おとっさま | 鬼城

おとっさま

2014.02.27.Thu.12:00
長年の課題が氷解した。

昔、私が住んでいたところに鎮守様があった。
通称「おとっさま」・・・
この名前の由来が不明だった。
お年寄りの方々に尋ねても、誰も知らない。

荻原家の屋敷神だったということを聞き、再度調べてみることにした。
実は年明け早々に氏神様の「宇和津彦神社」より案内状が・・・
今年、あなたは古希を迎える、そのためのお祝いを・・・というものだった。
2月入りと聞いていたので、3月1日がその日のようなので今日、受付に行ってみた。
「立春前後が多いですが、いつでも結構です。」と宮司さん・・・
予約を入れ、ついでに(笑い)大超寺奥の天満神社に関してお聞きした。

おとっさま

天満神社で太宰府からの勧請だろうとのこと、「おとっさま」に関しては「大歳様」のことですよ。
この一言で氷解した。
「大歳様(大年様ともいうそうだ)」を略して「おとっさま」
収穫の神様で奈良に総本社があるそうだ。
合祀されているかどうか分からないが、調べてみるとのことだった。

荻原家の屋敷神として祀られていた「おとっさま」
地域の学問の神様であり、収穫の神様でもあった。

宇和津彦神社の枝垂梅

梅2
コメント
屋敷神は、家がなくなってもその土地に残っているものですね。
おとっさまは大歳神社というのですね。祭神はどなたですか?
いま、歌舞伎をDVDで毎日のように見ているのですが、武士の話には「八幡大菩薩のご加護」という台詞がよく出てきます。例えば、「勧進帳」の関所を脱出できたときに義経が「弁慶のとっさの所業も八幡大菩薩のご加護よ」と落涙するところがあります。その八幡信仰に興味をもって連日その本ばかり読んでいます。伊吹八幡のご神体も天智天皇のとき大浦御所ヶ崎の海中に現われ、大浦中村の古井戸を「御垢離取井」といい、その脇に「御腰掛石」という石あり、馬城の高根(槙の山のことでしょうかね)を越えて、高串(高越しの変化か)のセンスイ谷の船石に輿をおろされ、やがて中間村の麓に社殿が建てられました。すなわり、日本の神々と同じ「磐座信仰」から「社殿信仰」へと替わってゆきました。南豫に渡来人が住み着く発端が八幡神だったのかもしれないと思ったりして毎日楽しんでいます。
合祀
木下博民 様
 名前の由来を聞いただけで一安心・・・さて祭神はと?ネットで引いてみると「大歳の神」と出ていました。そして合祀されている神々が居るようです。この「おとっさま」は菅原道真公ですね。神戸の大歳神社は木花咲耶姫とか。
 八幡様もいろんな場面で出てきますね。日本の神々、対象的には面白いですね。
 屋敷神は家の守り神ですが、地域で祀ることもあるのではと思います。特に農業の神ともなると・・・
課題の氷解、スッキリ!!ですね。
私は次元が低い話です。散歩仲間と全員が「あれ、そうそう、あれ!名前が出んね」と言いつつ別れた後は思い出した誰かがメールし「そうだ!スッキリした。お休みなさい」の運びとなります。
もっとレベルの高い解決できていない問題は?思いつきません。
垂れ梅の枝ぶり、立派ですね。我が家のは枯れかけ途中で切ったので可哀想なくらい無様なんです。
屋敷神
屋敷神で一番先に浮かんだのは外泊まり(石垣の里)の屋敷神です。網を引いていると石ころが網に入ってきた。海に捨てて網を引くと又同じ石が網に入っていたと言う。何度も同じ石が網に入るからその石を屋敷神として祀っているという。石も神になるんですね。
 奈良の神社は、奈良県の神社ですか?それとも、私の住んでいる鬼北町奈良の神社?もしそうなら、奈良下組の天満神社ということになりますが、そんなわけはありませんよね。私がすぐにあきらめて投げ出すような歴史的な探索、鬼城様は得意ですね。私は、いつも、それを聞きかじって少しだけ学習を深める極道ものだと、つくづく思います。
枝垂梅
吉野の食いしんぼう 様
 この神社の名前は、小学校時代から不思議だったんです。亥の子の宿から、一番先に突く場所が「おとっさま」でした。亥の子は農家の子どもしか突くことが出来なかった。我が家は農家と違うのですが、母の里が農家だったので、弟と二人で参加・・・懐かしい思い出です。
 枝垂梅は結構難しいと聞いています。ほっておけば垂れると言いますが、枝がぴんぴん立って見苦しくなります。やはり細やかな剪定技術が要るんだろうと思います。
愛南町の石の里
うわつ 様
神というのは家の守り、里の守り、国の守りなんでしょうね。愛南町の石の神様、去年初めて野路菊の季節に見ました。面白い説明でしたね。「うわつ」さんが毎年撮っている石雛の里、今年は行ってみようかな。ほんと、神は何にでも宿るんですね。
大歳神社、天満神社
tentijin 様
 ○○も歩けば・・・の感じです。調べるつもりがあるのならのなら、即やるのですが、果報は寝て待てで分かった時点で記録するだけです。
 言葉足らずでした。本社ですから大きな神社ですね。正式名称は「葛木御歳神社」です。場所は奈良県御所市で全国の御歳神(御年神)を祭る神社の総本社だそうです。
 恥ずかしながら、天満神社は水の神様とばっかり思っていました。もとは太宰府天満宮、つまり天神さんで菅原道真公を祀っている神社だそうですね。奈良郷の天満神社、学問の神様ですよ。
宇和島周辺にも「ナラ」という地名がよくありますね。どなたか、その由来を教えて頂けませんか?
奈良
木下博民 様、
 奈良という単独の地名はあまりないようですね。ただし、奈良井とか見奈良とか、何か付け足した地名は多々あるようです。語源は、平らにすることという「平す・均す」と同意の「ナラ(平・均」で緩やかな傾斜の平らな土地を表した地名だそうですね。
 朝鮮語だという説から、奈良は百済の属国だったなどという怪解釈をしている人たちも居るそうですが、問題外でしょう。
いま三間郷を学んだ機縁で、この辺りにたは伽耶や百済の渡来人がある程度の文化を持ってやってきたのではないかと感じ、伊吹八幡神社の創建神話にたどり着いているわけですは、奈良時代ころまで朝鮮語は方言のように使われていたとしか思われません。この辺りに興味のアるお友達はおられませんか?
みなさん、研究対象外ですね・・・
木下博民 様
 松本麟一氏が生きておられたら詳しいと思いますが、今では研究されている人は居ませんね。歴博などの学芸員さんが焦点化され、研究されれば面白いのですが、各人テーマが有り、その研究でお忙しいようです。幅広い研究は出来ないのが現状ですね。日本で仮名文字ができたころ、挑戦には文字がなかったとかとネットに出ていました。さて真偽は分かりません。

管理者にだけ表示を許可する