年末の行事 | 鬼城

年末の行事

2013.12.30.Mon.10:00
下波へ墓参り

家族が増えると先祖の墓参りも当然ながら増える。
日本人をふるさとへと導くのは墓が在るからと聞いたことがある。
春、秋のお彼岸、お盆、正月前には必ずと言って良いほど訪れる。

墓から眺める下波湾の風景

年末1

墓のすぐしたの琵琶畑

暖流の影響か、下波地区には霜が降りない。
暖かい風土は蜜柑、雑柑・・・この琵琶は最近である。
このテグスは?
昨年のものだろうが、カラスよけ・・・ここにも鳥害がある。

年末の行事2

畑には猪よけか小動物よけかの電流網が張り巡らされている。

年末の行事3

もう一つの墓参り

寒い日だった。
鬼ヶ城は雪で真っ白・・・毛山、大谷山まで雪景色だった。

年末の行事4

菩提寺のお地蔵さん

誰が掛けるのか、毎年新調される前掛け、暖かそうな毛糸の帽子・・・
後方は、除夜の鐘を突きに訪れる鐘撞き堂である。
左手は山門、右手は「毘沙門堂」

年末の行事5

宇和島の現状

最近、議会などでも話題になる空き屋対策・・・
人口の流失が多く、少子高齢化の波が押し寄せてくる。
そのためかどうか分からないが、廃寺も増えている。
ここは神宮寺、無住になって久しい。
見下ろす、宿り木が寒々としている。
他無住の寺は「潮音寺」「西光寺」・・・

年末の行事6
コメント
 下波の菩提寺というと「保福寺」ですか?そこしか無かったような気がします。
 厨を新しくした時にお呼ばれをしました。今でも福田さんが住職でしょうか?

 一枚目の写真だと下波東から見た風景のように感じます。私にとって下波は懐かしい場所です。6年間勤務しました。とても大切にしていただきました。
この日は穏やかでした・・・
笑隆で~す。様
お見事!写真は下波東の山の上です。お寺の名前は?結いで小学校の近くですね。Sさんちの上あたりでしょうか。ここの寺も臨済宗妙心寺派なんですよ。伊達家とは関係ないと思いますが・・・6年もいたとは知りませんでした。ご住職は変わっていません。法事の時、何度かご一緒しました。いろんな人との結びつき、これが財産ですね。
お地蔵様の赤い前掛け、綺麗で、人の心の温かさが伝わってきますね。お正月を迎えるって感じです。子どもの頃は、従姉と反物を2種類買って貰って、お互い、どちらかを着物、どちらかを羽織りにして、着物と羽織の柄違いペアルックでお正月を過ごした思い出があります。今は、いつでもかわいい服着せて貰って私達が言ってた「ちんちべべ」は死語になりました。松野でも、野菜や果物作りは獣との戦いの様相があちらこちらで見られます。
 
宇和島の人口84210人と先日の南海トラフ地震予想にあり、避難者3分の2ということは、はてさて何処へ避難されるのでしょう。この鬼城さんのブログ愛読者は大半が学校教師のようで、下波ならず離島などへも勤務された方が多いようですが、みなさんの小学校時代は60人学級だったでしょうが、お勤めになられたときは何人学級でしたか? 今ではそれがさらに急速に減っているのでしょうね。学校は統合できましょうが、ついの棲家である墓を守する寺は、無住から一応兼務住職できますが、堂宇の修復は集落の方々の負担で役所は見向きもしませんから、やがては廃寺ですか?
神宮寺は昭和の始めは、まだ無住のようでしたが、いまは堂宇もないのですか。城山のサイレンをならすまでは潮音寺から午報の鐘が鳴りましたが、ここはいまどうなっているのですか。とにかく、宇和島は寺の多い街、空襲直後は市役所が寺に分散したことがあったようです。
 海端の地域は、海の恩恵で暖かく、雪や霜の害から守られていますね。鬼北は、海抜も高く、盆地のようになっているので、寒さは厳しいようです。お地蔵さんの写真が、構図もいいし、赤と黒の帽子と前掛けがおしゃれで、気に入りました。我が地区にも、お地蔵さんが道端に奉納されています。等妙寺まで、遠くて行きづらい方々がお参りしていたと聞いたことがあります。元は奈良三部落の共有財産でしたが、修理の話が出ると、遠くの地区が権利を放棄されました。これも時代の流れなのでしょうね。
吉野の食いしんぼう 様
「ちんちべべ」なつかし~い!自分も若かりし頃の正月は和服でした。痩せていたので腹にバスタオルを巻いて・・・(笑い)今では必要はありませんが、和服がない。(爆)信仰心は強いものが在りますね。道端のお地蔵さんにも毛糸の帽子がかぶせてありました。
 2日、同窓会に招かれました。松野のMもと校長先生もご一緒です。35年前です。年を取るはず・・・
 動物との共存は無理になってきています。鹿、猪、白鼻心・・・熊?(昔は結構話題になっていました)、青鷺やカラスの鳥類、農家の方にとっては頭が痛い課題ですね。今年はカメムシまで異常発生し、害は計りしれないとか。来年こそいい年になるよう祈念しましょう。
いどれは廃寺・・・
木下博民 様
 3つの寺ともに堂宇はあります。しかし、人が居ませんから生活臭がないせいか、だんだん荒れていっています。檀家の方たちのために近所のお寺さんが兼務されているようです。むかし、子どもの頃に神宮寺で山伏の火渡りの行を見たことがあります。今はただの野原です。堂宇はくづれたら、そのままでしょう。
 避難場所は山の上しか在りません。17mの津波でも来た際には、どうにでもなれというあきらめも出てきています。どんな計算をしているのか?旧市内は全部つかります。幸いなのは津波が来るまで30分から1時間の余裕があることくらいですね。さてさて来年はいい年になるよう祈念しましょう。
地方の時代?
tentijin 様
 海岸のことをtentijinさんに言うのはほんとに「釈迦に耳に説法ですね。」豊後水道を登ってくる暖流の恵みはすばらしいものです。しかし最近では、温暖化の波も・・・熱帯魚が巣くってきているとか。どうなるんでしょうね?
 信仰心の欠如も少子高齢化と過疎化の影響大ですね。これだけはどうしようもない。古い街並みを残すのも同じだと思います。すべては個人の考え方です。大勢の人たちが膝つき合わせて話し合った昔が懐かしいですね。来年もいい年になるよう祈念しましょう。
津波
少子高齢化と過疎化で地域は疲弊してゆきます、その上に東海地震だ東南海地震だ南海地震だと何回(失礼)聞いても年寄りは逃げることも出来ません。豊後水道には地震帯はないのでしょうか?この辺りはリアス海岸なので巾着湾になっているので津波は拡散せずに盛り上るのでしょう。海抜2mくらいではひとたまりもありません。
騒ぎすぎですね・・・
うわつ 様
東南海(三重沖)、南海(高知沖)、日向灘(宮崎沖)の各活断層が連動して一気に動けばという仮定の話です。東北はたびたび起こっていて、今回の地震は江戸時代にも有り、危険視されていました。しかし、こちらの地震に関しては、今まで連動して起こったことがないんです。石器時代以前は知りませんが・・・それを学者が我先に巨大化して・・・このような話題になるとあきらめる人が多く出て効果無しですね。
リアス式で津波が巨大化するという学者も居ますが、仙台の松島などは島に助けられたと言っていますから、これも当てには出来ません。串間が防波堤になると思っています。
さて、いつくるか?騒ぎ立てると「狼少年」のようにしらんふりされる日が来ますね。
 今年も無事(足の怪我は在ったものの)過ごせました。来年もよろしくご指導ください。今夜、宇和津彦神社で会えるかな?
土佐久礼
もう土佐久礼で一杯やっていますよ~(笑)吉と出るか凶と出るかはお天道様まかせ、車中泊して初日の出を待ちます。もっと良い所があるかも知れませんが、駐車場から20歩くらいで撮影ポイントに行けます。運がよければダルマ朝日とけあらしが期待できます。今回で5回目の挑戦ですがどうなりますか?お日様しだいです。良いお年を~
遅くなりました・・・
うわつ 様
飲めたですか?同窓会の折、あまり飲めなかったような気が・・・顔が赤くなるのが早いだけかも・・・(笑い)久礼といえば、漫画「土佐の一本釣り」ですね。若い頃、よく読みました。コメント返し、遅れて申し訳ありません。

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