和霊神社 | 鬼城

和霊神社

2013.01.03.Thu.16:00
新年を迎え、良い天気が続く
明日3日は寒気来襲とのこと、天気に誘われ初詣に行くことにした。

神社の門松は古式豊かなものである。
境内には出店が・・・景気の影響からか以前より少ない。

初詣1

手洗い

最初に左手、そして右手、それから左手に水をすくい口をすすぐ。
それから左手を洗い、手を拭く。

初詣2

和霊神社本殿

人出は例年より少ないようだ。
元日は多かったかもしれない。

初詣3

本殿内

幕には山家清兵衛公の家紋「釘抜き」と「抱き波」
全国で侍大将や藩主の神社は多いが、家臣でこれだけ大事に祭られている神社は珍しい。

初詣4

巳年の大絵馬

記念撮影をしている人は多かった。その合間にシャッターを・・・

初詣5

松根東洋城の俳句結社「渋柿」同人、米田双葉子先生の俳句

素戔嗚は 若禰宜ならめ 初神楽

俳句については無知だが、新春を迎えるのには素晴らしい句だと思う。

初詣6
コメント
流石、和霊様ですね。
参拝者の多いこと。やはり和霊さんですね。
私はこの3日、往復500歩のポストまで1日に1度しか出なくなりました。それもやっと。脚が痛むのです。しかし、必ず痛さに馴染むようになるだろと今のところが我慢しています。
今年も故郷ニュース楽しみにしています。
人出
木下博民 様
 毎年、和霊様のお祭り、初詣など人出は見て感じるほど減っています。地方の宿命でしょうか。地方の商店街はシャッター街となっています。どっかの党が地方に主権をと言っていましたが、具体策が示されていませんでした。美辞麗句を並べた公約は絵に描いた餅です。
 今年も宇和島を中心とし、動き廻ってみます。お体大切に・・・
No title
 母親が存命中、早起き会のようなものが、和霊神社の一室で行われており、参加したことがありました。私は、信心する心が薄いようで、目先の願い事などを主に神前で唱える、いわゆるふとどきな輩です。その時は、親の心を乱すのも億劫なので、共に参加したのだろうと思います。未だに「苦しい時の神頼み」は、変わらず、ふとどき者の願いはかないませんが、日々の平安という最も得がたい幸運に今のところ恵まれているように感じています。よく考えると、それが一番なのかもしれませんね。
頼る
tentijin 樣
 人間は弱い者だとつくづく思います。いろんな悩みを抱え、生きていく。そんな中で楽しみもある。苦しいときは神様だろうが、イエス様だろうが、仏様だろうがすがっていく。不思議なのは若い頃は、適当に拝んでいたものが、最近のお参りでは丁寧になったこと。神前に行くと身が締まる。神様もお願い事が多いやっちゃなあとあきれているでしょう。v-290
新年の風景
明けましておめでとうございます。
新年の御挨拶が遅くなりました。

なかなか鬼城さんのブログへの書き込みは、タイミングが難しくて機会を逸してしまいます(笑)
たぶん昨夜のNHK仕事の流儀、楽家15代当主吉左衛門は、皆さんも御覧になっていると思い書かせてもらいました。

http://www.nhk.or.jp/professional/2013/0103/index.html

轆轤(ろくろ)や窯を使った焼き物とは違った究極の手造りによる楽焼の凄味に圧倒されました。
過度な表現を排した自然の風合いへと同化するような岩のような茶碗へ至る作陶の過程に溜息。
久しぶりに良い番組を観ました。

あっ?記事の内容とかけ離れた話題を振って申し訳ありません。

今年も鬼城さんの四季の移ろいを感じさせてくれる宇和島風物詩に期待しています。
楽家
ランスケ 樣
 勤務先の関係で道具類を始め、書画骨董類、蒔絵、焼き物、その関係でお茶道具、お香道具まで幅広く、浅い(自分の人生の如く)知識が広がりました。当館の協議会委員の木村先生との繋がりで15世楽吉左衛門氏の名前を知ることになりました。数年前に民放で楽吉左衛門15世という番組もありました。勿論、昨晩の番組も見ました。もっとも職人さんらしい方ですね。
 四季の移ろい、ランスケさんの一人舞台のような気もしますが・・・宇和島の移ろいは、他に行くことができないのでという条件がつきます。(笑い)
さすが和霊様
 本殿内の白い幕の写真がすがすがしい正月の空気を感じさせ、見てても背筋が伸ぶ気持ちになりました。33才の厄落としに行ったとき、神主さんの一人が「もう、そんな年になったかな~」と言われました。私はその方が未だに誰か解らず、一般的な感想だったのか???です。でも祈って貰うととても安心した記憶が甦ってきました。
節目
吉野のくいしんぼう 様
 生きている以上、節目はあります。その都度、多かれ少なかれ宗教や習わしが関係します。自分は神社でもお寺でも教会でも、何故か緊張します。きちんとしないといけないという風です。職業柄、式典が多い所為でしょうか?
 今年も一つの節目、なにか寄りすがりも必要かと(苦笑)
厄ってなんだろう
神社といえば「厄落とし」だなんで、慌ててゆかれる人が居られますね。
男25,42,61、女19、33、37とか。それに前厄、後厄。年は数えだ、満だ。そい言っていては毎年が厄、厄、厄・・・
100歳以上が5万人、2035年にが33万人(?)、そんな時代になっても中国古来の道教の思想を受け継いだ平安時代の怨霊華やかな信仰を引きずっているのですから、人間は何と弱いものであることよ。
いや、凶も吉もすべてハレの世界で洗い清めましょうというのが日本新のおおらかさ、暢気さ。それでいいのです。
日本人が世界のトップを走って人類寿命の記録つくりに挑戦しています。誰か、還暦という道教が造ってくれた輪廻の枠組を近代的に併せる人はいないでしょうか?傘寿とか卒寿とか白寿とか、こういう言葉遊びを考えたのは、中国ではなく日本人のようです。中国人は杜甫の漏らした「古希」まで、杜甫は58で死に、孔子だって72まで。まあお互いに、第三の人生にかかっておられる定年後の皆さんは是非新しい「厄年」が毎年毎時襲っていることをご理解ください。やや先輩の私が、よたよたしながら申し上げるのですから。
毎年厄とは
木下博民 様
 人生50年と信長が歌い、現在は長寿立国・・・そして働き働き、高度成長を遂げた今も寿命は延びている。ひしぎ名現象です。とにかく、周りを見るとお年寄りが元気です。しかし、毎年厄とはありがたくないですね。健康管理に気をつけながら、先生の教えをかみしめて行きます。

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