盂蘭盆会 | 鬼城

盂蘭盆会

2014.08.14.Thu.09:00
お盆

宇和島では13日から15日までがお盆である。
例年おごとく、花櫛を持って初盆の方のお寺巡りをした。
訪問する家と違って、同じ墓石が並んでいるため、目的地を探すのに一苦労・・・
夏の照り返しが特に強い。
最初は東禅寺から浄念寺・・・
立派な山門である。

お寺1

龍華山等覚寺

午前中は自宅訪問が二軒と東禅寺、浄稔侍で終わった。
午後遅く、龍華に・・・
言わずと知れた伊達家初代藩主秀宗公の眠る墓所である。

お寺2

山門

江戸時代のものと言われている。
鐘撞き堂が2階に・・・
毎夕6時には澄んだ音色の金が聞こえる。

お寺3

金剛山大隆寺

境内には、はや薄の穂がでていた。
ここも伊達家の墓所である。
しかし、初盆の墓地は分からなかった。
全体の墓地の所有者名はあるのだが、同姓の方が多く、探すのに一苦労・・・
結局分からなかった。

お寺4

川沿いに咲く芙蓉

お寺5

光國寺

この寺で一応終了・・・
宇和島街の方の初盆はご遠慮させてもらった。
この寺は「油屋熊八」「中野逍遥」の墓がある。
他、大超寺、西江寺もお参りした。

お寺6

迎え火

お寺参りが一段落したので、我が家で迎え火を焚いた。
昨年まではなすの「牛」だったが、ある人に迎えるのは馬、キュウリだよと教えてもらった。
風習はどうなっているのか分からない。
迎えは早く、送りは遅くが・・・
仏壇にはお霊供は勿論、「栗柴」「おがら」「笹」を飾っている。
http://allabout.co.jp/aa/special/sp_obon/contents/10197/198561/p2/

お寺7
コメント
 人ごとと思っていたお盆の仏事がぐ~っと身近に感じ、大切なことと思う今夏です。
 
 東禅寺の写真の左横に伯母夫婦・従兄の墓があり、よく行っています。
 先日のお施餓鬼の和尚様は竜華から来て頂いていました。(今のご住職のお父様が照源寺のご住職を長く務められていました)

 早くもススキの穂が顔を覗かせているのですね。

 胡瓜の馬覚えておきます。
所違えば・・・
吉野の食いしんぼう 様
馬と牛とどちらを準備するのか、地域によって違うようですね。提灯代わりに鬼灯を添えるところもあるようです。
龍華の和尚さんのお姉さんが等妙寺に嫁いででいますね。松野の御出身だと聞いていました。人との繋がりの不思議・・・面白いですね。
盂蘭盆会
盂蘭盆会の風習も簡略化されています。そういう私もかなり手抜きしていますから、お盆に高校野球が開催されているくらいですから、次世代はお盆行事をしなくなるのかも知れません。それはそれで時代の流れなのでしかたのないことです。
空き墓地
うわつ 様
参拝のためお寺巡りをしていて気がつきました。空き家と同じく、空き墓地が多い。そして何月何日まで申し出が無い場合は整理させてもらいますの告知が・・・だれも墓を見る人が居ないんでしょうね。そんな時代になりつつあります。
永代供養の看板も見受けられました。勘違いされている人が居ます。永久に供養して頂けると・・・一代限りなんですね。申し込んだ方が亡くなれば、それでおしまいなんです。
まっ、死んだ後は気にしなくて済みますね。
 キュウリの馬は、先祖の霊が我々の所へ早く帰ってくるように、ナスビの牛は、先祖の霊がなるべくゆっくりあちらへ帰っていくようにという現世の我々の願いが生み出したもののように聞いています。ともあれ、先祖を大切に思うことが薄れていくのは、寂しいことなのでしょうね。それとともに、永代供養している縁者に、永代供養を続けるならもっと金を出せというお寺があるということも聞いています。お釈迦様からは、遠くなったビジネスの宗教がそこにあるように思えるのも寂しいことですよね。
花櫛を持って墓参するのは南豫の風習でしょうかね。お留守の家に名刺を置いてくるような感じがします。
改めて寺々の山門を拝見すると立派ですね。鐘楼と合体のところなど八十八箇所にも愛媛の最後の寺がそうでしたよね。
それにしても末代まで墓守できるいえがこのところ急激に減っているようですね。
敗戦後69年経って、家制度の崩壊が先祖崇拝を忘れさせてしまいそうです。古代人は「社稷と宗廟」を大切にし、ここが人間と動物の違うところだと私の時代は子供のときからとことん教えられました。
今日、敗戦記念日、もう一度この国の将来を真剣に考えてみませんか。
お寺も変容
tentijin 様
お寺が凝んない多い町は人口に対して無いのでは無いかと思います。宗派も種々様々・・・藤堂の作戦でしょうか。それ以降の伊達家の考え・・・
ビジネス中心に動き始めたお寺、寂しい気もします。
木下博民 様
 日本の素晴らしいところの一つが「家」だと思って居ます。今現在、核家族化が進み、家という考え方そのものが無くなりつつあります。戦後○○年と言えば、私の年齢・・・
 戦争で亡くなられた方達の遺書など目にする度、国を守ると言うより、家族を守りたい念が強いような気がします。
 さて、この「家」という抽象的概念を復活させるには・・・教育しかないと考えるのですが・・・
「家」教育は、学校教育ではなく、親子の教育、躾です。小さいときから神仏を崇め、親子の慈しみが薄ければ、いくら政府が規則ばかりつくって道徳教育のどうのこうのといっても、簡単に友達を殺してしまう女の子が育つのです。いくら高学歴の親でもそんな大馬鹿の子が出来てしまいます。こういうのは教育以前、躾です。嫌な世の中になりましたね。
学校と家庭
木下博民 様
 何よりも大事なのは、連携が取れているかだと思います。偏れば、歪みが生じますから・・・一つのしつけを教えるにも家庭が中心になりますが、学校も協力しないといけません。今一番大事なのは「心」の教育だと思います。

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