えんま様 | 鬼城

えんま様

2013.02.26.Tue.18:00
えんま樣

宇和島の春を呼ぶ「えんま祭り」が23日、24日、25日の3日間開催された。
旧暦の1月16日前後に毎年執り行われる。
このときには宇和島出身の日本画家「村上天心」の巨大な閻魔大王像が掲げられる。
ほか、地獄極楽図の軸も本堂の周りを埋め尽くす。

ここ佛日山西江寺は臨済宗妙心寺派の寺である。
23日がえんま様
24日が大黒天様
25日が弁財天様

えんまさま1

山門と二重の塔

川沿いの参道には1kmほど出店が並んでいた。今では寂しくなっている。
参拝した日は月曜日だったので幼稚園、保育園の園児達が多かった。

えんまさま2

えんま地蔵像
本堂、ご本尊の横にあるえんま地蔵像
裁判の途中だろうか。


えんまさま3

地蔵菩薩図

説明される大宮さん、25年になるとか。


えんまさま4

参道に並ぶ出店

元々この寺は駅前の龍光院の所に建立されていた。
伊達家が入府したおり、その地を鬼門よけの直願場とし龍光院を建て、西江寺は現在地に移転した。
宇和島寺町通りの中心でもある。

えんまさま5

ひょうたん菓子とまったけ飴

子どもの頃、えんま様と言えば、この二つのお菓子であった。
購入されるのはお年寄りが多かった。


えんまさま6
コメント
No title
 仏教がまだまだその効力を発揮していた時代、昭和30年以前に、母親に連れられて、母親の解説入りで、初めて地獄絵を見たのが、3~4歳の頃。幼さ故に強烈な印象で心に刻まれている。翌年からは、小銭を握って1人で出かけていたように思う。にっき水、椎茸飴、瓢箪菓子が定番の屋台の商品だったと思うが、なかなか私の手に入る値段ではなかった記憶もある。数年前に久々に訪れてみたが、人も環境も様々変わっていると思うが、地獄絵などは変わらないので、十分に当時の雰囲気を満喫できました。良い解説(説明)が入るのなら、小さい子供に見せるのが、1つの規範意識を養い作る手助けになるかもしれませんね。
天国と地獄
tentijin 様
 昔話をよくしてもらいましたね。会津「什の掟」にもあるように「嘘言(うそ)を言ふことはなりませぬ」・・・「嘘をついたら舌を抜かれるぞ」と脅かされ、道徳心を養っていたような気がします。一つの躾でしょうか。こんなことをカタチは違っても、現代の家庭でやっているでしょうか?いまさら道徳教育を必修にの話は遅すぎる感がしますね。
 雰囲気的には、ちょっとだけ浸れるような気がします。お祭りの風景も変わっています。
もう閻魔様ですか?
春を呼びますね。私が小学校1年だがら昭和4年(1924)の閻魔様当日、担任の大内利雄先生に連れて行ってもらったことが昨日のように思い出されます。昔の本堂はたたみ敷きでしたから上がって恐る恐るあの「閻魔図」を見た覚えがあります。かえりに沿道で買ってもらった瓢箪菓子は、いま思い出しても一番不味い菓子でしたが、先生から買ってもたっらことは忘れません。我が家ではお菓子など買ってもらった記憶が全くありませんでした。我が家が極端にその日暮らしになった、大不況の時代の魁でしたから。
村上天心ともっとも近い方は黒田の旗屋さんです。この方の墓は九州だろうですね。
残念だったのですが
 23日、昼食会が宇和島の「器」であり、出かけておりました。えんま様が西江寺であるのでにぎやかよと聞いて、興味があったのですが、3時から約束があり慌てて帰宅し残念でした。私も幼い頃、祖母から「嘘をつくと、えんま様に舌を抜かれ、地獄に堕ちる」と恐い話を聞かされ育ちました。これは幼児には強烈なインパクトがありました。
 ひょうたん菓子や松茸飴は私は永野市の竜王様の祭りで子供の頃見かけました。昨年ひょうたん菓子を食べる機会がありましたが、「炭酸」の苦みが昔を懐かしく呼び起こしてくれました。
村上天心
木下博民 様
 この画家は酔いどれ画家で有名だったようですね。流れて九州に行ったと聞いていますが、最後は何処で亡くなったのか、調べては居ません。しかし、西江寺がこの画家を使っていたことは事実です。良い物を残してもらいました。
 ひょうたん菓子、今では味も変わっていると思います。鎌倉の鳩サブレに近い物でしょう。まったけ飴は独特の形、味ですね。まだ続いていることに驚きと感動です。
竜王様
吉野の食いしんぼう 様
 残念でしたね。機会を逃すと次までなかなか時間が掛かります。まだまだあると思っていた展示会が、あっという間に終わっていたことは再々です。(泣き) 先日の市立の絵画展もそうでした。
 永野市の竜王様にもひょうたん菓子やまったけ飴があるんですね。えんま様の専売特許かと思っていました。はや2月も終わりに近づいています。桜開花も間近でしょう。
えんまさま
ほ~・・・・、いいときに行きましたね~。園児たちは怖がりましたかねー。私たちの頃は、雷・火事・オヤジより上だったのではないでしょうか。まあ~、おふくろが一番でしたがね。マッタケアメもひょうたん菓子もさほど美味くありませんでした。どちらかといえば、ひょうたん菓子はマズ~イ代表でした。
えんまさまは、春の知らせのような行事ですが、この日に大雪が降ったこともありましたね。
大雪
うわつ 様
 ぼけてきたのか、大雪は記憶にありません。えんま様の縁日、そして初午の妙典寺は楽しみでした。昔のお祭りは四季折々・・・懐かしいですね。
村上天心の墓ははっきりしています
村上天心は、インターネットでお調べになると、すぐ出てきます。酔いどれ画家だったとは知りませんでしたが、やや放浪癖があったのかも知れませんね。宇和島の画家でネットに出ている人はすくない。ただ、宇和島で関心がないのかもしれません。
天心
木下博民 樣
 岡倉天心なら、ほとんどの人が知っていますが、村上?となると・・・迫力のある地獄極楽絵図ですが、美術的価値となると私には分かりません。子ども達にとって道徳的なしつけができるのがいいですね。恐怖感など感受性の強い子ども達にとって意識づけることは名画中の名画かも知れませんね。宇和島で油屋熊八など、もっと知られていい存在ですね。
村上天心はネットでお調べください。
宇和島人は、お殿様や元藩士については結構調べておられますが、村上天心や油屋熊八、城山静一、森岡天涯、土居通夫などなどについてはほとんど関心がない。不思議な町ですね。
いろいろ
木下廣民 様
 全国的に知られていないことが多いですね。宇和島より発信せねば・・・

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