自転車散策 | 鬼城

自転車散策

2014.04.19.Sat.12:00
予土線

今、予土線が熱い!
昨日(18)日のNHKニュース、ローカルニュースで放映され、全国ニュースでも紹介された。
現在、イベントトレインとして0系新幹線(昭和39年開業)の形をしたジーゼル列車。
キャッチコピーは「日本一遅い新幹線!」
黄色いのが「四万十トロッコ列車」、もう一つホビートレイン「海洋堂」がある。
ここは宇和島駅北川にある駐車場・・・
名付けて「四万十三兄弟」

風景1

機関区

右側の建物の中には転車台
今では珍しい存在である。

風景2

須賀川の河原

何十年ぶりだろうか、河原に降りたのは・・・
春のせせらぎが聞こえ「ほっと」する。
水は以前に比べ、きれいにはなった。あゆの姿も見えるとか。
しかし、昔泳いでいた頃の透明感あふれる川では無い。

風景3 

防災

須賀川の上流には、宇和島の水瓶「須賀川ダム」がある。
大雨で放流した折の危険水位の表示・・・
放送とサイレンによって知らせる。
数年前、ダムより下流に一斉避難指示が出たことがある。
このときは、すごい雨で橋の下10cm位まで水が上がっていた。

風景4

川沿いには桜、柳の木が植えられている。

正月に柳飾りがあるが、その中でも茶室に飾る「結び柳」は有名・・・
この柳は枝が長いので「結び柳」に適している。

風景5

須賀川と野鳥

鷺の種類が多いようだ。
このあたりまで満ち潮の時は海水が登ってくる。
魚は鯉、鮒、鯔、鮎、鮠などが居るようだ。

風景6
コメント
宇和島の機関区懐かしいですね。ここが出来上がるのは国鉄になってからで、以前は大池(もうこれもないが)の丘までずっと桑畑だった。それを縫って学校教練の野外演習をしたものです。大池の左には墓地がある。ここが散兵戦の攻撃目標で、何度校庭(現在は愛媛県宇和島事務所の場所)から走ったことか。そのうちに機関区ができて、見通しが聞かなくなったが、「目標 墓場の高地」は変らず、迂回してあの台地までは昇ったものです。
機関区
根無川が須賀川に流れ込む辺りにカワセミが生息してカメラマンが並んでいた頃もありました。少し深みのある渕では、夏には子供たちが泳いでいたのは遠い昔のことで川の水も汚れているのでしょうか?泳いでいるのを見かけなくなりました。プールが出来たからかも知れませんが。
小学生の遠足だっただろうか?機関区で蒸気機関車を見たことを思い出します。機関車の動輪は背の高さより大きかった。転車台で列車が方向転換したのも懐かしい。
古戦場
木下博民 様
大池は知っています。埋めたのは40年前くらいか。墓場は知りませんでした。そうか、木下先生はこのあたりは遊び場だったんですね。
取り残される
うわつ 様
 懐かしい思い出ですね。動輪は和霊公園でも見えますが、背丈よりは低いですね。子どもの頃は大きく感じましたが・・・川の水は汚れています。和霊大祭の時は底を掃除して走り込みをしますね。泥で滑って危険だからでしょう。宇和島の川で泳げるのは抑止谷くらいでしょう。
 愛媛に新幹線が走る時代です。機関区の役目も終わりつつあるようです。伊予市以南は未電化ですから、松山までですね。行政がモノを言わないと取り残されるのは必定です。
「自転車リンリン春風誘う」もいい加減ですが、先日の天赦園の写真からまた「竹林を透けて白藤橋となる」も単に文字合わせ、俳句とはいいませんね。いやはや。
俳句
木下博民 様
 俳句集団が愛媛にはたくさんあるようです。宇和島にもあるようですが、実態はわかりません。有名どこでは「俳句集団いつき組」テレビ番組で辛口講評をしている方が「夏井いつき」氏・・・愛南町の御出身で、もと教員の方です。
 私は句ごごろ成るものが在りませんから、遠慮しています。天赦園は野田藤が満開です。次は菖蒲園かな・・・
 三兄弟が集結している場所があるんですね。予土線や四万十がもっと人気が出るといいなと思います。昔、東京からフェリーで高知に着き、列車を使って予土線にたどり着き、帰ってきたことがありました。四万十と併走する風景を見た最初でしたが、何だか懐かしい鬼北の風景によく似ていたのを思い出します。須賀川の風景も心和みますね。
お荷物路線
tentijin 様
今年のサイクルトレインも始まったようですね。昨年までの乗客率の2.6倍とか。昨年までの人数がしれていますから、驚くことは無いのかもしれませんが・・・努力して報われるのは仕事をしている人にとって勲章ですね。赤字路線、解消のため私も乗ってみることにします。
うわつさん。
根無川が道連橋(といっても、私が渡っていたころは板を渡した沈下橋でしたが)のちょっと上で須賀川に合流するあたり、夏になると蛍狩に行ったことがありましたっけ。わずか80年位前のことですが。
根無川自体もうあの辺りの人以外、ご存じないでしょうね。
四万十三兄弟、土地柄走っているのはよく見るのですが、乗ったことはまだありません。都会に出て、帰省した友人が吉野生から真土まで乗って、歩いて帰宅していました。そういう楽しみ方も悪くないかも。三兄弟そのうち制覇しようかな。
 今年の初釜に呼んで頂いた時、結び柳がありました。青い葉のある柳も趣を感じます。
 
四万十川の「四万十」は全国的に知られていますが、命名の由来ご存知ですか。この川はつい数年前まで正式には「渡川」といいましたが、通称の四万十のほうがなんとなく馴染みで、ついに正式名称まで変えてしまいました。
いまは地名も変りましたが上流に「四万川」と「十和」の二村があって、それをあわせた名称だと聞きましたが、土佐の方に教えて頂たいとおもいます。
いま、四万十を使う「町」と「市」があるのですね。土佐のいごっそう的煩わしい姿ですね。もっとも、北海道の釧路市や伊達市では飛び地まであって、町村合併は名称一つでも難しいですね。なかなか鬼北と合併せずじまいになった松野町も、吉野と蕨生が合併して「吉野生」、松丸と吉野生が合併して「松野」。ちょっと芸がない名称でもバランス的にこれしか考えられなかったのでしょう。西南四国にはこの類が一杯ありますね。
イベント花盛り
吉野のくいしんぼう 様
 三兄弟だけでなく、サイクルトレインも制覇を!アイディア一つで人は集まる。しかし、人の心をつかむようなイベントか、歴史が必要ですね。自然満喫とか回顧趣味、それと時代の流れでしょうかねえ・・・
 今朝の新聞広告にイベント情報が・・・不思議なことがあります。地元、宇和島市は何も無い。意外と気がつかないモノですね。松野は滑床祭り、愛南はかつおビアビア祭り、曙躑躅も在りますね。西予はれんげ祭、五十崎はたこ合戦、宇和島は素通りで良いのでしょうか?
名前
木下博民 様
四万十の名のいわれ、聞いたことがあります。合併すると名前が必要になる。宇和島市の町名も同じですね。栄町と港町が合わさって栄町港、本町と大手通が一緒になって本町追手・・・鬼北町や愛南町は新規の名前ですが、すっきりします。
宇和島に沈下橋(木造)があったことは知りませんでした。

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