須賀川上流 | 鬼城

須賀川上流

2013.05.24.Fri.12:00
柿原

須賀川も和霊町西で柿原方面と光満方面(高光)とに分流する。
分岐点からすぐ上流に八幡河原がある。
これだけ広いにもかかわらず、水量は少ない。
昔から伏流水で有名である。
この水量が少ないのには伝説がある。
昔、弘法大師が農家を訪れ、水を所望した。
農家の人は水を与えなかった。
そこで弘法大師は姿を現し、この河原に杖を突きさした。
見る間に水は干上がった。

吉田藩の家老の安藤継明が武左右衛門一揆を鎮めるため切腹したのがこの河原・・・
この河原ではのちに喧嘩などもあり、幾たびか血が流された。

中央にあるのが八幡神社秋の祭礼の時に御輿が舞う、舞笹の支柱である。


須賀川上流1

伊吹八幡宮

名前の如く、ご神木「伊吹」は樹齢800年余を数える。
神社には藤堂高虎奉納の絵馬、秀宗奉納の太刀や薙刀もある。

須賀川上流2

中流

分岐点から水源までの中程の川の様子である。
上流にダムができているので水量は少ない。

須賀川上流3

須賀川ダム

1977年に竣工した須賀川ダムは断水で悩まされ続けた宇和島市の大切な水瓶となっている。

須賀川上流4

南予水道局

ダムのすぐ下にある水道局である。
宇和島地方の水は、このダムの水だけではまかなえない。
現在は野村ダム、山財ダム、大久保山ダムからの配水もあり、半島部や島しょ部も断水はなくなった。

須賀川上流5

鮎返りの滝

このダム湖の上流には鮎返りの滝があり、その上には鮎返りのダムがある。
その上が鬼北町水分である。
すなわち、高知との分水嶺である。

須賀川上流6
コメント
No title
 父親が武左右衛門一揆の浪花節台本を書き、少年時代、鈴木米若がうなる浪花節を耳にたこができるほど、聞かされた。あの家老切腹の八幡河原がここなのですね。鮎返りの滝 を登る鰻はいそうもありませんが、蟹ならば登ることは可能なように思います。1度その調査をしたことがありますが、ダムの下には間違いなく蟹がいました。しかし、滝の上流にはいなかった。たった1日だけの調査なので、真実かどうかは分かりません。鮎返りの上流は泉が森の麓、牛の川地区なので、ここで聞き込みをすれば、真実に迫れるかも知れませんね。目の前にある川での生活体験が真実への鍵を握っているように思います。
鮎返りの滝
鮎返りの滝は行ったことがあるかな~と考えているのだが、はっきり憶えていない。あまり特徴のない滝だからなのかもしれない。上の国道には鮎返りのバスの停留所があるけど、バスに乗り降りする人は見かけたことがない。このような滝も観光資源のはずだが・・・・
 伯母の家が伊吹町にあり、八幡様は墓参りの途中によく通ります。が、よく見る河原の歴史や笹舞の支柱など全くしりませんでした。何より鮎返しのトンネル手前から黒尊に入るのに、滝は一度も見たことが無く知りませんでした。ぼ~としているんで、山の仲間は知ってるのでしょうが。
八幡様から上、柿原について丁寧に上流まで調べる人はいませんか
まず、八幡様前の伏流水の区間、詳しく調べた人はまだ聴かない。柿原には、上水道の汲み上げ方式の水源地にしようとした箇所があるのですが、そこが何処だったのか知りたいですね。この計画はのちに今の水源地公園のところの上流水を使うことになったのでして、上流水をそのまま沈殿槽に溜めるのは当時としては珍しかったようです。
武左衛門一揆については去年目的あって調べましたが、吉田藩の百姓が集まったときは雨で、おそらく大変だったと思います。「庫外禁止録(原本は安藤神社にあり、井谷写本の印刷本が日吉の役場にあります)」や白方勝の「武左衛門一揆講釈」で知る事が出来ます。
ところで、安藤自刃の碑の文字をなぜ宇和島伊達家の人が書き、吉田伊達家の人が書かなかったのか、ちょっと奇妙ですね。安藤か宇和島藩から差し向けた吉田藩の末席家老であったことなど、調べて蜜と別の騒動が浮かんできます。
テイジンさんのお父さんの浪曲台本拝見できませんか?
鮎返りの滝へ遊ぶ大和田建樹の話は、拙著「大和田建樹ノート」に書きました。
鮎止め?
tentijin 様
何故このダムがあるのか、不思議です。大干ばつの時、ここは満水、しかし放流はしなかった。9万近い宇和島市には小さな水瓶ですね。動植物の変化はあるようですが、治水のためにもダムは要りますね。調査研究は昔から?
観光
うわつ 様
そういやあ、鮎返りの滝のバス停がありましたね。現在は無いと思います。むかし、このダム湖まで下りたことがありますが、今下りることができるかどうか?滝は結構高度があります。この上にも滝があるんですよ。絞りの関係で空に見えていますが・・・(苦笑)桜の季節、トンネルを通って是非行ってみてください。
年寄りは・・・
吉野の食いしんぼう 様
若い人は知らないと思います。子どもの頃、花見の季節には、鮎返りも候補に挙がりました。ダムの湖名は黒尊方面からの流れ(次回アップ)も在ることから、スーパー林道の名前、若山から取った「若山湖」ですね。知らないことは数多くあります。それをたどっていく野が楽しみです。しかし、研究者でないので立ち止まらず、急ぎ足で・・・
今はもう・・・
木下博民 様
鮎返りの湖などに行く人は、居ないでしょう。鮎返りの滝上にダムがあることさえ知らないと思います。滝そのものを見に行くのは、暇な私くらいですね。水をくみ上げる場所、は写真にあるところではないでしょうか。聞いたことはあるんですが・・・同じく、神田川にもありますね。毛山橋の下あたりです。武左右衛門一揆は大事件だったと思います。吉田藩、お取りつぶしになるのを家老の安藤様が救ったんでしょう。宇和島藩伊達家としては、連座を嫌ったのではないでしょうか?推測でしか在りませんが、一揆は噂で広がるとも言いますから・・・次回は水源地方面を・・・

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