時季外れの夜市 | 鬼城

時季外れの夜市

2013.08.12.Mon.09:00
土曜夜市

このイベントは商店街連盟の主催で6月の第1土曜から和霊様の祭りの前の土曜日まで開催されている。
昔ながらの亀レース、やくじ引きなどが行われている。
今回は帰省客狙いか、商店街の活性化か分からないが、8月10日の土曜日に開催された。
酷暑の中、大勢のお客さんが商店街を歩いていた。

時季外れの夜市1
 

終了時間間際

孫たちの帰省時間の都合もあり。出かけたのが8時前・・・
どうもイベントなど8時までだったらしい。
それでも人通りは多かった。

時季外れの夜市0

かき氷100円

安い!

時季外れの夜市2

昔ながらの金魚すくい

お客さんは少なくなったとか。
すくっても、持って帰ることができないのが、今回のネック・・・

時季外れの夜市3

綿菓子

結構、ファンはいるようだ。

時季外れの夜市4

まだまだ、なじみは少ないが「えのはガールズ」
納涼夜市のためライブもあったようだが、片付け真っ最中・・・

http://enohagirls.com/

時季外れの夜市5
コメント
最近、元気のなくなった商店街、久しぶりに活気のある姿を見ました。わか~い頃、裏千家の青年部でお茶席を出していて、当番で出かけたことがありました。今もやっているのかな?
 帰省者が楽しんで帰って貰うといいですね。でも、もう少し日常に活性してほしい宇和島の商店街です。
活性化
吉野の食いしんぼう 様
納涼祭というのだそうです。商店街連盟の方にお聞きすると、準備や計画の苦労に対して人出はイマイチとか。今年は市長選があります。今まで(今回も?)の公約(マニフェストというのは嫌い)で商店街の活性化が上げられていました。全国津々浦々でも上げられていますが、具体策を上げているのはほとんど無い。公約も具体策まで踏み込まないと分かりませんね。たとえば雇用対策なども同様です。具現化する必要があるのですが・・・
淡交会青年部の茶会、いまでもやっているようですよ。
商店街
イベント会場と化しているシャッター商店街ですね~。市役所の移転に始まり、車社会に移行する社会情勢、大型店や直産市の開設で立ち直れそうにありません。
もう、何をやっても焼け石に水の感があります。
何をしたら良いのか?
うわつ 様
シャッター商店街は全国的な風潮のようです。しかし、市長選の公約などでは「商店街の活性化」と公約に上げています。具体的なことは一つも無い。単なるイベントでは客は戻りません。なにか、もがいて居るような気がしますね。
夜市に規制でもあるのですか?それにしても宇和島の夜市は商店街はお店を閉めてやるのですね。人が集まれば商いになりましょうに。
夜市を何のためにやっているのでしょう?
宇和島ほどの大きな街が、商店は朝遅く、夜早く、曜日によって一斉休業していて、小さな通りなのにいくつもの商店会があって、なぜてんでばらばらな運営をされるのでしょう。
ここしばらく帰宇できなくて残念ですが、お店を閉めておられるところが多くなっているのではないでしょうか?一店でも閉めると町全体が沈滞します。個人の店だから閉めようと開こうと文句があるかという方は居られないでしょうが、商店街は町の顔ですから、町全体で活性化を考えることですね。丁度、いま昭和初期の宇和島について調べているのですが、当時は、今ほど店を閉めた商店街であったとは思われません。
ただ、昔のようにぞろぞろ人の集まることをもって「繁栄」という見方そのものが間違っているのかもしれませんね。今は、モノが欲しいと思えばネットで選べ、買えますから、わざわざ出かけることもないだろうし、映画館などなくても、どんな離島でも名画を自分だけで楽しめる時代ですから、商店街のあり方も根本的に見直さなければならないでしょうし、夜市も時季などお構いなく試行錯誤して楽しむ(これで一儲けなどできるものではありませんから)お遊びでいいのでしょうね。
木下博民 様
人が集まって商いができていた時代は遠い昔のこと。今はただ、人通りと出店をひややかすのみ・・・だから徳にならないことはしない理由でシャッターを閉めている。

先ほども電話がありました。選挙戦(25日公示)にまもなく入りますから、電話攻勢が始まったのでしょう。市長選は二人、議員選が30人ほど(24定員)だそうです。皆、公約に商店街の活性化や雇用対策を上げています。今朝の新聞で非正規雇用が1,300万人とか?これで雇用といえるのか?まっ、小さな街ですから、知恵を絞って頑張ってほしいですね。
いくら為政者が張り切っても自力のない商店は駄目になります。商人は為政者に頼ろうなどとは思っていないでしょう。ただ為政者を充分利用しようという商人はいます。もし私が商人であれば使えるものはすべて使います。いまこそ宇和島の為政者は惰性に甘んじることなく身を粉にして尽くす覚悟の人を選ばなければなりません。
 高校時代など、宇和島の商店街を歩くのが当時の私の仲間内での先端の遊びでした。主に、ただぶらぶら歩いたり、ウインドショッピングだけでしたが・・・。たまに裏道の焼きそば屋やおこのみ焼き屋に入って堪能するだけで十分話の種になる時代でもありましたが、今のさびれ方は宇和島といえども、南予の過疎化の大波の内側ということが、根本には横たわっているのでしょうね。
私たち昭和初期の中学生は街を用もなくぶらぶら歩くことが不良の始まりといわれましたっけ。更科といううどんやがあって宇和島では名物でしたが、生徒が勝手に食道でモノを食べることは禁じられていました。
就職試験で大阪へ行った帰りに、会社から貰った日当の一部で、八幡浜の埠頭で食べた月見うどんことなど未だに忘れられません。禁を犯した旅先の冒険です。宇和島の更科は卒業した翌々日だったか、仲間に誘われて念願の店に行きました。ところが食べている途中でも先生に遇いはしないかとオドオドしたものです。
それを思うと、貴方の青春は華やかでしたね。今の宇和島の寂れ方は、僻地でもなんでもない、めまぐるしく変わってゆく社会現象に対応できない、それで満足(?)している方々が多いのではないでしょうか。いま、昭和初期に宇和島の経済界を牛耳った人々の資料を見ていますが、当時の人々のことは今の宇和島人からはすっかり消えています。どうも経済の改革にも連続性がないようですね。言いすぎかな。
地方
tentijin 様
木下先生が、tentijinさんのコメントに関して書かれています。私たちの年代も喫茶店禁止など出入りできない場所が多々ありました。隠れていくことが、後ろめたい気分になったことが思い出されます。寂れているのは日本全国、地方ですね。経済人たちは何も考えていないような気がします。規制緩和をしたのは良いけれど、それによって何もかも、中央集権化してしまいました。大阪都構想も分かりますが、ただ中心を二つにしたいだけにような気がします。
木下博民 様
tentijinさんは同職で年齢は少し下の人です。書かれているように宇和島(現在は鬼北町在住)での生活は私とダブるところが多々あります。コメントなど当を得たものが多く、感心させられます。

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