野路菊 | 鬼城

野路菊

2013.11.21.Thu.18:00
11月16日愛媛新聞朝刊に高茂岬の野路菊が紹介された。
 この花は西日本に分布している固有種で牧野富太郎博士によって発見、命名された。

城辺に行くついでに西海を回った。
十数年ぶりに高茂岬に・・・
しかし野路菊の盛りは過ぎていた。

高茂岬0

高茂岬

ここは西に突き出しているが、由良半島や佐田岬のように長くはない。
もう一つ岬といいながら灯台はない。

豊後水道に向かって広々と開けている岬である。
中でもこの野路菊の群生地として昔から知られていて、西海町時代に整備された。

高茂岬1

足摺宇和海国立公園に属する。

高茂岬2

この急な坂道は海岸まで下っている。
若い男女が見えるだろうか?
磯もいくつかが見えていた・・・

高茂岬3

野路菊の花は群生も良いが、一輪とってもきれいな花である。
この岬一体に咲き誇っている。

高茂岬5

眼下に見える岬は鼻面岬

この海は鼻面沖というそうだ・・・

高茂岬6
コメント
私は小菊の中で、野路菊に勝る物はないと思ってる位、大好きな花です。華展に出す作品に野路菊があればな~と思うことがしばしばありました。
 高茂岬は幼友達を3人と行って、忘れられない思い出があります。お弁当を終え、私が携帯ガスとコッヘル、水を持って行き温かいコーヒーを飲む予定でした。ガスにヘッドを付け、コッヘルに水を入れ、さ~点火。マッチも100円ライターも忘れ、どうすることも出来ずブーイングが。
 まさしくあの日見た景色が。
武者泊からの出船は昭和の時代に沖磯に何回か行きましたが。今は亡き恭喜先生とも行ったのが思い出されます。高茂や鼻面の地磯には下りたことがありません。岬から岩づたいに下りて釣る猛者もいたようですが「そこまではしたくないねぇ~」と話したものです。
道路から地磯に下りて事故に遭う釣り人もいますが、三間の方も行方不明になったままですね。

ツワブキの花を見にドライブ、外泊の石垣を見に行ったついでに一周、この2回だけ有ります。ロケーションがいいですね。道は良くなっているのでしょうか?
野菊と言えば、伊藤左千夫の「野菊の墓」を思い出します。「民子の墓の周囲には野菊が一面に植えられてた。・・・・幽明遥けく隔つとも僕の心は一日も民子の上を去らぬ。」
木下恵介に凝った映画「野菊の墓」がありますね。ときどきビデオをみます。
高茂岬
吉野の食いしんぼう 様
ご友人の顔、思いが目の前に見えるようです。(爆)可憐な花ですね。この花は高知県の生んだ植物学者、牧野富太郎博士が発見し、名前をつけた花だそうです。そうか、食いしん坊さんは生花も堪能なんですね。野路菊は明浜の海岸端にもあったんですが、今年は見当たりませんでした。
愛南まで縄張りとは・・・
海野貴公子 様
外泊まりの一部が整備されただけのようです。貴公子さんが行った頃とあまり変わっていないでしょう。磯の降りるのも命がけ・・・釣り人の考えはやった人でないと分からないですね。懐かしい話、恭喜先生が出てきましたね。この方が○○課長の頃でしたか、「おつまみ会(麻雀)」「天狗会(つり)」などの会を立ち上げた話は有名ですね。猛者と無茶は違いますね。三間の方のことは知りませんでした。貴公子さんも用心用心・・・
懐かしい映画
木下博民 様
相当数、ビデオをお持ちですね。私は古い映画がBSで流れるたび撮ってDVDに焼き付けています。昔の映画は切り取りが自然でうまいですね。特に木下恵介の映画はこだわりがあるようです。どうも私には彼の撮影(切り取り)技術が日本人的な発想のような気がします。
 ここは、渡り鳥のメッカでもあるようで、V字に並んで飛ぶ雁の群れなども観察できるようです。外泊からこの高茂岬までの道には、夏は陸蛍が出現したり、昼間からイノシシやサルもよく見かけます。この岬の風の強さがよく分かるのは、大きな木が生えてなく地を這うように風に靡いたごとく枝を伸ばす低い木が生えているのが特徴的ですよね。野路菊もきれいで逞しく咲いていますね。
愛南にいたことが・・・
tentijin 様
tentijinさんも愛南にいたことがありましたね。詳しいはずです・・・渡り鳥は見ませんでしたが、帰り道に猿の親子に会いました。カメラを向けると山に逃げ込みました。この日は風もなく、穏やかな日でした。台風などの日は大変だと聞いたことがあります。ほんと、豊後水道から太平洋にかけての風の通り道ですね。

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