宇和島城 さんさ | 鬼城

宇和島城 さんさ

2014.04.01.Tue.18:00
宇和島さんさ

宇和島城天守前で普及会の方々が踊りを披露されていた。
桜舞う城で宇和島さんさが、これだけの人数で披露されるのは久しぶりだろう。
この企画は大阪を中心とするマスコミ関係者の来宇を歓迎して模様されたとか。
演奏も普及会のメンバーの方々・・・

城と桜0

笑隆で~す。さんから昨日、電話が・・・
 登城しています、桜満開とのこと

まだ今日1日はあるだろうと登ってみた。
大勢のお客さんと「宇和島さんさ」を見ることが出来た。
残念ながら山桜は葉桜に・・・
染井吉野も散りかけていた。

以前から気になっていた桜・・・
大島桜であることを知った。
真っ白で緑の葉の色が花を際立たせている。

城と桜1

演奏者

尺八、三味線・・・
リーダの方にお聞きすると、習い始めの方が多いとか。
それにしても見事な演奏だった。

城と桜2

城と桜祭り

全国でも桜祭りは多い。
しかし、地球温暖化の影響も有り、咲く時期が決まっていない。
数年前だったか、弘前城桜祭り(大型連休)のとき、花はなかった。
桜祭りではなく、お城祭りとすれば問題は無い。
この時期、気候もよくすがすがしい。
 まさに、お花見・・・

城と桜3

正調「宇和島さんさ」

一番から九番まで歌われていた。

城と桜4

踊り手さん

唄が出来たのは江戸中期頃・・・
踊りはとなると定かではない。
戦後、昭和27,8年頃ではなかろうか?
衣装など、この唄のいわれより、派手でなく宇和島武士の雰囲気が出るものとしたのだろう。
黒の着流し、印籠、落とし刀、菅笠・・・
お城の周りで踊るときは夜、ぼんぼりの下で踊ると映える。
こんな智恵は浮かばないのだろうか?

城と桜5

観光客の方も飛び入り

位置決めなど確認され、次回の踊りにつなげていくようだ。
このようにして、引き継がれていくことが伝統になる。

城と桜6  
コメント
さんさ
宇和島さんさがあったのですね。全く知りませんでした(笑)知らせてもらっても登城できる体力がありません。さんさ踊りに牛鬼のハッピは申し訳ないけど、似合ってないと思います。
 初めて上京した折に、5月頃だったと思いますが、宇和島城の写真が旅行読売に掲載されたことがありました。そのような感情には無縁と思っていた私ですが、思わず感動してしまいました。城と桜とさんさ、とてもよく似合いますね。
笑隆さんに刺激されて登城
うわつ 様
 このイベントは偶然だったのです。こんな知らせがないのも宇和島市なんでしょうね。みんな勝手にやって勝手に終わる。一番問題なのは、広報で知らせた。つまり広報に乗せた時点で仕事は終わっていると言うことなんでしょう。パンフレットなども見る機会が無い人にどう告知していくかも課題でしょう。
城と桜とさんさ舞!
tentijin 様
 もっと利用すれば良いと思うのですが、観光シーズンになって工事中で工事の階段を上らなければならないのも宇和島らしい。只で仕えるものをもっと有効に利用しないと・・・
 以前はお城祭りで写真コンテストや宇和島さんさの踊りなど在ったんですが・・・何でも削減では活気が消えます。
この情景は、私の描く「宇和島さんさ」とあまりにも違っています。勿論、私の勝手ですが、宇和島武士(いまなら宇和島庶民)の毅然とした心意気が伝わってこないようでなりません。強さが欲しい。
もともと振りつけを女性踊りにしてあるのか? いや 鳥追い(菅笠)姿がしゃなりしゃなりした女芸人を連想するせいかな? 
宇和島ってなんとなく怠惰な時代離れした町を連想してしまいます。
単に踊り愛好家のお遊びに終わらせない現代にマッチした普及可能な郷土民謡に編曲できないものですかね。老人の私がそう思うのですから、若い人がどの程度納得するか、知りたいものです。民謡で町おこしをしているところは多多あります。その成功理由を徹底的に分析して現代に生かした「宇和島さんさ」を創造しなければ、また萎んでしまうでしょう。
それにしても、わざわざ登ってカメラに収められた鬼城さんのご努力には頭が下がります。
見物人はさぞや多かったのでしょうね。


 
男舞
木下博民 様
 この踊りは築地の芸者さんが唄って踊ったのだろうと推測されます。唄は江戸時代からですが、踊りの発祥は不明です。お座敷(北陽)で宇和島武士のプライドを表現するのに男踊り(男舞)にしたんでしょう。帯は勿論、男締めですね。舞の力強さがないのは踊り手が女性だからでしょうか?昔は男性も踊りに加わっていたように思います。父が藤間流の名取りでしたから踊っていました。
 観客は少なかったです。誰も知らなかったと思います。私も偶然でした。城と桜とさんさ舞・・・絵になりました。東京は満開でしょうね。
高齢の域に達した方々がこの様に伝統を守られていることに頭が下がります。和霊様のお祭りにガイヤの方を見物に行っていましたが、最近は「宇和島さんさ」にも愛着を感じるようになったのは、年を重ねたばかりではなく、こうして、ブログで紹介され感じるところがあるからだと思います。
 葉っぱと一緒に咲く大島さくらも綺麗ですね。色々な種類の桜があるのですね。
芸者のなよなよ踊りを宇和島名物にされてはたまりません。
「さんさ」ならば結婚式のご祝儀でしょうが、こちらは宇和島武士が主従団結を強固にし、仙台にも負けませんよと気負う歌です。同じお座敷踊りにまでした黒田節や、会津の剣舞白虎隊などは、芸者が踊っても精一杯に男っぽく踊りますのに。
宇和島の踊りのお師匠さん方はなにを狙っておられるのでしょうか。
それかといって、「ガイヤ」もまた、私の趣味にはあいません。国籍不明の歌とリズム、確かにあの4リズムが流行ったこともあるにはありましたが。
さっき、靖国神社へ行ってきました。もっとも人が多くて、駐車場も満杯、車を徐行させて桜を眺めてきました。
メロディー
吉野の食いしんぼう 様
 普及会のメンバーが努力されています。もともと歌詞は別にしてメロディー自体が明るい曲でないので唄も踊りも工夫が要ります。歳を取った所為では無いと思いますよ。日本の民謡には何か引きつけるものがあると思います。それとYouTubeなどで昔の文部省唱歌を聞くとほんのりします。
踊りはなかった・・・
木下博民 様
 先ほど京都の哲学の道より写メールが届きました。満開の桜の様子です。靖国神社の桜、見事なんでしょうね。明日、本の紹介のアップをしますが、その出版祝賀会の折に「宇和島さんさ」が踊られるようです。武士が作った民謡はこれのみだと思います。武士をたたえる唄などには「黒田節」あたりがあります。また幕末に地震災害を受けた小笠原新田の修復工事の折、歌われたと記録にあるようです。しかし踊りは一切、記録にはありません。振り付けがされたのが、昭和になってからなんでしょうね。武士の踊りがどうなのか分かりませんが、振り付けが難しいのでしょう。
 ガイヤのリズムや踊りはどうか分かりませんが、衣装、踊りの美しさはあまり感じられませんね。適当に踊って、適当に満足しているような気がします。よさこいなどは、最近特に注目を浴びています。
 何より自分は昔人間なんでしょうか、私は揃った衣装、揃った踊りが一番だと思います。提案したことがあります。桜散る天守の前、ぼんぼりの下で踊る姿・・・夜は上れない、火は禁止ですからあえなく撃沈でした。
揃いの衣装、一糸乱れぬ揃いの活発な動き、昨今、学生が集団で歩くだけのすばらしい演技をテレビや動画で拝見しますが、あの団結力と宇和島さんさが習合すればすばらしいと思ったりします。
各自勝手な踊りも結構ですが、集団の美しさです。
そして、それこそ高校生や中学生の文化祭で発表すれば、驚くでしょう。
今の「宇和島さんさ」の鳥追い姿が果たして歌詞に合った衣装でしょうか、私は奇妙な気持ちがしますね。
地方のなんとなく借物のような図柄の法被、踊り手の中性的な衣装、そして薄曇の天守閣、見れば見るほど寂しくなりました。
そう思う宇和島をこよなく愛する老人もいることをお気に留めてみてください。
個人の感覚
木下博民 様
 復活の評価はたかく、昔も批判はありましたが、感覚の違いでしょう。さんさが踊られていた20数年前の振り付けそのものです。集団の美は人それぞれです。この踊りは各流派によって振り付けがなされていますが、衣装も派手で集団と言うより個人の踊りとなっています。扇を使ってひときわ目立たせるようなものも在ります。
 この踊りは、高校生なども参加し、これから継続していく行事として定着しつつあります。この踊りも歴史が在るのです。今から変えるには、理由や振り付けなど時間と責任が生じます。踊っている方々に説明できるでしょうか?私は父たちが踊っていた、昭和30年代のこの踊りを見ていきたいと思っています。写真ではなく、天守を前にした凜とした立ち居振る舞いが踊りの基本です。
 一つの歴史ですから誰にも思い入れはあると思います。復活(3年掛かっています)に努力されたみなさんに対し、感謝し、これからももっと輪が広がるよう祈念しています。
私が「宇和島さんさ」を知ったのは、30年ほど前、宇和島の小さな料亭でこの歌の巧い女将さんがいて三味線を弾きながら歌ってくれたのが初めてでした。もちろん3人ほどの酒の席で、その後この歌を歌って全国民謡大会で優勝した女性がいて途端に全国的になり、NHKでも何度か聞いたことがありましたが、とにかく郷土の方々が競って歌われない限り他国の人々の耳には入らないものですね。
昨今は民謡も以前のように「のど自慢」でも歌われなくなりましたね。たしかに、良い歌なのだが。
唄の変遷
木下博民 様
 のど自慢の唄の傾向も変わってしまっています。学校の教科書も昔懐かしい「文部省唱歌」などはほとんど無いと言っても良い。高校の音楽の教科書には「AKB48の桜の栞」が入ったようです。
民謡も歌い継がれなければ、廃れてしまいます。お祭りなどで利用しないと・・・「宇和島さあんさ」もっと広がれば良いですね。
鬼城さん。先生は校長をお勤めになられたのですから、個性の乏しい子供を育てることに幻滅をお感じにはなられませんでしたか?
東京に出てきた郷土の若者は、郷土自慢の歌一つ歌えないほど寂しいものはありません。近代教育の最大の欠点は「均一教育」だということです。個性のある、郷土の長所を充分身につけた人が育たないということです。
決められた内容・・・
木下博民 様
 学校も分業制・・・教科によって違います。郷土の教育は大事だと思いますが、中学校、高等学校では扱える場面が、ほとんどありません。昔の教育はオールラウンドでしたが・・・郷土自慢の歌を教えるのは、家庭教育が中心でしょう。時間は限られていますから、覚えて歌えるまでの時間を取ることができないのが、現在の教育です。しいてやるとするなら小学校ですが、それだけやれる先生が居るかどうか?
教育の分業制、まさに大量生産、ベルト社会、チャップリンの「モダンタイムス」(70年以上前の映画ですが)、これがいまも堂々まかりとおっているのですね。
いまに反動がきますよ。津波のように。
教育の縛り
木下博民 様
教育には歯止めも必要です。勝手に地域で授業をすると根底が覆ります。現在の日本の教育は画一化とよく言われますが、基礎基本は定着しています。道徳教育が必修化されたように、地域、郷土教育の時間が要ります。そうすれば教えることも出来ます。

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