あけぼのつつじ | 鬼城

あけぼのつつじ

2014.04.30.Wed.18:00
曙躑躅(あけぼのつつじ)

篠山の躑躅が咲いた後、石鎚や赤石山系に移っていく。
さしづめ躑躅前線か?
この色合いが何とも言えない。
青空に、緑の森に映える。


あけぼのつつじ1

花付き

木が老化し、勢いがなくなってきているとか。
根を張っているところに道があり、見物人の足で根を傷めているとも聞いた。
人的災害も大きいかもしれない。

あけぼのつつじ2

境界争い

伊豫の国と土佐国の境の道標。
丸亀市から来られていた方に説明を・・・
総勢30名ばかりの団体さんだった。

あけぼのつつじ3

いつも思うこと

思いながら、いつも駄目なこと・・・
つまり写真の腕、逆光が!

あけぼのつつじ4

鹿害

人的被害に関しては足で踏み固める根のことを書いたが、鹿害も忘れてはならない。
篠山は名前のごとく「都笹の自生地である。
この新芽が鹿の大好物でほとんど食べ尽くされていた。
現在は頂上を取り巻く網で予防している。
網の中に入っている鹿もいるとか。
都笹は夏の暑いときの保水効果があるとも聞いた。

あけぼのつつじ5

今年も無事登山終了

登山登道はいろいろとあるが、車の離合などあまりない松田川方面に降りた。
宿毛市の水瓶「笹平ダム」の上流で御槇に抜ける道である。
看板が・・・「かんぺい道路」
ここは間 寛平の生まれ故郷である。

あけぼのつつじ6
コメント
このピンクは本当に可愛いですね。三本杭の笹はやっと復活してきましたが、篠山こそ早く復活してほしいものです。5月5日まであけぼのツツジは持つでしょうか?
 そう言われれば間寛平ちゃん高知出身でしたね。
情報を
吉野の食いしんぼう 様
 さて、持つかどうかは登ってみないとですね。しかし、例年より早く咲いているような気がします。愛南町役場に問い合わせると分かります。間勘平の出身地は御槇と言ったり、宿毛と言ったりしますが、正式には宿毛市ですね。津島町から少し下ったところが生家のようです。教え子に勘平さんの親戚が居ました。
 貴公子さんにお願いして初めて篠山に連れて行ってもらった時、残り300mの鹿進入防止柵の所でお目にかかりましたね。それ以来毎年上がっていた篠山ですが、今年は断念しました。
 それにしても、何とも言えない「ピンク」ですね。自然の力でしか出せない色ですよねぇ(^_^)vこの色が、将来にわたって多く咲き続けて欲しいと思うのは私だけではないと思います。みんなでしっかり保護活動をして行かなければなりませんね。
 寬平さんは、平成11年度たったと思いますが、「南レクパールマラソン」のゲストランナーとして来ていただきました。HAYASHI氏が、大阪の実家をお訪ねして根気強くお願いをして来ていただきました。テレビや営業をしている寬平さんは見ての通りですが、カメラが回っていない時の寬平さんは、謙虚で優しく気配りのできる素晴らしい方です。一緒に飲み会ができたのは、私にとっても宝物になっています。
挑戦する態度
笑隆で~す。 様
 芸能人はテレビの中と私生活をきっちり分けていますね。分けていない人が、すぐ去って行くようです。知っているかどうか、K写真展のHiroshiくん、勘平さんと親戚だと言うことを知っていましたか?南にお姉さんがスナックをやっているそうです。そこへはたびたび飲みに行っているとか。
 Hさんの粘り、新しいことに挑戦する態度は見習うべきものが多々あります。
 さて、新しい世に引き継ぐ姿勢が何時表れるのか?松山市議も具体策がほとんどの候補、無いようですね。我が町はそれ以上にひどいような気もします。
鬼城さん。
篠山が沖ノ島との領有争いと同時決着したことを確認した境界碑ですね。その話、丸亀のご夫婦にしていただきましたか?
領有争いは山内以前から・・・
木下博民 様
領有争いの話もしました。また、昭和になってまで糸を引いていた「宿毛湾入漁協定」まで・・・丸亀城の来客数年間25万人、宇和島城3万人強のはなしも・・・やはり地の利でしょうね。
 本当にえもいわれぬピンクですね。アケボノツツジは、篠山だけに生えているわけではないのでしょうね?近くの山にもあるのでしょうか?近所の山では、色の違うツツジは見かけますが・・・。
分布は四国・紀伊半島
tentijin 様
篠山が咲いた後、石鎚など四国、そして紀伊半島・・・分布状態も結構狭い範囲のようです。緑の中に臼ピンク色が映えますよ。青空も良いですね。

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