秋の夕焼け | 鬼城

秋の夕焼け

2013.11.19.Tue.08:00
三ツ畑田島と夕陽

愛南町御荘に入る手前、室手海岸からの夕陽・・・
「うわつ」さんは、この島の真ん中に沈む夕陽を撮っている。
季節的にはもっと後になるのだろうか?

愛南町に勤務していた頃、年賀状に使ったことがある。

夕焼け1

この夕陽も愛南町須ノ川手前から・・・
国道脇にカメラマンが・・・バス停で止めてシャッターを切った。

手前は帰宅を急ぐ漁船だろうか?
前出の写真と同じく筋雲が・・・
だるまになるかどうか、待っていたが水平線上には雲が・・・断念!

夕焼け2

高山浦からの夕陽

雲の形状がおもしろかったので・・・

夕焼け3

夕焼けと一本杉

春日八郎の「別れの一本杉が、頭に浮かぶ人は、昭和半ばの生まれ・・・(笑い)

夕焼け4

愛宕山からの夕暮れ

秋になると空気が澄み、雲の形状もはっきりしてくる。
残念ながらカメラの腕がないため、目で見たとおりには行かない・・・(泣)

夕焼け5

散歩の帰り道

広小路からみた夕焼け・・・
なにかに反射しているのか、サーチライトみたいに一本の光が天空へ・・・

夕焼け6
コメント
たった今、3年ぶりに宇和島を見てきた友人から電話があり、実際に見た宇和島と、これまで心に温めていた宇和島との落差の激しさに嘆いていましたが、まあ故郷というものはいつの時代もそんなものでしょう。
しかし、自然の景観だけは少しも変わりませんね。
ふるさと
木下博民 様
思うとおりに行かないのが世の常ですね。昨日、秀宗入府400年の集まりがあったようですが、記事を見る限り、いやし博のレプリカのようですね。継続して宇和島を売り出す案は同じメンバーでは難しいでしょう。大河で集客したところが次年度には閑古鳥が鳴くように・・・この節目は宇和島の将来の出発点にしたいと思っていました。どうも無理みたいですね。お祭り騒ぎで終わり・・・
自然は徐々にですが変わりつつあります。津島道路などが開通したときには、岩松川のほとりは良くなるでしょう。しかし津島町の活性化は望めません。さてさて、一方良ければ一方が・・・
将来
鬼城さんこんばんは
愛南に行ったり高山に行ったり行動範囲が広がりましたね。
三畑田島は12月4日頃にダルマ夕日になることがあります。お天気しだいですけどね。その時は海水浴場に下りたほうがベストです。
若い時は袋町や恵美須町辺りの賑わいを夢見ていました。映画館もツバメ座・スバル座・菊みどり・ロマン座・東映・丸劇・日劇・朝日館もう一つあったけど?忘れました~
これほどあった映画館も無くなりました。
昔の栄華を(これはシャレ)求めるより、穏やかに暮らせる町であってほしいです。
それも無理だな~と、思っていますがね。

意欲
うわつ 様
新劇ですね。今は「もちっ子」のところですね。新劇の後は「かちとき」というパチンコ店でした。ここの釘師と知り合いになったけれど勝てませんでした。(笑い)宇和島はよきリーダがいない・・・それだけ魅力がないのだろうと思います。あきらめムードが漂っている風潮ですね。と批判しても自分も何もしないのだから、文句を言いどころかと叱られそうですが・・・
 美しい三ッ畑田のロケーションの中に、苦い思いと楽しい思いがあります。
苦い想い出
 イサギが入れ食いだという遊漁船情報を仕入れて、番城の仲間6人で御荘長崎に行きましたが、釣れたのはシャンシャゴ(イサギの子)。確かに入れ食いでしたが、S61年だったと思うが一人8,000円。高~~い(怒)
 楽しい想い出
  三ッ畑田を見ながら、その向こうの横島や小横島での夜釣りを思いながら中泊に急いだ ものです。翌日も、時にはウキウキして、時には今度こそはと三ッ畑田を見ながら帰った ものです。
  今でも、通るたびに胸がジ~~ンとします。 


こんな綺麗な夕焼け実際に見てみたいです。
 私昭和26年生まれ、「別れの一本杉」1番なら歌えます。母に言わせると田休みの楽しみで近永の映画館に私も連れて行ったというのですが、一面ススキの原の画面だけ覚えているのですが、あれがそうだったの?(喜びも悲しみも幾年月は画面も主題歌も鮮明に覚えているのですが)
 愛南町の歯医者さんに定期検診に行くことがあるので、三ツ畑田島に注目します。
 海の近くの人は、海に沈む夕陽も、海に上がる朝日も美しいとは言うのですが、いつも見ているせいか、どうも我々山の者と違う感覚で見ている気がしてなりません。どちらも間違いなく美しいのですが、・・・。
極端に腰が痛んで、おろおろしていたせいでしょう。書き終わって、送ろうとしたら電話がかかり、それに気をとられてこちらは操作ミス全部消えました。
書きたかったのは「夕日と人間の心」でしたが、またいつか、こちらが沈んでしまわないうちに書きましょう。「西沈む日を大海に」というのが土井晩翠作「宇和島商業学校校歌」の一節ですが、なぜ校歌にこの言葉が添えられたのか?単に宇和海の夕日が美しいというだけではなかったのです。
三ッ畑田の思い出
海野貴公子 様
 三ッ畑田の思い出、楽しく読ませてもらいました。あの磯が釣り場になるとは・・・この景色は国道からなんですが、実は中浦のアンテナ山(正式名称は知らない)から眼下に見えるんですよ。磯に打ち寄せる波、付近まで養殖の筏もあり、結構、豪快な景色です。
 狙っていくと「坊主」、狙わず平常心で行くと大漁!世の常ですね。
映画
吉野の食いしんぼう 様
愛南町の歯医者さん?よほどの名医なんでしょうね。今頃から空気が澄んできますので良い写真が撮れると思います。「うわつ」さんは海岸まで降りていくそうです。運が良ければだるま夕陽に成かもしれませんね。
「喜びも悲しみも幾年月」、何度見ても感動します。別れの一本杉の映画は知らなかったです。灯台守は現在はいなくなりましたが、あこがれの仕事でした。機会があればDVDをお母さんのためのお送りします。
自然、見慣れた風景・・・
tentijin 様
日本の景色は四季、一日、天候・・・いずれの条件下でも美しい。最近それが壊れそうで残念です。秋田の被害、大変ですね。昨日、萩津和野方面から帰ってきました。津和野の水害(7月9、半端な状態ではありませんでした。今でも復旧は無理なようです。山口線貴婦人号はもちろん走っていません。鉄道は寸断されたまま・・・復旧見込みは立っていないとか?美しい自然のままでいてほしいと願うばかりです。
「夕日と人間の心」ですか?
木下博民 様
歌詞と歴史、歌と歴史もおもしろいですね。土井晩翠の考えを是非知りたいですね。萩津和野から昨日帰ってきました。記録はブログ上で・・・

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