶菓子の「干菓子」として「竹に雀の家紋」を焼いて、一口サイズで売り出したら、言いもや下になりますが・・・結局取り上げてもらえませんでした。
地方の茶会では「山田屋饅頭」は使っているようです。中央となると歴史在るところが中心となるでしょう。唐饅は7月24日に出ましたね。木村先生の故郷への思いからでしょう。
菓子雑談。
新しい歌舞伎座の土産に山田や饅頭の小さな箱を貰いましたが、ちょっと嬉しくナチました。
トウマン、ひと口サイズの小さなのは出来ないのかな。先日、間違えてトウマンを3万円も買ってしまい、近所に配っても終らず、往生しました。しかもご近所で美味しいといわれたところは一軒もありませんでした。「年寄りには駄目です」とは、いわれましたが。これももとは佐賀からの移入菓子ですが。
みかん類があるのですから、もっと独創的な菓子を創らないかな、いつもそうおもいます。
土産品
木下博民 様
大番、闘牛最中、伊達候、じゃこてん、かまぼこ、真珠、みかんなどが土産物でしょうか?選挙がある度に広報車の方々が言われること「6次産業」、つまり加工産業の充実なんですが、実現された試しは無い。公約違反と言うより、案が無い。餡無し饅頭です。(笑い)最近蜜柑でのジュースや加工品が少しづつ出てきていますが、ヒット商品とはならない。
来年のお祭り騒ぎ、いやし博で何も残らなかった。せめてお土産の新製品だけでも・・・佐賀に唐饅は残っているのでしょうか?佐賀に行っても聞いたことがありません。
利休饅頭
一見かまぼこのような和菓子ですね。どのような味なのか興味がありますが無縁の和菓子がずらり、安価の器で利休饅頭は食べたことがあります(笑)
 お茶も和菓子にもあまり縁のない私ですが、木村先生の本の文言を読んだり、お菓子の写真を見ると、もてなされた方の感動が伝わってきそうですね。もてなしの心が伝わるためには、様々もてなす側が心をくだく営みがあるからなのでしょうね。もてなされてみたいものです。
和菓子
うわつ 様
西洋菓子氾濫の中で、がんばっている和菓子です。しかし利益率は少ないと思います。ほとんどが手作りですから・・・
宇和島も和菓子屋さんが少なくなったり、寂れたり・・・寂しい限りですね。
理由付け
tentijin 様
 分からないけれど、利休の時代から現代に至るまでのお茶の世界を見ると「詫び寂」の世界から、ずーっと道具やお茶、茶花、茶菓子に至るまで何か説明しなければならないような雰囲気があります。秋だから・・・それも日本人の心と言ったらおしまいなんですが・・・
利休の話がでましたので、私のひとこと。利休は「発想の達人」だったということでしょう。「濃茶の回し飲み」など、普通はやりませんよね。それをあえてやらせて近親感を誇張するなどおもしろいですね。花器に花を生けないで人を招く、これも普通ならやりませんが、あえてやる。朝顔の席のたった一輪を活けて後は刈り取って秀吉を迎えたなど、すばらしいというよりもやや客を詰った感じがしないでもない意表接待。万事、普段ならばさして価値のない茶器に箔付けする大胆さ。「発想転換の達人」だったのですね。宇和島にも育ってほしい。
画一化
木下博民 様
全て教育でしょう。しかし、この画一化は良くないといろんなモデルをやってきています。しかし、その反動が学力低下(学力の定義は不明)を招いたと画一化反対の立場の学者のみなさんが・・・つまり、利休の発想以前の一般的な考え方に落ち着くのでしょうね。利休ほど面白く、ドラマになる人も居ないですね。
教育の話が出ましたので一言。戦後、教師が「労働者」になったことが教育をだめにしましたね。昔の教師は聖職へ向かってひたすら自己叱咤したようにおもわれてなりません。教職には勤務時間がなかった。24時間365日、子供に接してなんら愚痴をこぼされたようには思われませんでした。だから子供は先生を生涯の師と崇めたのです。それが社会の始まりだと思っていました。一挙手一動すべて教師はお手本でした。
それぞれに
木下 博民 様
学力テストの頃からですね。愛媛県でも大規模なデモがあったようです。正常化なる言葉が生まれたのもこの頃ですね。その学力テスト、国は公開してもいいという結論になりましたが、地方では、競争力の激化などという理由で・・・個人的な考えですが、進歩は競争によって生まれると思うのですが・・・さてさて、どこへ向かうのか?

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