宵宮 | 鬼城

宵宮

2013.10.29.Tue.15:00
宵宮

我が家の氏神、宇和津彦神社の秋祭りの宵宮が行われた。
7時より祝詞が・・・
明日の出番を待つ3体の神輿が鎮座している。

宵宮1

本殿前

すでに猿田彦をはじめとする浦安の舞の巫女たちが待っていた。

宵宮2

7時30分牛鬼の本殿への突っ込みで宵宮の行事が始まった。
昔は舞台を組んでもっと賑やかだった。

宵宮3

猿田彦の尊の祝詞
横に並ぶ稚児さんたち・・・

宵宮4

浦安の舞

カメラの腕がないせいか、手ぶれを起こしている。
フラッシュ撮影も分からず苦労をして撮った1枚・・・

宵宮5

宇和島藩伊達領地で有名な獅子舞は家串のもの(愛南町)
佐伯町の荒獅子は家串から伝わったと聞いている。

宵宮6

振り付け

太鼓をたたく者と獅子の掛け合いに物語性がある。

宵宮7

八つ鹿

仙台より伝わったとされる。
雌鹿を探す雄鹿・・・
歌に物語性がある。

宵宮8

現在は演じる子どもも少なく集めるのに苦労をすると聞いた。
頭、衣装を数年前に文化庁の補助金で新調している。
驚くなかれ、一千万円近く掛かったと聞いた。

宵宮9



コメント
やっぱり規模と品格が違うな~って感じるけれど、我が故郷の祭りはそれはそれで土の香りなどもして愛着があるな~って思いました。来年は浦安の舞等もじっくり見て、大好きなお餅撒きまで参加しようと思っています。
 宵宮って幻想的ですね。
佐伯町に荒獅子あるのですか。家串のモノはDVDに収められたのを所持していて時々見ますが、素晴らしい芸能ですね。
神さまのお旅立ちの安全を祈る猿田彦の祝詞、どのような文句でしょう。この神さまは容貌魁偉鼻長七咫、身長七尺余といいますから、道中も高足駄で威圧しますね。時代とともに工夫され素晴らしい造形の神さまになっていったのですね。しかも男女の子供を連れているところなど、さらに大きいというイメージを伝える工夫なのでしょうか。
八つ鹿の少年は、ウイーン少年合奏団のようなもので、神に捧げる声は清純は声変わりせぬボーイソプラノでなければならぬのでしょう。ウイーンと違うのは歌だけではなく踊らなければならんということ。あちらは世界中から希望者が集まって訓練するが、八つ鹿は狭い範囲で該当少年を探し、なだめすかし訓練するのですから大変ですね。
祭りの形態
吉野の食いしんぼう 様
人間、闇の中で生活してきて、火を使い始め、闇を照らすことを覚えた。これもまさに神事でしょうね。浦安の舞は9月1日、三間の花とり踊りの前にも踊られます。これも見事です・・・地域地域には土地に根付いたものが必ずあるんですね。
「うわつ」さんは沈下橋の祭りを撮りに連休は遠征のようです。もう一つ、知りませんでしたが、臼杵市」では全市を挙げて「竹宵」という竹灯籠の一大イベントを2日の夜、開催するようです。これは新しいイベントですね。ネット検索をすれば出てきます。
見通しが立たない・・・
木下博民 様
どこの町内も後継者不足で、子どもが居ません・・・裏町一丁目の八つ鹿は宇和島市内全域から集めていると聞きました。浦安の舞も同じようです。一昨日訪れた鬼北での話・・・ここには鬼北文楽があります。後継者を育成するため老人会が立ち上がり小学校がクラブを作っているとか。宇和島では無理ですね。高校は進学と部活、中学校は部活と高校進学・・・授業時間にはゆとりがない。学校経営は各学校に任されています。考え方はそれぞれですから、変えることは難しいですね。個人ではなく市全体が考えねば・・・
 私の友人に就職する時に、「一宮様のお祭りの時は、休みます。」と言ったという人がいます。祭りに命をかけているといった感じです。

 やはり、宇和島にとって「一宮様の祭り」は別格ですから、装束等素晴らしいものですね。宇和津に勤めていた時は4年間見ましたが・・、しばらく見に行っていません。
 やはり、神事としての行事には、神話の世界が展開するようですね。田舎全般に人材は足りていないようで、昔はなかった助っ人が多いように思います。伝統あるお宮さんの行事は、ブログで見せていただいても、洗練されていますね。
浦安の舞かな~?
浦安の舞と巫女の舞の区別がつきません。私がこれまで見た下灘の浦安の舞は雅楽の曲に合わせてゆっくり優雅な動きの舞でした。
猿田彦で巫女の衣装で舞うのは巫女の舞ではないかと思うんです。
あまりにも動きが激しくてひょっとしたら他のモノかなとも思います。
今の学校教育を見ていると「家族→郷土→国家」を結ぶ『愛』がありませんね。上から指示されていることだけをやっていますね。郷土の歴史も芸能もまったく知らないでなんで郷土に住みましょう。誰か勇気のある校長が出て、文化祭には必ず「郷土芸能」をプログラムに組み込ませる指導がなされませんかね。部活に「郷土部」というのがあれば、その競演がその町の文化になりますよ。
後継者に悩む祭りの時期になるというもそう思います。祭りとは、大人が子供に贈る最大の財産なのですがね。
お練も本来は大人が支える子供主役の出し物が中心なのですが・・・・
お賽銭も上げていないのに、毎年毎年、小生のために御祝いをしていただき宇和津彦には、ただただ感謝するだけです。
南予一の宮
笑隆で~す。様
昔は学校の教員も祭りの所は、半ドンでした。昼からは各家々で飲み会・・・南予独特の風習でした。今ではそのようなところは、ほとんどありません。お客といって日頃世話になっている人を呼ぶところはまだあります。伊達領の一の宮ですから、もっと盛大にまつっても良いような気がしますが、最近では三島様に負けていますね。花火も上がらなかったなあ・・・
文化の継承
tentijin 様
何処も助っ人なしではやっていけないようですね。昔、宇和津彦神社も神楽はあったんですよ。いつの間にか無くなって・・・岬の神楽、大事にしてもらいたいですね。伊豫神楽の伝統を守ってほしいと願うばかりです。宇和島も系統立てて保存する必要がありますが、行政が動かないではどうしようもないですね。
意欲
木下博民 様
今の子どもは強度武を作っても入部する者はいません。残念なことにスポーツでも楽をして勝ちたい者ばかりです。文化部は丁重ですね。本人の考え、親の考えもあると思います。呼びかけても反応なし・・・強制的に授業に組み込むしか方法はないのかも・・・
お賽銭は?
百姓モドキ 様
おめでとうございます。宇和津彦神社の氏子を代表してお喜び申し上げます。今まで生きてきた中で御利益はあったでしょうか・そういやあ、ecchanが氏子総代で居ましたよ。来年は提灯の一つも寄付しよう!
さて?
うわつ 様
神事の踊りもいろいろありますから、浦安の舞はどうなんだろう。祝いの舞としては賑やかな方が良いのかもしれません。三間の花取り踊りの前に奉納する踊りもゆったりとしています。鳴り物が違いますね。しかし、お練りでは「猿田彦の尊」と「浦安の舞」ですね。
鬼城さん。
郷土部ならぬ「強度武」というのでは、私の躊躇します。それほど郷土に魅力のない郷土に誰がしたか?いうまでもなく大人、先人ですが、本当に今の若者が郷土に魅力がないというのならば、それこそ問題ですね。
部活そのものができない・・・
木下博民 様
郷土部ですね・・・子どもは多種多様で難しい。指導する教師も居ない現状・・・それにもまして親がどのように考えているのか?大人の考えも課題です。郷土に魅力が無いというのではなく、順番が後ろの方で行動に結びつかないんですね。それなら前に・・・これは今の教育事情から言って絶対無理です。それ以前に進学や就職など人生が掛かっていますから強制はできません。
ちょっと寂しいな。郷土(郷土の文化)を忘れてしまった人は、それこそジプシーになりかねませんね。東京に住む私はその点、いまだにオロオロしています。

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