えんま様 | 鬼城

えんま様

2014.02.16.Sun.15:00
えんま祭り

旧暦1月16日の前後3日間、佛日山西江寺(せいごうじ)にて行われる。
14日大黒天
15日えんま様
16日弁財天

本堂では同市出身の芸術家村上天心(1877年 - 1953年)の彫刻と絵画の作品が公開される。

えんま様1

ご本尊の横には閻魔大王が祀られている

えんま様2

ボランティアガイド

毎年恒例のガイドさんが天国地獄についての説明・・・
絵の順番に従って亡くなって唐の法要についての説明をされている。
毎年のことで、非常になれられてわかりやすい解説である。

えんま様3

本堂から外へ

現世が待っている・・・

えんま様4

臨済宗妙心寺派のお寺で伊達秀宗によってこの地に移された。
寺のお庭は見事なもので県の指定文化財になっている。

えんま様6

ともに春を呼ぶとされる椿祭りとえんま祭り

椿祭りの名物は「おたやん飴」えんま様は「瓢箪菓子と松茸飴」
昔はこのお菓子が食べたくていけなかったが、最近では・・・
贅沢になったとつくづく感じる。

えんま様5
コメント
 何度か訪れたことありましたが、最近は参拝していません。
 私の故郷にも同じものがあります。高昌寺の涅槃まつりにも地獄絵図が掲示され、多くの子供たちが見に連れてこられます。
 小さい時にこの絵図を見せられると、「悪いことをしてはいけないな」と強く心に思うでしょうね。ましてやボランティアの方の語りがあれば、効果絶大でしょうね。このことって、とても大事なことだと思うのですが・・・。
言い伝え
笑隆で~す。 様
 最近、子どもたちを連れてくるお父さん、お母さんがあまり居なくなりましたね。昔は鳴き声もしていましたが・・・出店も昔と違って現代風のものが多いですね。焼き鳥とか東京・・・とか。時代は変わっていくのでしょう。少々、寂しい気がするのは歳の所為でしょうか?
地獄極楽、いろんなところにあるんですね。誰か見てきた人が居るのかも・・・見て教える、言い道徳教材です。
 この迫力ある閻魔大王さまを見たら、とっても真面目なお子だった私は、「絶対嘘はつかないぞ」と決心したことでしょう。最近は嘘も方便なんて思う大人になってしまいましたが・・・
 子供の頃、永野市の竜王様のお祭りで、瓢箪菓子や松茸の飴を買って貰える人はお金持ちなんだな~ってあこがれでした。いざ、たやすく手にはいるようになると、貧しかった昔が懐かしく、その頃も幸せだったと思えます。
狭い横丁が「六兵衛坂」ということも、大きな閻魔様の掛け軸が村上天心なる郷土の画家の作であることも、私にはあんま様に参ったときに知ったことです。昔の本堂は座敷で、畏まって閻魔様を拝んだものでした。
「ひょうたん菓子」、いまも売っているのですね、味は美味くなったですか?昔は表面に紅と緑の絵が書かれていたような気がしましたが。
像より絵の方が怖い・・・
吉野の食いしんぼう 様
幸せとは・・・現在でしょう。欲を言えば切りが無い。今の自分があるのは、自分の歩んできた人生だからと最近思うことにしています。瓢箪菓子、久しぶりに食べましたが、こんなあじだったかな?問い感じでした。
過去現在未来
木下博民 様
 村上天心に関しては、いろいろと調べられている人が居るようですね。大酒飲みだったと・・・六兵衛坂の由来は昨年の「伊達な町歩きウォーク」で紹介しました。六兵衛長屋のあったところですね。昔は人の名前が付いた場所があったようです。
 瓢箪菓子、昔はメリケン粉の匂いがきつかったですが、今ではお菓子ですね。しかし、昔ほどの感激はありません。食いしん坊さんのコメントによると近永にもあったそうですから、南予一円のお菓子だったんですかね?こんな歴史もたどると面白いかあもしれません。
 母親に連れられて地獄絵を見たときの衝撃はかなりなものでした。もらった50円を握りしめて初めて一人で出かけた祭りも閻魔様でした。4~5歳の思い出です。しかし、十円札と思い込み、実は100円札を母親の財布から抜き取って、大量のお菓子を買い込み、友だちに大盤振る舞いして、母親を悲しませたのもその頃で、どうやら閻魔様の御利益もこの鬼っ子には神通力を発揮しなかったようです。
規範
tentijin 様
 小遣いを握りしめという時代でしたね。札などには縁がありませんでした。えんま様は昔ながらの道徳ですね。文科省では、道徳の授業を必修化するという話が出ているようですが・・・一昔前は修身でしたか。さてどんな教科書、評価をするのでしょうかねえ?
えんまさま
私は親の言うことも良く聞いて、よい子だったので、えんまさまは怖くなかったです。(笑)現代っ子はどうなんでしょうか?怖いものが違っているかもしれませんね~。
菩提寺なので案内が来ていましたが行きませんでした。変わらぬ、おたやんアメと瓢箪せんべいなどえんまさまですね~
このブログをお書きになっておられる方々の子供の頃の小遣いは50~100円なんですね。
それに比べ、わたしの時代は小遣いがもらえたのは和霊様のお祭りくらい、とれも5銭もらって興奮した。結局、使うのがもったいなくて握った汗まびれの5銭をお守り嚢に入れた記憶がありましたっけ。
戦後は平和で豊かな時代ですね。
よい子、悪い子・・・
うわつ 様
昔は「大黒様」や「弁財天様」など在ったでしょうか?このお寺は本町追手商店街との連携が深く、お供えなども数多く出ていました。昔は野中のかまぼこ屋の下の三角屋敷あたりから出店がずーっと六兵衛江坂を通って並んでいましたね。
ここに行かなかった帽章学校の卒業生は居なかったと思います。(笑い)
貨幣価値
木下博民 様
 貨幣価値はどうなんでしょうか?私たちの時代の最小貨幣は1円でしたね。じゃこ天は5円ほどだったか・・・値段的に大きく変わっていないのは卵ですね。10円だったものが、20円ほどですから・・・
経済はよく分かりませんが、デフレ脱却とかインフレ傾向とか・・・昔よく言われていたデノミネーションの言葉は聞かれなくなりましたね。
 小遣いをもらって喜び、感謝の気持ちと興奮する気持ちを現代の子どもたちは持っているでしょうか?

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