細川邸 | 鬼城

細川邸

2013.02.17.Sun.08:00
全国有数の上級武家屋敷としての格式を持つ、熊本県指定重要文化財

細川刑部家(ほそかわぎょうぶけ)(別名長岡刑部家)は細川家3代(肥後藩初代にあたる)忠利(ただとし)公の弟、刑部少輔興孝(ぎょうぶしょうゆうおきたか)が正保3年(1646年)に2万5千石を与えられ興したものです。



細川家1

床の間

江戸時代の和時計、一輪の花が・・・

細川家2

つくばい

上には竹蓋がきれいに編まれていた。

細川家3

居間

ひな人形の飾り付けがされていた。
窓は数寄を凝らした丸窓。

細川家4

お茶室

大名家ゆかしいお茶室が奥に
庭に面しているが入室禁止だった。

細川家5

炊事場

出口付近の広間に炊事場がある。
昔ながらの階段の箪笥。
竈、水を溜める所、流しなど機能的に並んでいる。

細川家6
コメント
細川邸
さすがに大きな武家屋敷ですね。当時は多くの下働きの女性が居たであろう炊事場、かまどに大きなはがまとさらに大きな鍋でしょうか。湯を沸かしていたのでしょうね~。つの樽は現代のものでしょうね。
歴史
 床板の木目、床の間や柱の磨き込まれたつやにも歴史を感じます。丸窓もお洒落ですね。台所の採光も、ホットしたものを感じさせます。
宇和島同様空襲被害のあった街ですのに
宇和島同様空襲被災都市なのに古いものや復原などたいしたものですね。
宇和島にはこのような古い家はありませんか?戦前の家でも直ぐに100年たってしまいます。
宇和島には穂積邸や大和田邸を壊した材木が何処かに仕舞ってあると聞きましたがどうなりましたか。
とにかく、宇和島人は石碑すら大切にしませんから、寂しいことです。
お疲れ・・・
うわつ 様
 奈良での修行、一日、一日とうまくなっていると思います。被写体もいろんな場面を想定して良い雰囲気ですね。所帯場はどこの屋敷でもあります。昔の我が家(こんなに大きくありませんが)にも在りました。今では金剛山の修行僧のまかない所くらいでしょうかねえ。
明かり取り
吉野の食いしんぼう 様
 最近、いろんな茶室を見る機会があり、明かり取りに興味が湧きます。なんでも知りたい、見てやろう精神です。丸窓は良いですね。この細川邸で一番見たかった茶室は外からもにじり口で入れず、残念でした。蛍の光、窓の雪ほどではありませんが、現代の家はLED証明などで何か味気ないですね。
焦点化
木下博民 様
 熊本市などは大都会ですから、市の活性化をなにを中心にしていくかが舵取り役の考えなんですね。国も同じだと思います。政治は分かりませんが、「三本の矢」はわかりやすいです。宇和島は焦点かできていないような気がします。すっきりと公約の「歴史文化都市」(伊達な街歩きミュージアム構想)を中心にすれば良いのですが・・・一次産業とか、六次(加工)産業とか、なんとなく目移りしているような気がします。本能寺ではありませんが「時は今!・・・」だと思います。
No title
 上級武家屋敷、外観も随分保存状態がいいように感じます。床の間の和時計、このような場所で時を告げていたのでしょうか。いい感じですね。丸窓は時々見かけますが、内外で風情が変わっておもしろいですね。階段の箪笥は、何だか作ってみたくなります。お目当てが見られなくて残念でした。
シンボル
tentijin 様
 熊本城は県民、市民のシンボルで予算関係も付くとか言っていました。本丸御殿や細川邸の移築費用など大変な予算だったろうと思います。まだ整備途中とのことでした。
 さて宇和島は?鬼北町は?となると・・・とにかく久しぶりの熊本、別の視点からも楽しめました。

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