三島様夏祭り | 鬼城

三島様夏祭り

2013.08.01.Thu.09:00
三島神社夏祭り

朝から打揚花火が聞こえてくる。
今日7月31日は三島神社の夏越祭・・・
氏子でないので行ったことはない。
7時過ぎ、思い立って行ってみた。
驚くべき人出である。
それと屋台の数が30軒はあるだろうか、和霊様と匹敵するくらいの数である。
知人には会わないだろうと思っていたが、あにはからん、「補導員」「見守り隊」の面々が・・・

三島様1
 

一の鳥居をくぐり、二の鳥居へ

両サイドは出店の列、奥では氏子の方々だろう、バザーも開かれているようだ。

三島様2

神社仏閣で共通なのが手洗い場

身も心も洗い流してきれいにしてお参りする。
作法があるようだが、最近では省略している方が多い。
中では四国遍路の方々がきちんと作法通りやっているようだ。

三島様3

茅の輪

ところ変われば品変わるでここの茅の輪は大きい。
そして頭上に注連縄が・・・
くぐり抜ける作法もここでは無いようで、ただくぐり抜けていた。

三島様4

本殿

願い事は家内安全、豊年祈願、無病息災とうとう・・・
賽銭箱にはお賽銭と人型が・・・

三島様5

花火大会

毎年、我が家から花火を遠方から見る程度だったが、行ってみると仕掛花火も・・・
ナイヤガラの滝だろう。
葦の葉に火が移らないよう、」地元消防団員の方々が散水していた。
自宅に帰り、花火の音を聞くと8時頃より30分ほど打ち上げられていた。
三島神社の氏子の方々の心意気だろう。

三島様6
コメント
三島さまには行ったことがないのですが、露天の多さは賑わいを感じさせますね。
鬼城さんの写真で凄いなーと思いましたよ。氏子の心意気なのでしょうね。
私は宇和島の下町っ子(旧八幡村の産)だから、三嶋様の夏祭りは知りませんでした。
茅の輪があるので「夏越祓」なのですね。屋台が沢山出ていて驚きました。このような祭風景に「寅さん」が商いをやっていたのかな。昨日、渥美清の出た映画「団体列車」を見ながら、宇和島で彼がロケした滑稽なシーンに独り笑いました。
この写真の最後の川原でホースを伸ばしている風景、これは何ですか?広場を作って盆踊り会場にでもするのかな?
 三嶋様の場所がよく分かりませんが、映像的には、城東中の裏手の辺りの川沿いの小高くなったところでしょうか?茅の輪も人形も回り方も場所場所で少しずつ違っているようですね。我が地元では、茅の輪は8の字で回っているようでした。
仕掛花火も
うわつ 様
活性化につながる行事は他のところでも見習わなければ成りませんね。何かをしなければ発展はあり得ない。これが地方に課せられた課題でしょう。「うわつ」さんは写真撮影で南予一円を撮っておられますから、その賑やかさや衰退は目で見ているでしょう。この地方、やる気と何かが足りない。来年は花火大会の8時頃に行くつもりです。
火災予防
木下博民 様
屋台が少なくなっています。昔ながらの金魚すくいや芋飴の世界はどこに行ったのでしょう?今でも残っているのが焼き烏賊・・・これはうまい!和霊様に匹敵するくらい屋台が出ていました。
河原は消防団員が火災防止のための放水です。川をまたいで2本のナイヤガラの滝の仕掛花火がセットされていました。火の粉が滝のように落ち、葦が燃えるのを防ぐのでしょう。これも地元の消防団の方々のボランティアですね。
昔の来村の鎮守様
tentijin 様
tentijinさんの氏神は「弓滝神社」でしょうか?ここは補導で一度行ったことがあります。約束事は輪の前で一礼、そして左へ、また正面から右へ、そしてもう一度左を回ってお参りだったと思います。まさに8の字ですね。
場所は堀部公園の前です。川沿いを行けば小高い森があります。三島の森ですね。長堀からも行くことができます。
土居通夫は元結掛の人ですから、成功して帰省したときに、三島神社に100円の基金を納めています。当時では法外なカネで、その記念に小さな石柱を立てたのがありましたが、今もありますかね。戦後の基金は石段両脇の玉垣に彫ってあり、それと比べ金額の差があり、ちょっと愉快になった石柱でした。土居通夫の名が宇和島で残っているのは、一宮さんの竹陰筆塚碑の基金者名とこれの二つだけ。厳密に言えば泰平寺の大塚家の墓にも建墓者として名が残っていたと思います。彼の評伝「通天閣」を書くために通ったのは30年も前のことです。
とにかく宇和島はどんどん変わってゆきますね。
いつもの口癖「変化と不変」
木下博民 様
良い方に変わっていけば良いのですが、打揚げ花火みたいなことが多く、地に足が着いていない気がします。今朝の新聞で昨年の「南予いやし博」の効果継続をという記事の中には、「八幡浜のサイクリングロード」や「三崎の自然」や「夕陽の見えるドライブコース」などが在り、宇和島のことはほとんど無し・・・いったい昨年の出来事は何だったんだろうと思います。土居通夫の碑はあると思いますよ。本殿の回りにも石碑があり、石段のところにも・・・改修していませんから30年前と変わらないのではないでしょうか・・・

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