苔筵(こけむしろ) | 鬼城

苔筵(こけむしろ)

2013.08.18.Sun.18:00
喫茶「苔筵」

前から友人の「木工おじさん」から良い喫茶店があるから行かないかと誘われていた。
魅力は森の中の閑静な喫茶店・・・
そして大事に育てている苔とのこと・・・

忘れるところだった。場所は国道56号線を松山に向かって八幡浜に行く旧道を通り過ぎる。
すると右手に水上ゴルフの看板が・・・
その道を登ると駐車場が・・・2カ所ある。

苔筵1 

里山の開墾

マスターが、お父さんの後を引き継ぎ、4年掛けて造ったものだそうだ。
桧林はきれいに下刈り、枝打ちされていて、地面には苔が一面に・・・
この暑い日照りの中でも苔は青々としている。
湿気を含んだ土地のせいか?

苔筵2

遊歩道

至る所に「小さな庭形式」の仕掛けもある。
これは、まだ新しい水車・・・

苔筵3

これが本業?喫茶「苔筵」

オープンカフェで木の床に木のテーブル、椅子も同様・・・
普通日にもかかわらず、満席・・・
ちなみに駐車場も満車状態であった。(10台以上)
家の中は喫茶部と展示場

苔筵4

催し物

3人展開催中・・・
{NA・GO・MI」展 2013

かわらや菊貞(菊間瓦)
苔久(苔玉アーティスト)
智遊庵(書道)
すばらしい作品で表題のごとく「和み」そのもの・・・
写真は炭に植えられたハーブ系?の観葉植物。

苔筵5

喫茶店の下にはマスターのお父さんが築いた築山・・・40年ほど経っているとか・・・
初めて訪れたが、予想に反してすばらしい空間であった。この暑い中でも苔の庭を通る風は涼しい。

写真は昔懐かしいポンプ・・・苔むしているところが良い。

苔筵6

以前はこの場所が食堂だったそうだ・・・

苔筵8

築山の中の水車
苔むしているところがすごい・・・

苔筵7
コメント
いつにしようかと思っていましたが実現しました。
今6月に 個展でここを訪ねたのですが、南予にもこのような素敵な憩いの場所があるのかと驚き、鬼城さんにも行っていただきたくお誘いしました。初秋の苔筵・・オハグロトンボが数羽苔の筵の上をひらひらしていましたね。撮りたかったのですが、追いかけるだけで・・。
癒やしの空間
木工おじさん 様
ご案内、ありがとうございました。国道からすぐのところにきれいな里山が・・・お父さんから受け継がれた苔の管理、合わせると半世紀もやっておられるんですね。それと趣味の苔玉作りなど多彩なマスターで大変気さくな方でしたね。友人たちにも是非行ってもらいたいと宣伝しています。しかし、この暑さ、雨上がりが良いですね。
なんとなく侘しいけれども「苔筵」などという詞は万葉人の住まいを感じますね。
ここ、本当にくつろげる良いところですよね。3回位お茶に寄りました。友人は食事もしたことがあり、お勧めでした。短い時間でしたが、ご主人が声を掛けて下さり、お話も魅力的で楽しい方でした。私が初めて行ったときは「えびね」が綺麗な季節でした。
佇まい
木下博民 様
ネーミングも良いけれど、趣もいい。国道の上手にあり、昔より林業の盛んな地域で、その利用も兼ねている。枝打ちされた桧を久しぶりに見た。苔だけで無く、山全体も整備されている。マスターは仕事をリタイヤ-後に苔を使った盆景など教えているとか。また足を運びたい店ですね。
満足
吉野の食いしんぼう 様
さすが、よく知っておられますね。私は何度も誘われながらやっと行くことができました。紹介通り、すばらしい店でした。この暑さを忘れさせてくれるような山里・・・コーヒーもおいしく頂きました。
 涼しげでいいところですね。贅沢な空間だと思います。そこまでに整備するには長い時間がかかったことでしょうね。いいなと思っても、なかなかここまで完遂することはできないと思います。
山の購入・・・いかがですか?
tentijin 様
いまなら山も安い!中国の方たちが水狙いで日本の山々を買いあさっているとか?水はどこの国でも大事です。それを粗末にするようになってはいないでしょうか?この空間は木々を大事にすると同時に水ある風景も作り出しています。一度行ってみてください。
静庵
コケのお店があることは知ってたのですが、侘び寂びの持ち合わせがないので行ったことはないんです。聞こえる音は水車の回る音と落水の音だけ、林の中を時折吹き抜ける風の音と小鳥のさえずりだけなのでしょうね。皆さん静かにコケの風情を鑑賞してるんでしょうか?ちょっと気になります。
15日はお世話になりました。「苔筵」直接メールでご案内ありがとうございます。
是非、女房と出かけてみます。ブログで拝見すると、なんとも言えない風情がありますね。
DVD「黒部の太陽」観ました。関西電力が社運をかけ黒四ダム建設、熊谷組と間組が7か月
に及ぶトンネル掘削「破砕帯」戦い・・・凄かった。
あの石原裕次郎のお父さん(石原潔氏が喜多郡長浜町出身で山下汽船の社員だった)は長浜
出身という意外な事実うれしくなりますね。
廃校、残念です・・・
ホッホ 様
山下汽船をご存じとは、うれしくなります。石原氏が重役で勤務していた頃、子どもの慎太郎氏は和霊神社で遊んだことがあるとか。あの当時は映画のバブル期ですね。変わる度に行っていました。苔筵、是非奥様をご案内して上げてください。
そうそう、奥様は仕七川のご出身とか。ここの中学校は先輩の先生が教頭で務められていたことがありました。もうひとつ、忘れてならないのは、息子が中学時代、県大会の団体戦、卓球の試合で負けたこと・・・仕七川中学校はこのとき、県優勝でした。応援は当時の美川村?村上げての応援だったような感じでした。歴史ある学校も廃校となるところが多くなってきています。
うわつ 様
雨上がりが良いですよ。休みの日なら、結構ファンが居るみたいです。写真の被写体には最適かもしれません。小さな里山という感じです。マスターが気さくな方なので苔などについても教えてくださいます。ちょっとした休憩に・・・
ホッホ様
黒部の太陽はいい映画ですね。裕次郎が製作した映画の最高傑作です。私も、現役時代、工場の若い人に見せようと、まだ映画館で上映されていたものを強引に会社に持ち込んで、大講堂でこっそり上映させたことがありました。今は誰でも見られますが、三船がやった関西電力社長が、「70%の可能性だあれば決断する、それが経営者の仕事だ」という台詞がありましたが、忘れられません。
丁度、「山下土地会社宇和島出張所」が朝日町の開発を手掛けていた昭和初期の時代について書いていましたので、石原裕次郎の親父さんの勤めていた山下汽船を懐かしく思い出しました。
宇和島運輸の貨物船予州丸を山下汽船が傭船して世界を航行したことなど、もうほとんどの宇和島のかたのご記憶にはないでしょうね。
そうそう、私もこれから所持のビデオで「黒部の太陽」を見ることにしましょう。
鬼城様、木下博民様
鬼城さん、木下博民さんからコメントいただいたので返信いたします。
きずな秋号を見ますと巻頭に木下さんの耄寿漫言のエッセイと経歴が1922年生まれとあります。
その年代近しい人で考えると自分の父(1918年生まれ)母(1921年生まれ)になります。
職歴、著書も素晴らしいですね。日頃のコメント、ご活躍を読みますと、とにかくお元気で、博識で
好奇心の塊、モチベーションも高く(やれ、私は歳だからあれも、これも無理というそのあたりの
歳という隠れ蓑で何もやらず愚痴ばかりの老人とは大違い)限界知らずの心構えには本当に尊敬いたします。私のような若造が偉そうな事言って御免なさい。

私、小さな印刷会社をしておりまして短歌「愛媛アララギ」の月間誌の印刷をしております。
9月号の谺のコーナーに木下博民さんの「遍路歌集」を作って札所に置いたらの投稿がありました。

「黒部の太陽」観ましたか。?
山崎豊子の一連の作品「白い巨塔」「不毛地帯」「華麗なる一族」「沈まぬ太陽」等々徹底的に取材して作りこんでいますから本当に見応えがあり面白すぎる作品ばかりです。
観られてなかったらDVDを借りて是非観てください。
映画「黒部の太陽」では、関電社長太田垣士郎が70%の確立があれば、破砕帯などなんのその、やろう、と決意するところが今でも忘れえないシーンです。もっともこの映画の原作は木本正次で、山崎豊子ではありませんけど、こんど彼女が「週刊新潮」で「約束の海」を書き始めまりましたね。私の生きて居るうちに終わるかちょっと不安です。私は連載中はほとんど読みませんので、ちょっと寂しい。
歳を隠れ蓑にする人は凄いですが、私は本当に耄碌しました。耄碌の理由は、脚が萎えて五感が退化したことです。明日が不安です。
ホッホさん、どうかよろしくご指導ください。

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