鶴岡八幡宮再訪 | 鬼城

鶴岡八幡宮再訪

2014.03.22.Sat.12:00
建長寺より鶴岡八幡宮へ

下り坂の雪の下のトンネルを行くとすぐ左手に鶴岡八幡宮が・・・
北鎌倉とこんなに近いとは・・・
歩いてみないと分からない。
このあたりに甲冑師軍団が住んでいたと言われる。
政宗の甲冑「雪の下胴」はここの甲冑師の作である。
別名「仙台胴」

鶴岡八幡宮1

大鳥居

一昨年来たときには夜だった。
今回は雨模様・・・薄暗い。

鶴岡八幡宮2

本宮

参拝客は普通日なのと遅い時間帯なのであまり多くなかった。
どこに行っても若者の姿が・・・
仕事は?と思ったが、妻が春休みだろうということで納得・・・

鶴岡八幡宮3

本殿前より由比ヶ浜方面

下には「舞殿」が・・・

鶴岡八幡宮4

弁天様

源氏池の太鼓橋を渡ると弁天神社が・・・
おみくじの数がすごい。

鶴岡八幡宮5

ふと目をやると「さざれ石」が・・・

国歌にあるように「硪(いわお)」となるには・・・科学者によると永遠にないとか。

鶴岡八幡宮6

源氏池

平家池には4つの島が・・・死に通ずるとかで祈念の島だそうだ。

鶴岡八幡宮7

古い街並みの鎌倉商店街

ここの雰囲気は非常に良い・・・

鶴岡八幡宮8
コメント
鶴岡八幡宮は源氏の守護神として石清水八幡宮から勧請したとありましたが、これはなるほどと思いました。ほとんどの全国の八幡神社は宇佐八幡から勧請していますが、鶴岡に関しては、宇佐→石清水→鎌倉という経路になっているようです。源義家が石清水八幡で元服して以来、八幡神が源氏の守護神となり彼も「八幡太郎義家」と呼ばれるようになりました。八幡神が武神であるのは隼人族征伐に神自ら参戦以来のことで、戦争にはつねに八幡神の加護を願います。特攻機にも「八幡〇〇隊」というのがいくつもありました。
そこで、どなたか、つぎの由来を教えてくれませんか?
① なぜ鳥居があるのか、鳥居は単に門の一つなのか、鳥居の意味は・・・
② 八幡宮の社殿はなぜ丹塗りなのか?
民俗学は面白い
木下博民 様
 丹塗りは建物を彩ることで魔除けや神性を表す視覚的な意味、朱や丹という顔料は金属を原料としているので、虫害・腐食から建物自身を守る役割だそうです。
 鳥居の意味は諸説在るようです。私の好きな作家である、故北森鴻氏の「写楽・考」の中の湖底祀(みなそこまつり)で述べている説が面白い。「鳥居こそが賽の神であり、信仰の対象」すなわち、「鳥居は神社の付属物ではなく、神社本体が鳥居の付属物」鳥居の向こう側にあるもの、肉眼で見ることが出来ない世界を具現化したもの、形状化したものこそが社殿。結論は鳥居は賽の神・・・諏訪神社の御柱も同様・・・地上に刺したと言われる杖も同じ。
 通説では「神の鳥の止まり木」「神域を示す門」「海外の宗教に期限がある説」・・・結論は不明とのことである。民俗学の上からも非常に面白い。
 私の従兄弟も鎌倉に居を構えました。「かまくら」という響きが、人々を引きつけるのでしょうね。また、深い歴史が刻まれた事も人気の保密なのでしょうね。
 私も5回ほど訪れたことがありますが、藤沢から江ノ電に乗って訪れたのが一番印象に残っています。
 鎌倉のお寺は、円覚寺しか行ったことはありません。ブログを拝見して、他のお寺も行ってみたいと思いました。
鎌倉は修学旅行で行った切りです。若い人にも、熟年にも、カップルにも好まれる、色々な面を持った魅力のある場所に思います。
 商店街も素敵ですね。私達の青春時代に流行った歌の舞台にもなり、「江ノ電」と聞いただけで懐かしい響きが。
ゆっくりと見たい街
笑隆で~す。様
 私も5回程度ですが、良い街ですね。そこかしこに鎌倉時代の息吹を感じ取ることが出来ます。行政の方針がきちんと立っているのでしょう。一日散策計画を立てられると良いと思います。ほんの歩こう会の距離程度だと思います。従兄弟山がおられるなら情報はすぐ手に入りますね。良い季節に・・・
修学旅行定番
吉野の食いしんぼう 様
江ノ電は青春ドラマによく出てきていますね。響きが何とも言えない。笑隆さんが書き込んでおられるように言葉の響きが・・・
食べ物も一杯在りますよ。しかし季節限定や賞味期限が間近なのがネックです。行って食べるしかない・・・(笑い)是非行ってみてください。
朱塗りとばかり思っていましたが丹塗りというのですね。色が違うのはなぜなのでしょうか?
色は拘らず赤っぽい色なら魔除けになるというのかも知れませんね。
諏訪神社の御柱には色がありませんから、魔除けではないということなのでしょうか?
 東京在住の折、江ノ島には海水浴に行った記憶があります。あまりにも昔の記憶なので、前後に鎌倉に降り立ったのかも既に忘却の彼方です。叔父の招待で、加山雄三さんの当時経営していたホテルのスカイレストランで、初めて洋食のフルコースを食べさせてもらった記憶も、今となっては夢のような記憶です。縁があってその辺りを散策してみたいものですが、おそらく、そのような機会は訪れないような気がします。
知らないことばっかり・・・
うわつ 様
 朱塗りは漆(装飾)ではないかと・・・丹塗りは昔の家によく塗られていたもの・・・朽ち止めなんでしょうね。間違いなく魔除けの事もあると思います。専門でないので、あてづっぽうですが・・・もう一つ、御柱は神の住む結界だという説もあります。何度か諏訪に行っていますが、このお祭り、行ってみたいですね。諏訪湖の「お御渡り」も見てみたい・・・
青春時代
tentijin 様
青春時代ですね。入り原裕次郎の灯台があったり、葉山のヨットハーバーが近くにあったり、高度成長の頃ですね。湘南と聞けば思い出すのが、桑田佳祐氏・・・サザンです。まだ活躍されているようです。何かを追い求めていれば、活気があるんでしょう。見習わなくてはいけません。
神社の朱塗りはたしかに柱の保護かもしれませんが、私は仏教との習合に由来すると思いますが、どうでしょう。古代の日本には柱に色を塗る習慣はなかった。仏教が伝来して、仏像も建物も華やかで古代人は目を奪われた。そこで神社も急速に仏教風になった。実は、八幡信仰は一番顕著な神仏習合宗教で、ここの神社は華やかです。もっともその氏子にその気がなければ古色蒼然としていますが。
はなやかさ
木下博民 様
色彩感覚でしょうか。分かりませんが、伝来してきたインド、東南アジア、中国、韓国の神社は色彩豊かですね。先日、宇和島出身のかたが台湾で日本料理の店をやっている取材がありました。花蓮というところ・・・ここには日本の寺院が有り、四国八十八カ所のご本尊が祀られているそうです。大勢の信者や観光客が訪れているとか・・・装飾のないお寺でした。各地、いろんな寺院がありますね。
鬼城さん
花蓮は昔は「花蓮港」といいましたっけ。東海岸の港町で、いったことがあります。台湾の東海岸などは日本が開発したようなものです。昔、花蓮から綿花が積み出されたようですが、いまは綿も砂糖もなく、もっぱら「胡蝶蘭の生産地」、日本が消費する胡蝶蘭はほとんどが台湾産とか。
半世紀以上の経ったのに、日本家屋がちらほらあって、台湾は日本によって近代化され、いまだに和歌を嗜む台湾人のいます。若者の礼儀正しいことは日本の若者以上。
胡蝶蘭と月下美人
木下博民 様
 胡蝶蘭の産地、知りませんでした。蘭の花は頂いても温室がないと育てることが難しく、次の年開花しません。高価な花なんですが、頂いても消耗品でなにかわびしい感じがします。月下美人は台湾のものが多いようです。DNAが同じなので咲時期も同じとか。この花は育てやすい。

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