冬晴れの宇和島城 | 鬼城

冬晴れの宇和島城

2014.01.28.Tue.18:00
天守閣

冬晴れの日の宇和島城である。

城1

宇和島城

「いいお城でしょう。」と宇和島の人は胸をはって言う。
この言葉は司馬遼太郎の「司馬遼太郎と城を歩く」の冒頭の言葉・・・

年間3万人ほどの人が訪れるとか。
来年は初代秀宗公が入府して400年を迎える。
なにか残すものをという言葉につられてか、モノレールをとの話が出ているようだ。
今から論争されると思うが、個人的には今のままが一番良いと思っている。
キャッチフレーズは「全国一整備されていない、そのままの城」
岡山の天空の城(ここには天守はない)も整備されていないが、人は来ている。

そんな論争より、一日中解放を望みたい。
夕焼け、朝焼け、夜景等々、観光に良いと思うが・・・

城2

春は桜、秋は銀杏(伐採された)が入った写真のスポット
借景は鬼ヶ城!

城3

城の裏手

これが朝6時、昼12時、夕方6時、夜9時に鳴るミュージックサイレンである。
曲は
朝6時 「鉄道唱歌」
昼12時 「とんび」 
夕方6時 「ふるさと」
夜9時 「宇和島さんさ」 

城4

桑折家長屋門より上がったところ

急な石段が・・・
ここの風情が一番、城に登るという感じがする場所である。
しかし、足の不自由な方には結構きつく、普通の道を行った方が良い。

城5

二の丸跡

宇和島城の特徴は整備されていないと書いたが、建物などの復元もなされていない。
二の丸跡に飢えられている「山桜」の木
この木も相当な年月を経ている。

城6
コメント
宇和島の人々は、天守閣が中央にデンと座っているそれが街、「ご城下」というものだとして育てられてきたから、城のない街はなにかを失った場所のような感じがします。
子供の頃、「鶴島城」と雅称で誰もが呼びました。ちょうど姫路とは言わず、白鷺といったあの感じです。宇和島城というとなんとなくとってつけたようで雅さを失ったものです。
学校で学期試験が終わるとなぜか必ずここへ昇って海を見たものでした。
やる気
木下博民 様
宇和島の象徴、宇和島城。朝焼け、夕焼けの宇和島湾を観光に利用できないものかと常々思っています。現在は6時から18時まで?だったと思います。夜景もきれいだし・・・しかし、安全面を考え解放には成りません。警備員を3人くらい配置すれば済むと思うのですが・・・やる気の無いところからスタートですから出来ないですよね。
宇和島城を愛する鬼城様の思いが伝わってきます。以前はぼんやりと、いや殆ど注目していなかったお城の風景を、宇和島に出る度眺めるようになりました。司馬遼太郎さんの出だしの言葉いいですね。菜の花忌はいつ頃だったでしょう?
とんび
とんびという曲があることも流れていることも知りませんでした。昔のサイレンは良く聞こえていたのですが、歳とともに耳が遠くなっているせいかも知れません。
見えない城のイメージがありますから、お城はもう少し見えたら良いと思いますね~城山から見える景色も天守閣に入らないと見えませんね。しかも何もないのに入館料が高すぎると思いました。スリッパをはくと滑りそうで怖かったです。伊達博物館に入館したら天赦園もお城も入れるのでしょうか?
昔、といっても維新後の話でしょうが、午報は潮音寺から鳴らされたと聞きましたが、この記録は役所には残っていませんか。私の子供の頃古老は午報のことを「ドン」といいました。昭和のはじめは城山から「サイレンが鳴りました」。私は戦争に行ってしりませんが、サイレンでは空襲警報と間違えられるので、何らかの変更があった筈です。いまのようにメロデイーになったのは何時ごろか?おそらく、それも変化があるでしょう。午報ひとつとっても宇和島の歴史が浮かびますね。
城は良い被写体
吉野の食いしんぼう 様
小さいながらバランスがとれ、形が良い。司馬遼太郎氏が宇和島人が自慢している様子に触れたナレーション、印象的でした。司馬遼太郎氏の菜の花忌は2月12日です。彼は野に咲く花が好きだったとか。先日、愛媛で開花宣言があった「タンポポ」、そして菜の花・・・小説「菜の花の沖」も面白かった。あまり知られていませんが、このドラマもBSでありました。主演は竹中直人・・・
賛否両論
うわつ 様
城好きには入城料は安いものでしょう。しかし観光客はがっかりするでしょう。木の伐採は、切りたい人、切りたくない人が居るようで中々踏ん切りが付かないとか。もう一つ、伊達博、天赦園との連携が市の条例で前に進まない現状があります。まさにお役所仕事の典型的なもの・・・市民の家庭のごとく、工夫改良が必要ですね。
時報
木下博民 様
 潮音寺の「ドン」のことは聞いたことがあります。大学時代にミュージックサイレンが出来ていたことは覚えています。五島列島出身の部活の同級生が宇和島に来た折、こんな時報が鳴っているのは、ど田舎!と言われたことがありました。昭和40年頃ですね。48年の朝ドラ「北の家族」だったか、このドラマの中でミュージックサイレンが流れていたような・・・ほんの40年ほど前のことでも忘れ始めています。
 私も宇和島城を撮影し続けたいと思っています。近景も良いのですが、「遠景も良いな」と思っています。良いモチーフになりますよね。
 昨年の春の桜は、終わりかけの頃上がったので失敗でした。今年は、満開の桜もとに建つ宇和島城を取りたいと思っています。
城と桜
笑隆で~す。 様
 良いですね。宇和島城はいろんなところに被写体がありますね。残念ながら腕がありませんから・・・本丸には松山で見つかった「薄紅寒桜」という品種があります。咲いたら、おそらく「笑隆で~す。」さんのお宅の方面から見えると思います。'12年は3/14頃咲いていました。すこしソメイヨシノよりは早咲きですね。是非是非撮ってください。
 天守からの写真も良いですが、入場料がいるので・・・(苦笑)
宇和島といえば、必ず天守閣写真が出てきますが、安定感在り、優雅で、南国っぽい、いささか孤独感すらある、これぞ「宇和島の城!」と絶句するような写真を見たいものです。そのチャンスを最大限掴んでおられる鬼城さん畢生の作というのを拝見したいものです。もっともこちらに見る目がないのが恐縮ですが。
 さすがお城を愛している鬼城様です。いいアングルでのお城ですね。自分自身の歴史の中にもお城は何度も登場してきます。それらも含めると、膨大なものを後にはらんでずっとそこに存在している宇和島城ですね。これからも・・・
登城ルート
木下博民 様
 雪の宇和島城を狙っているのですが。温暖化の影響か、機会に恵まれません。今日は猿之助のトークショーが天守前広場で行われます。写真撮影は禁止でしょうが、望遠で・・・(笑い)城は今丸ままが良いと私は思います。欲を言えば代右衛門丸(だえもんまる)から登城する(正規ルート)を早く整備してほしいとおもっています。
難しい!
tentijin 様
機会があれば、大洲市に入る旧道のトンネルの中央部で大洲城がすっぽりと入ります。桜の季節にどうぞ・・・しかし、車にはねられないようにしてくださいね。いろんなスポットがあります。宇和島城もあるのだとは思うのですが・・・歴史は感じますが、その流れを写す技術が無い。通り一辺倒になり平凡です。(泣)

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