棚田ライトアップ | 鬼城

棚田ライトアップ

2014.06.03.Tue.12:00
愛治地区の棚田

先週、「撮り歩きなんよ」氏のブログで愛治地区の棚田を知った。
昔の勤務地だったが、興味も無く知らなかった。
もう一つ、思い込みがあり、同じ地区でも畔屋とばっかり思っていた。早めに家を出たが、見れど探せど分からない。
親切な方が途中まで案内してくれました。

つまり、大宿のまだ奥・・・
不安なので、道端のおばあちゃんに聞くと「そんなもんは、あらあせんぞ」の答え・・・
しばらく行き、子どもに聞くと「棚田」の意味が分からなかったらしい。
田んぼに火をともしているといったら、「ああ、もうちょと上」とのこたえ・・・
やっと到着!
川向こうで駐車場は無く、一車線なので路肩に寄せて・・・

棚田1

大宿の棚田

川の手前も田んぼなので渡るには板の植えを通らねばならない。
夕闇迫る時間帯なので、スムーズに行くことが出来た。


棚田2

ライトアップされた棚田

昔ながらのあぜ道では無く、コンクリートが打ってある。
水面に蝋燭の火がゆれる。

棚田3

8時過ぎ・・・
自分にしてはよく粘った。(笑い)
棚田の頂上より、俯瞰の写真である。
丁度真ん中あたりに野村に通じる道が・・・
川を渡る道にも案内の灯籠が並ぶ。

棚田4

今回は三脚を持参した。
やはり、夜の写真は難しい。
8時頃より、渡ってきた川に螢が飛ぶとのこと。
降りていくと飛んでいた。
しかし、シャッターが降りない。((;。;)

後で知ったが、マニュアルモードで8分ほどシャッター開放せねばならないとか・・・
女性のカメラマンの方が居たが、写真に成らないと見せてもらった。
「幽霊みたいでしょ」とのこと。
螢を撮るのは難しい!
あきらめて帰途についた。

棚田5
コメント
この棚田、やや小ぶりのようですが、沢山の灯篭を並べると綺麗ですね。鬼北や松野の奥には棚田まだあるのでしょうね。
棚田
木下博民 様
 棚田は松野にもあるとか。今週末には、そこでコンサートが開かれるとのこと。昔の同僚が出演するとのことなので見に行こうかと・・・滑床の手前、松野南小学校であるようです。また、螢の本場だそうで、これも楽しみです。
 市内では辰野川、神田川、畑枝川で螢が出ていると情報がありました。東京では奥多摩あたりまで行かねば見ることが出来ないでしょうね。
大宿の棚田の件、聞いてはいたのですが、このブログで見ることができて良かったです。夕闇迫る時間の流れと、情景が伝わってきて楽しませて頂きました。
 我が家の近くの螢スポットもまだ飛んでいますが、撮影は諦め、散歩の帰りに肉眼で楽しんでいます。
 大宿の棚田ライトアップ聞いていましたが、まだ、見ていません。大宿の蛍は、1度見に行きました。その時は、ロマンチックな風景を眺めることができました。ただ、夜間の撮影は、難しいので、私には無理だと思います。昔、中1の頃、人生最初の徹夜を中間テストの時、経験しました。朝方畑に出て立ちションをしていてふと見上げると、天の半分を占める「イケヤセキ彗星」が出ていました。びっくりしてオンボロカメラで撮影しました。バルブで10秒くらいだったでしょうか。ぼんやりと写っていました。ただ、観賞には耐えられない作品だったと思います。二番目の棚田の写真が私は好きですね。
螢の撮影
吉野の食いしんぼう 様
螢の撮影は必修として三脚・・・カメラの設定は自動で無く「M」メカニカルというのでしょうか?あとはシャッタースピードを8分くらいにすれば、飛行の跡が残り、撮影できるとか。先日はあきらめましたが、再挑戦してみます。
一緒になった「木工おじさん」ご夫婦が地元の人に、まむしに気をつけてと言われたそうです。夜出る蛇は「まむし」だとか。特にここの棚田にはよく出るとか。ありがたくないですね・・・
tentijin 様
夜の写真は難しいですね。人間の目が一番素晴らしいとつくづく思います。イケヤセキ彗星、懐かしい言葉です。子どもの頃は科学的なニュースに心ときめいたものでした。生で見るほど熱心では無かったですが・・・その頃からカメラ操作はしていたんですね。土曜日には松野の螢の挑戦してみます。
棚田の灯篭は、看れば看るほど虚構の世界のような気になるのは歳のせいですかな。蛍が乱舞した時代を懐かしむせいかな。挙行でもなんでもいい、夜の闇になにやら夢を誘いってことかな。
ライトアップ
木下博民 様
 イベントはやりの一環だと思います。昔であれば、「薪能あたりの幽玄さ」、これは伝統芸能ですね。面が炎の中で生きてくると聞いたことがあります。
 この棚田のキャンドルは存在感を示すものだと思います。苦労して育てている棚田を見つめ直してもらいたい。そしてその美しさを・・・同じようなイベントに「竹灯籠」「灯籠祭り」などなど全国至る所でやり始めましたね。
 この近所のおばあちゃんの話「こんな奥まで、みんな良く来てくれたなあ!」
ホタル
大宿の棚田のライトアップ上手く撮っていますね。人は多かったですか?ホタルも飛ぶと聞いていましたが・・・・?ホタルは目黒が多いと聞きました。6月7日(土)17時30分から、蛍の畦道ライトアップがあります。吉野のくいしんぼうさんは近いので行ってくださいませ。
台風並みですね・・・
うわつ 様
 風の被害は無かったですか?
 螢の撮影は難しいですね。残像を撮るみたいですが、夕暮れに焦点を合わせておいて、螢が群れた頃、8分ほど解放するとか。非値が多かったり、特に懐中電灯が困りますね。さて・・・松野南小学校でコンサートもあるようです。昔の同僚が出るとか。
蛍狩の思い出。
私が奨学1年のときに使った「尋常小学国語読本 巻一」(ハナハト読本)の23ページに「ホタル ガ トンデ ヰマス。アチラ ニモ、コチラ ニモ、ホタル ヲ ヨブ コヱ ガ シマス。」という個所があります。ここを習う頃がちょうど蛍の季節で子供たちは笹竹をもって蛍を止まらせて、虫かごに入れて悦んだものです。この32文字の中ではじめて習うのが「ホ」と「ブ」、当時は分かち書きで教えていました。
次のページが蓮の葉の露が風に吹かれてコロコロ転がる情景を伝えています。そう思い出すと、80年余の昭和初期は良いじだいでした。これが数年後に色刷の「さくら読本」に急激に変わってゆきます。
教科書と時代
木下博民 様
日本の国の学力が安定しているのは、教育の機会均等・・・また教科書制度だと言われています。いろんな変遷を経て現在に至っていますが、政治介入の力が強くなってきています。それはそれで時代の流れかもしれません。一番、危惧するのは格差社会を生まないような制度です。
さてさて・・・「さくら」の時代は知っていますが、螢の時代は知りません。この教科書をずーっと研究されている方もおられますね。現代はこの時代の教科書に載っていたようなのどかな風景は消えかけていますが・・・
鬼城さん
日本の小学教科書のうちでもっとも寿命の長かったのが「ハナハト読本」で、この時代は教科書は無料ではありませんでしたから、近所のオニイチャンのお古を使ったものです。そしてまた、近所の小さな子供に渡したものです。「ハナ ハト マメ マス・・・」と韻を踏んで続きますから、子供は入学前から歌うように大声で暗唱したものです。
いまの子供、教科書全部暗唱出来るでしょうか? 素読という、まずは声を出して読む、ちょうど般若心経を唱えるあれです。繰り返し読めばおのずから意味も心も理解できるというのがあの時代の教育でした。
いまは、せかせかしてばかり。先頃の人工細胞事件など切り貼りば論文で、馬脚を露しますたね。どこか狂っていますね。
教育の基本
木下博民 様
いつも思うこと。教育とは格好を付けずに「読み」「書き」「算盤(計算)」だと信じています。しかし、今の子ども達に一番嫌われる授業形態ですね。画像などではすぐ忘れてしまいます。補助的手段が主体になっています。私たち世代も有償でした。お古という言葉は死語に近くなりましたね。
鬼城さん
なるほど、「読み、書き、算用」は人間の基本です。それを嫌がる子供の優れている点は何でしょう、「ひらめき、反射神経、パターン認識」、「スポーツ、スマートフォーン、討論」ですかな?
基礎基本とは
木下博民 様
映像方人間というのがあるそうです。脳(記憶媒体)に写真を写すように記録する人がいるとか。これは特別な人間でしょう。人間地道に書いて覚える、読んで覚える・・・そして計算して脳の活性化を図るのが一番!つまらない(失礼)学識経験者による教育改革などない方が良い。悪い方へ、悪い方へ流されていって居ます。

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