秋の城山 | 鬼城

秋の城山

2013.10.21.Mon.12:00
見事な天守閣

足の調子が元に戻りつつあるので、半年ぶりに城山に登った。
秋晴れで、非常に気持ちが良い。
上り立ち門より登って天守、そして桑折家長屋門の方に降りた。

唐破風、千鳥破風のバランスが良い天守である。

宇和島城1
秋空に映える天守

紅葉の季節にはまだ早い。
空には秋の雲が・・・

宇和島城2

横浜から来られたご夫婦に写真のポイントを教えてあげた。
この場所がバランス的に好きな場所・・・
あくまでも素人の個人的見解である。

宇和島城3

休日でなかったが、城を訪ねる人は多い。
この観光客の方々は宇和島泊まりでなく、通過の街として訪れている・・・
ほかの観光施設に行くかとお聞きしたら、城を見たから十分という返事だった。

宇和島城4

よく訪れる方々に言う言葉
日本で残っている12天守の内、一番自然が残っている城・・・

その中でも井戸丸への登りは野面積み(のづらづみ)の石垣に囲まれている。
 宇和島城で最も好きなところである。

宇和島城5

本丸より海を眺める・・・
この方面はほとんどが埋め立て場所である。
江戸時代は当然、海・・・
曲線は宇和島道路で、左手が津島方面である。
正面の山が九島山(鳥谷ヶ森)
再来年はこの島にも橋が架かる。

宇和島城6
コメント
 久しぶりの御家老様の登城ですね。祝着至極です。

 もう少し紅葉が進めば、足軽の私も登城しようと思っています。

 私も撮影ポイントは、ここだと思います。石垣と城のバランスが良く、お城が一番美しく見えるところです。

 昨日、木下先生の「青年・松浦武四郎の四国遍路」が届いたので読み始めました。先日野井坂を歩き松尾峠を越えたので書かれている内容が、よく理解できとても楽しく読み進めています。また、幕末の宇和島伊達藩の様子がよく分かり勉強になります。木下先生の細かい調査の様子がよく分かります。
 本の内容を頭に入れて、12月には四国巡礼に出てきます。
遍路1番はじめは衛門三郎・・・
笑隆で~す。様
 伝説ですが、四国遍路古い人が http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%9B%E9%96%80%E4%B8%89%E9%83%8E

 武四郎になった気分ですね。昨日、あまりにも傷口が乾かないものですから、荒療治で「はま湯」へ行きました。塩湯、サウナと・・・今朝起きると傷口が小さくなり、乾いているではないですか?塩の力は大きいんですね。これで登城もらくになります。しかし、お城へ昇る人は2~4万人・・・伊達博、天赦園は半分以下ですから・・・高速が開通しても通過の街ですね。

永き日や 衛門三郎 浄瑠理じょうるり(璃)寺 子規
いま、松浦武四郎研究の第一人者山本命さんはお母さんが宇和島の方で、これも何かのご縁ですね。
いろいろな四国遍路がありますが、武四郎のような遍路もまた楽し、ですね。「四国遍路道中雑誌」をお読みになって歩かれると新天地が開けます。
鬼城さん。城山に登られるようになられたのは慶賀の至り。御願いしたいのは、これまでだれも撮れなかった城山写真集を出されてはいかがですか。2枚目、もうすこし左に振って、さらにお城にどっしりした感じは出ないかな。6枚目、この位置からの海は、昔からよく撮られているのですが、時系列に見ると宇和島の発展がよくわかりますね、それにしても昭和の初めは海と田圃くらいの場所ですよね。宇和島の定点観測写真展、または写真集でないかな。
広角
広角だと迫力が増しますね。
広角は思いっきり近づいたほうがいいですね。
お日様を入れて素晴らしい!!
  私も今度登ったときはそのポイントで写真を撮ろうと思います。
 こうして、お城の写真を見ていると愛着が増して、市外からの来客にはこのお城を案内しようと思い始めました。
 今日は宇和の友人宅に行ったのですが、結局2往復してしまいました。菜園で季節はずれの苺を見つけ撮ったのですが、そのままカメラを忘れて。最近カメラはいつも身近に置いてるのですが、加齢と共に探す時間が多かったり、忘れて来たり・・・。(寂しい話)e-351
時系列の難しさ
木下博民 様
山本命さんとは面識があり、楽しく話をさせて頂きました。彼の見識には驚きました。武四郎の古文書を現代文を読むように読みますから・・・字の形が頭の中に入っているとか。まさに武四郎の生まれ変わりと行っても・・・
城を計測的に撮っている方は、聞いたことがありません。また夕日がきれいだろうなと思っても城門が閉まるので、撮ることはできません。時系列に宇和島の八点を取るのは面白いかもしれませんね。親しい写真屋さん(今はない)がよく鬼ヶ城に登って撮っていましたが、写真はどうなったか?
ずーっとテーマを決めてとり続けることは難しいですね。
忘却とは・・・
うわつ 様
 ご指導、ありがとうございます。広角はぐっと近づく・・・よく分かりました。被写体によって使い分けることも「うわつ」さんの写真で勉強しました。いまは動きのある瞬間を捉える方法に挑戦してみたいと思います。年を取ると覚えるのも、記憶も・・・
 そういやあ、昨晩の「ためしてガッテン!」で年齢が行っても記憶力は衰えないということを実証していました。私に当てはまるかどうかは疑問ですが・・・忘れたことを忘れる現状ですから・・・(爆)
お疲れ様でした・・・
吉野の食いしんぼう 様
公磨ではありませんが、「私は誰!」というくらい物忘れは多くなっています。「うわつ」さんへのコメント返しに書きましたが。ためしてガッテンのホープページを見てください。昨晩の内容が出ていると思います。
宇和も行きやすくなりましたね。先日、バッテリーが上がっていて、ブースタで充電、そのあと自動車道を宇和まで何度も走りました。宇和島宇和間は15分程度ですね。
お城の案内、是非知り合いの方にしてあげてください。ほんと、全国でこれだけ整備されていない城も皆無です。うっそうと茂る森・・・市の中心にあるのですから・・・
松野情報楽しみにしています。いつもデジカメを持って情報発信を・・・忘れることに無いように(笑い)
 登城のほどに回復されたようで、よかったですね。宇和島城は、母と登ったり、彼女風の方と登ったり、故郷を離れて写真で再会したり、そんな思い出の方が先行して、歴史やらは、少しも私の頭の中には浮かんでこないという猫に小判状態が、今も続いています。迫力のある写真は、広角なんですね。
歴史
tentijin 様
迫力ある写真とは言いがたいです。もっとアップ気味を考えていたのですが、残念、腕が伴わない・・・城は良い、何処の城でも歴史を感じさせてくれます。体育祭の出番前にさぼって城に登ったことがありました。これも城にまつわる思い出ですね。一人二人消えても分からないほど、子どもが多い頃でした。
宇和島城に関する、詩歌など文学資料を徹底的に集めて提供できたら、宇和島の子供たちも自慢の種になるかもしれませんね。意外な文人は宇和島城を歌っていたり、随筆の書いていたりします。
そういう本を出すもの宇和島観光の一手段なのですが・・・・
「海に入る夕日をうけて紅(あけ)に染む城を見たりき旅遠く来て」は、山下陸奥(1895~1967.尾道の人)の宇和島城の連作の一つですが、さてこんな情景が実際にあるのかな?
景色
木下博民 様
 お名前の通り、博学で感心します。取得している情報量は計り知れないものがありますね。詩歌を集めるとなると大変な作業です。資料が一括していませんから・・・
 山下陸奥の詩の情景ですが、愛宕公演から夕日の染まる宇和島城天守閣が見えます。こんな情景の時に限ってデジカメを忘れていて撮っていませんが・・・また、地形から言っても夕日が海に入るという情景はありえません。
 方向として、海側からは木々に囲まれ、今の時代は無理ですね。

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