お施餓鬼 | 鬼城

お施餓鬼

2013.08.20.Tue.15:00
お施餓鬼

すっかり忘れていた。
朝は覚えていたのに、散歩の途中思い出し、慌てて帰宅・・・
お盆の時にも撮っていたが、菩提寺である大超寺本堂・・・
このように大きな木造の本堂は無く、県の重要文化財に申請中とか聞いた。


さてその由来は

その由来は、『 救抜焔口餓鬼陀羅尼経 (くばつえんくがきだらにきょう) 』というお経によるといわれています。

それによると、釈尊の十大弟子の一人である 阿難尊者 (あなんそんじゃ) が、ひとりで瞑想している時、口から火を吐く一人の恐ろしい餓鬼があらわれ、「お前は3日後に死んで、我々と同じ恐ろしい餓鬼道に落ちる。」と言いました。恐れおののいた阿難尊者が、どうしたらそれを免れることができるかを釈尊に尋ねたところ、釈尊は、「その苦から免れたければ、三宝(仏・法・僧)に供養しなさい。また無数の餓鬼たちに食物をほどこして供養した 功徳 (くどく) により、餓鬼も救われ、その功徳によってお前も救われるだろう。」と答え、姿を消しました。

施餓鬼会 (せがきえ) は、釈尊に教えを請い、寿命を延ばすことのできた 阿難 (あなん) の説話にもとづく行事であり、その求めに応じて釈尊が示された修法が施餓鬼会のはじまりとされています。

そして餓鬼だけでなく、先祖代々や広く無縁の 諸精霊 (しょしょうれい) を供養し、また同時にみなさん自身の 福徳延寿 (ふくとくえんじゅ) を願うわけです。


施餓鬼1 


本堂内部

施餓鬼法要は19時からなので、まだ檀家の方々は少ない。
右手にはお盆までの一年間に亡くなった方のお船。


施餓鬼2

今年初盆のお墓の地図

お盆の間に関係のある方の墓参りに行く風習がある。
お墓は入り組んでいるのと、石碑を見なければ分からない。
そのための地図である。
お参りしたときは記名した花櫛を添える。

施餓鬼3

一般の檀家の方々のお船売り場

お手伝いは檀家の方のボランティアである。

施餓鬼4

各寺には池があり、そこにお船流し場を作る。
 
川に流すところもある。
慰霊のお船流し(灯籠流し)である。

施餓鬼5

色とりどりの流旗

いわれがあると思うが、分からない。
晋山式とか落慶法要などで使われる幕も同じ彩りのようだ。
施餓鬼6
コメント
参拝すあが「花串」を捧げるのは、名刺代わりですかね。昔と違ったのは「山灯篭」がないことですね。これは戦時中空襲の標的にされるということで中止になったとかききましたけれど、この程度で空襲の標的をまぬかれるなんてことはありませんよね。
施餓鬼会は子供たちにもその意味を充分伝えておきたいですね。
伝統行事
木下博民 様
灯籠はあります。初盆のところが、8月1日に灯籠を自宅に飾ります。この行事は灯籠はじめと言います。8月31日には灯籠仕舞いといって自宅から寺まで明かりをともして持って行きます。寺の境内で焼きます。和紙を折ったきれいな背丈ほどある灯籠ですね。お船はだんだん簡素化されています。おそらく作成者が居なくなったためでしょう。
花櫛はこの地方独自奈ものか分かりませんが、名刺とお供え代わりでしょう。このような伝統も薄な割れていくでしょうね。
 我が家の寺は、等妙寺ですが、あまりお寺の行事に参加した記憶がありません。風来坊のように生きてきた証かも知れないと少し反省しています。阿難の説話、聞いたことがあります。精霊棚(盆棚)に野菜を飾って餓鬼に食べさすと聞いたようにも思います。親の代には、しっかりと意味が分かって飾っていたと思いますが、私の代ではあやふやな世界に突入しているようです。
自分も歳をとり、お世話になった伯父や伯母の初の盆を経験し、この様な行事を知りました。立派な本堂ですね。我が家もいずれお世話になるお寺の準檀家に名を連ねていますが、宗派を聞かれると?
まだまだ学べばならないことが多いと感じます。
家に飾る豪華な灯篭のほかに、墓地に家名を記した矩形の大きな灯篭をともして、訪ねてくれる人に所在をはっきりさせたのです。これが盆には墓地のあちこちにともされてとても綺麗でした。それをともしている間は、家族が必ず墓に居ました。
餓鬼道
tentijin 様
施しの理念なんでしょうね。それと先祖霊を弔うことと重なったのではと思います。池の正面には祭壇が飾られ、日頃仏事など疎い私でもさんかするという、結構賑やかな行事です。本堂では初盆の親類縁者の方たちが満席の状態でした。合掌
宗派
吉野の食いしんぼう 様
宗派に関しては、何を主体にしているのか専門でないので分かりません。我が家は浄土宗(開祖法然上人)総本山は知恩院・・・区別は分かりませんが大本山は芝増上寺です。教えなどは勉強不足で・・・(汗)それにしても宇和島地方(伊達家領)は神社仏閣が多いですね。
山灯籠
木下博民 様
勘違いでした。それが山灯籠というんですね。今はありませんね。火事とか、弔う人が付かなければならないことに抵抗があるんでしょう。今であれば熱帯夜・・・熱中症の心配もあるでしょう。何しろ、現在のお墓というのは、コンクリートの塊の中にありますから・・・
話は別ですが、機会があれば、盆行事の山鹿灯籠祭りに行ってみたいと常々考えています。
山鹿灯篭祭は、山鹿大宮神社の祭りだそうですね?これも盆の行事なのでしょうね。神仏、どうってことはないのかな?山鹿温泉に入られて楽しんできてください。鬼城さん。
よーへー節
木下博民 様
もともと神社の祭りですね。宇和島と同じく行政がらみなので「灯籠祭り実行委員会」形式ですね。踊りも幻想的でさることながら、骨なし灯籠(紙細工)が女性の頭に乗っているところが見たいのです。これも日本人の「物作り文化」でしょう。来年は是非行ってみたいと思っています。さてさて、行きたいところが多く、どうなることやら・・・
施餓鬼
施餓鬼に何度か行ったことがあります。
私が行ったのは城川町の曹洞宗のお寺で昼間でした。
なので灯篭などはなかったです。
宗派によって違いがあるのでしょうね。
宗派
うわつ 様
宗派によって違いはあると思います。方法とか、期日とか・・・近辺の浄土宗のお寺は、日を変えてやっているようです。法要には同じ宗派のお坊さんが10人ほど参加されていました。昨晩は龍光院だったと思います。泰平寺は前の神田川をせき止めてやっていますね。

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