辰野川遡行 | 鬼城

辰野川遡行

2013.03.05.Tue.15:00
辰野川河口

宇和島湾にはいろんな川の河口がある。
この川は城の北側を流れる川である。
昔と違って護岸工事がなされ、川幅は細くなっている。
ここに10円で渡ることができる渡し船があった。

辰野川1

青鷺

500mほど上流で、青鷺を見つけた。
えさの小魚を捕っている瞬間。
昔はヘドロで汚れていた川だったが、現在は貝殻などで浄化する試みがなされ、水が澄んできた。
汽水域で現在は引き潮である。

辰野川2

穂積橋

法律家「穂積陳重」の名前がついた橋である。
人に仰がれる銅像より、人のためになる橋に名前を残したいという意思で、この橋の名前となった。
右手の建物は「ほづみ亭」料理屋さんである。
その奥手の屋根の低い建物が、高野長英の住居跡である。
現在は修復されているが、建物は明治時代に再建されたものとか。
隠れ家というのは、京都の寺田屋などもそうだが、川に面したところが多い。
追っ手から逃げるルートを確保するためと考えられる。

辰野川3

川の中程に位置する辰巳橋

赤い欄干で昔から有名である。
子どもの頃は「えんま様の橋」と呼んでいた。旧暦1月16日には「えんま祭り」が開催される。
この一つ上には観音(かんおん)橋がが架かっている。
この橋は道より、一段下がったところにあり、景観は素晴らしい。

辰野川4

野川の奥の橋

辰野川の源流は野川の奥である。
このあたりまで住宅地があり、狭い宇和島の象徴でもある。
宇和島の谷は柿原、丸穂、野川、大超寺奥、妙典寺前、来村(旧名)でそれぞれ川がある。

辰野川5

源流間近

とはいっても、これから沢登りをして、本当の源流は梅ヶ成峠である。
道が途切れるので沢を詰めなくてはならない。
機会があれば上ってみたい。
その峠を越えると松野町であるが、松野町の一部は宇和島市野川である。

辰野川6
コメント
勉強になりました
 食いしんぼうのことゆえ、「ほづみ亭」は何度も通っているのに、橋の名の由来、高野長英の住居跡など知りませんでした。(立て札は見たような~)
 野川に友人がいて辰巳橋はよく渡り周辺をウロウロしますが、源流付近の景色は自然がいっぱいで魅力的ですね。
穂積陳重先生の本根
穂積博士は銅像など不要、カネのかからない橋の名にしてくれ、このために集めた金は奨学基金のして欲しい、といわれたのですが、さて銅像を作ろうなんていってカネが集まったのでしょうか?集まった金は奨学基金になされたのでしょうか?
宇和島の人はあまり寄付などすすんでやられないようですね。無償の寄付を願って南豫の人に乞食のように嫌われた情けなさを大和田昇海軍少将が南豫明倫館の創設時に苦労された記録を改めて思い起こしました。私は穂積橋にそのような思いをいつも抱いています。
河口
見慣れていた風景でも少し角度が変わっただけで、どこだろうか?なんて思います。この辰の川河口がそうでした。
数年前に事故で亡くなったK君が所有していた船が少し写っています。
野川から滑床へトンネルで行ければ近いですね。もともと滑床は宇和島市なのだから。
由来
吉野の食いしんぼう 樣
宇和島に住んでいても由来などは、あまり気にもしませんでした。勤務し始めて少し興味を持った次第です。詳しい方に聞きながら深めていきました。それでもまだまだです。詳しい方は、書き込み模して頂く「木下博民」先生です。宇和島に関する書籍も数多く、大変勉強させて頂きました。
川遡行は沢登りするまでやりたいのですが、一日仕事になりますから、毎日が日曜日になってからにします。ブログにアップする題材はまだまだ多くあります。
故郷納税
木下博民 樣
寄付はなかなか集まらないとか。東北震災の義援金などは多く集まったようですが・・・それとふるさと納税など、面倒なことも愛媛県一だそうですよ。さて、寄付金はどうなったか?興味はありますが、調べる手立てがあるかどうか。穂積陳重の銅像はありませんが「胸像」は博物館にあります。30cmぐらいかな。
Kくん
うわつ 樣
網屋さんでしょうか?昔、釣りに興味を持っていた頃、船の免許とか、船が非しかった頃がありましたが、ついに何も得ませんでした。辰野川河口にはヨットなど停泊していますね。
松野町が鬼北町を通り越し、宇和島と合併を推進した方が、トンネルを抜く話をされていました。宙ぶらりんで松野町も苦労しているようですね。今となっては合併も難しいでしょう。
No title
 宇和島の川は、平野部が小さいせいか、いずれも小さな川ですが、上流に行くにしたがって風情があり、自然を満喫できますね。最後の花の下を流れる川などは、水も澄んでいて大変美しいですね。愛情を持って撮影をされている様子が写真に表れていいます。
小さな川
tentijin 様
小川では無いことに注目です。ほんと、鬼ヶ城山系が海から直登しているので川も短く、水量も少ないのでしょう。しかし、人間の居るところ、ゴミや汚れが・・・これを地域の住民が気がついたときに治すことが大切ですね。誰かがやるだろうではいつまでたってもきれいになりません。辰野川添いの方達は一生懸命に努力したのでしょう。現在では6月中旬に螢が舞う川にまで還ってきています。これが広がると良いですね。

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