菜の花 | 鬼城

菜の花

2014.02.28.Fri.15:00
高山の段々畑

月に2度ほど高山にある「はま湯」に行くことにしている。
健康管理には、ここの塩湯は欠かせない。
入った後、体調も良く、元気になったような気がする。
四季の移ろい、今は菜の花・・・

菜の花と段畑1
国道から下を見ると海岸まで段畑が・・・
梅の花も満開、収穫の終わった密柑山も一休み。

菜の花と段畑2

一輪の菜の花にも愛着が湧く。

司馬遼太郎氏が愛した花とか・・・
代表作の一つである「菜の花の沖」小説とドラマを久しぶりに堪能した。
2月12日は彼の命日「菜の花忌」である。
彼は黄色い花を好んだとか。

菜の花と段畑3


石垣

城の野面積みと同じような積み方である。
宇和島の遊子に美観地区としての段畑があるが、この高山の段畑は生活に密着している。
南予を代表する段畑だと思う。

菜の花と段畑4

蜜柑の収穫のためのモノラック

愛媛の方が開発されたとか。
一世を風靡したCMも在ったなあ!
♪♪♪楽々ラック、モノラック♪♪♪

菜の花と段畑5

密柑山の蜜柑の木の下に飢えられている菜の花
こぼれ種で毎年花を咲かせる。
蜜柑の木の緑と菜の花の黄色のコントラストが美しい。

菜の花と段畑6
コメント
昭和18年(1943)2月、中国湖北省南部の集落(湖泗橋)に駐屯していたことがありました。この季節で畑は一面の菜種畑。そのなかで連日戦闘訓練をやりましたっけ。菜の花は逞しくすぐに収穫時期を迎え、道が彼等の作業場になっていたことを思い出します。菜種油は貴重な食料でしたっけ。
あの時、訓練していた戦友は約半数、戦死しました。いまごろ雲雀になって天高く鳴いていることでしょう。
 ここの温泉は、なかなか評判の良い温泉のようですね。一度行きたいと思っていますが、「温泉はあまり・・・・」という人がいるので行けていません。
 この道は、30年近く前に一度通ったことがあります。その時、離合が大変だったのを覚えています。
 撮影ポイントが、たくさんありそうなので走ってみようと思います。
良い風呂ですね・・・
笑隆で~す。 様
 温泉ではありませんが、良い風呂です。500m地下より、塩水をくみ上げているとか。明浜町時代に出来たお風呂ですね。今は指定管理かもしれません。ただお客さんが少ないのが気になります。それと宇和島からは遠い!けれど入った後、すっきりさわやかです。入るとき時間を打ち合わせて・・・普通1時間10分ほどにしています。夕陽もきれいですね。夏は孫たちをつれて海水浴も・・・
菜の花
木下博民 様
 食料としてはいわゆる「菜っ葉」ですね。油もとれるし、植物としては利用価値がありますね。中国で湖北省と言えば北の方ではないですか?花一つにも思い出があるんですね。それにしても、この街道(県道ですが)の菜の花は咲いている期間が長いです。1月から4月頃まで続きます。
段畑
苦労して築いた段々畑、吉田から八幡浜までみかん街道ですね。遊子の段々畑より高く規模広くて、良くぞまぁ~と感動します。このみかんの段々畑も高齢化と後継者不足で、耕作放棄されているみかん畑が増えていますね。
黄色い絨毯の菜の花も綺麗だけど、一輪をよく見るとこれも可憐ですね。私が子供の頃は、緑の麦畑
ピンクのレンゲ畑、黄色の菜の花畑と色とりどりで、その田んぼに寄り道して帰ったものです。菜種油で作った天ぷらの味も懐かしい物の一つです。
 健康を維持するお気に入りの温泉があって何よりです。松野にもぽっぽ温泉が有るのですが、余りに知人に会うので・・・。高月温泉に行ってみようかな。
湖北省の南端は揚子江の右岸、湖南省の北端と接しています。武漢は湖北省ですが、ここの夏はインド人がインドへ避暑に行くほど暑く、電線にとまった雀が脚を火傷して落ちる。落ちた雀を食った犬が舌を火傷したと騒ぐほど40度を越すことは有名です。
私の戦歴は中国だけで、しかも満州から湖南までよく歩いたものだと思います。お暇のときに拙著「戦場彷徨」(宇和島の図書館にもあります)をご覧ください。
跡継ぎ
うわつ 様
 高齢者対策として、真穴の養子作戦がNHKの特集で出ていましたね。遠くは東北あたりから来られているそうです。若者(とはいっても30代後半)の蜜柑に対する情熱は素晴らしいと思います。少しづつ農業も変わってきていますね。段畑を放置畑にしないように祈っています。過去の遺産を大事にする意味でも・・・
歴史的価値
吉野の食いしんぼう 様
 ぽっぽ温泉にもよく行きましたが、鬼北、松野の知り合いに会うので私も遠慮しています。高槻温泉は少々熱いですね。tentijinさんがよく行く、伊方町の「亀ヶ池温泉」に行きたいのですが、少々遠すぎます。ここには「塩サウナ」が在るようです。人間の身体には塩は良いようです。肌がつるつるになりますよ。
 明浜から高山、三瓶にかけての段畑はジオパークに入っているほど自然の溶け込んでいいですね。特に先人たちの苦労が垣間見えます。造られた観光より歴史的にも価値があります。
広大な大地
木下博民 様
 中国という国はあまりにも広く、有名な市しか位置関係は分かりません。最近になって日本企業が進出し、それに伴って家族が同行し、日本人学校が出来る。後輩の先生たちが日本人学校に行くことが多くなりました。それにしても40度は暑い!昨年は江川崎で40度越がありましたが・・・
「戦場彷徨」、早速読んでみます。
鬼城さん
以前なら拙著「戦場彷徨」謹呈できましたのに、もう手元には原本しかなく残念です。
この本、20歳前半の青年が戦争でなにを体験したか、淡々と書いておきました。実は、これを書き上げたのち、戦後のバブル期までを書こうと思ったのですが、それどころではなくその日その日に汲々として過ごしました。菜の花と戦場の思い出はのちにその辺りを訪ねて「上海タイムスリップ」(中国訳本は「悠々長江行」)を書きました。これも図書館にあるかもしれません。
神社には記録が・・・
木下博民 様
 仕事柄と言っても、執筆活動の意欲はすごいものですね。自分も何課まとめようと思っては居るのですが、思いのみ・・・それで終わってしまいます。昨日は宇和津彦神社へ行って、お祓いを・・・今年の3月1日は旧暦の2月入りなんです。終わって宮司さんとしばらくお話をしました。大歳神社というのは、先祖祭りの意味もあるとか。歳という路にその意味が込められているんだそうです。祭神としては珍しいそうです。明治に記録された、大超寺奥の「おとっさま」の由来をコピーしてもらいました。このような記録は神社にしか残っていないようです。神社庁にあるのかと思っていましたが、神社庁には登録の印のみとか・・・明治当時には毛山家と三輪田家が兼務されていたようです。
 お気に入りの「はま湯」があって、心身ともにリフレッシュできる鬼城様は、ひょっとしたら、とても濃密な時間を「はま湯」で手に入れておられるのかもしれませんね。誰にもそのような時間があったり、そう感じる余裕があったりすれば、本当に幸せなことだと思います。私もそのような秘湯に入ってみたいものです。
塩は身体に良い
tentijin 様
 最初は誰に聞いたのか忘れましたが、海水浴場が県内ほとんど無くなった時にシーサイドパークができたんですよね。子どもたちをつれて家族の方たちが良く行くところと聞いていました。その付随施設で塩湯があることも聞き、仕事を辞めた後、行くようになりました。体調が戻ったような気になり、それから定期的に・・・只、難点は遠い!(笑い)
 それより好きなのは「塩サウナ」なんですが、「やすらぎ」は各週ですから、当たらなければ損をしたような気になりますね。tentijinさんにお聞きした伊方に行きたいのですが、ここはまだ遠い。それでも何時かは・・・

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