堂崎 | 鬼城

堂崎

2014.08.15.Fri.10:00
お参り

初盆のお参りで小池に行った帰り道、ふと堂崎に寄ってみようと・・・
昔、海水浴をした堂崎海岸・・・
波消しブロックで沖合は区切られ、海岸もきれいで泳ぐには最適だ。
しかし、なぜか広報されていない。
シャワー室など施設がないせいかもしれない。

正面が堂崎(観音堂)である。

堂崎1

参道

昔ながらの道と海岸から車で上ることが出来る道と2つの道があった。
途中には、宇和島市指定の天然記念物「姥目樫」の群落がある。
ここには遠足でたびたび来たのと同級生がお寺の息子だったので遊びによく来ていた。
何十年ぶりか?きれいに整備され、変わっていた。

堂崎2

山門

昔はなかったなあ・・・
この寺には奇祭があった。祭の日は忘れたが、「つめくり踊り」出会う人をつめくると厄払いが出来るとのこと。
今もあるのかどうか不明・・・
もう一人の同級生は亡くなったと聞いた。

堂崎3

平家落ち武者伝説

壇ノ浦で破れた平家の落人達が船で豊後水道を南下し、この地方に辿り着いた。
平家の姫が天井裏に隠れていたところ、落ち武者狩りの侍が袖を見つけ槍で一突き・・・
哀れな姫を祀ったのが観音堂・・・
この地方には貴族の言葉など平家縁の伝説などが多く残されている。

堂崎4

お寺の本堂

お参りする人が多いのか、きれいに整備されている。

堂崎5

灯台

遠足の時、弁当を食べた思い出のある場所、灯台である。
九島灘の外洋の入り口であるから灯台は必要だ。
昔は赤かったと思うのだが・・・

堂崎6
コメント
堂崎の寺には島田善徳が眠っているので参ったことがあります。かれの最後は知りませんが市立病院にいたとき見舞ったのが最後でした。彼は城北中学の先生だったとき息子が亡くなり、本人も工作指導のときに怪我をし、奥さんに逝かれ、娘さんも病気で彼はこの子よりも先に逝くことは出来ないと頑張っていましたが、寿命には勝てませんでした。墓は山の上で尋ねえませんでしたが寺で住職に供養してもらったのがつい昨日のように思い出されます。島の西側の砂浜は泳ぐのには恰好の場所ですね。浜はあっても施設がないのであまり利用されないのですか。まあやむを得ないでしょう。沢山、車で来られても困りますよね。ここからみえる九島の小高島が、私たちが九島外回り遠泳の出発点、ゴールは住吉校の前でしたっけ。堂崎の平家落人噺はいまも子供たちにされるのですか?
伝説
木下博民 様
島田先生、よく知っています。同じ教科でしたから・・・不運が重なり、大変な思いをされていました。それでもがんばっておられたご様子、つくづく感心させられました。
良いところですね。小高島、あ懐かしい名前です。ここから沖合に高島が・・・昔の海水浴場です。中学校の頃、高島から堂崎まで泳ぎ切りました。懐かしい思い出です。
伝説は自然と文化には載っていましたが、学校で教えるかどうかは知りません。
 松野に住む私には、全く初めて見る風景です。海岸もお寺も灯台も、とても掃除が行き届いて、汚れを感じさせませんね。
 平家伝説が残っているなんて興味深いです。
 コメントに小高島が出てきたので、場所が少し解りました。
吉野生も
吉野の食いしんぼう 様
 松野も伝説がいろいろとありそうですね。天が滝の伝説は聞いたことがあります。高知も四万十あたりには平家の落人伝説や部落があるとか。1000年も前の時代に思いをはせるのも面白いですね。
 この観音堂は昔からよく手入れされていました。しかし、近年になって車が入るようにまで道の整備が進んでいたんですね。知らなかった・・・
 懐かしい風景です。燈台から見える岩場で平家の落人が打たれたと説明を聞きました。子どもたちも、1年に1度は、お寺に詣で、仏事に参加しました。我が地区にもそのような伝説があり、近所の三角山頂上から、弓で武者を狙い、討ち果たしたが、その武者の冥福を祈った祠が今でも、国道沿いにあります。その祠のある敷地が今では故人の土地になっている。恐らく時の流れと共に、公の性質を無視して我が物にした御仁があったのかもしれないなどという妄想が湧き起こるこの頃であります。
水晶
おそらく中学生の頃でしょう遠足は決まって堂崎でした。行きか帰りか忘れましたが山道を通るコースでした。今もあるのか分かりませんが、堂崎は水晶が採取できるところでした。平家の伝説より水晶のことを憶えています。
悲しい伝説
tentijin 様
南予地方の至る所に平家の落人伝説はあるんですね。屋島の合戦のあとは徳島香川・・・壇ノ浦合戦の後は愛媛高知・・・命の大切さしみじみ感じます。
小学済に教えること、大事なことですね。そうでないと忘れ去られますから・・・引き継ぐこと、それが歴史だと思います。
定番
うわつ 様
水晶のことは知りませんでした。薬師谷の水晶は覚えていますが・・・ほんとに昔は遠足で良く行きましたね。今は海岸も堂崎そのものもきれいに整備されています。坂下津を越え、ひたすら歩きました。今ではもう遠くまでは歩かなくなっていますね。
故郷への思い
私も石応に生まれ育った。堂崎で遊び、海水浴を楽しんだ世代です、懐かしく記事を拝読しました。石応に実家はありながら今は誰も住んでなく帰ることもなく過ごしてきました。今後は頻繁に故郷に足を運びたいと思います。

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