大徳寺 | 鬼城

大徳寺

2012.11.21.Wed.19:30
大徳寺

方丈および玄関 (国宝)

 江戸初期の建築で、禅宗様建築である法堂や仏殿と異なる日本様式の建物である。方丈は正面29.8メートル、側面17.0メートル、入母屋造で桟瓦葺(本来は檜皮葺)、玄関は桁行6間、梁間1間、一重、唐破風造で桟瓦葺。中心伽藍の北側に位置し、土塀に囲まれた一角にあたる。方丈は寛永12年(1635年)、玄関はその翌年、豪商・後藤益勝の寄進で建てられたもので開祖大燈国師(宗峰妙超)300年遠忌を記念して新築されたものである。玄関は翌寛永13年に完成している。「方丈」は元来は住職の居室を指したが、後に住持の居間は別所に移転され、朝廷の勅使や幕府役人の接待・宗教行事などに用いられる空間となった。通常の方丈建築は、前後2列、左右3列の計6室を並べる平面形式が多いが、大徳寺方丈は前後2列、左右4列の計8室をもつ特異な形式で、向かって右から2列目の前後2室は、開祖大燈国師(宗峰妙超)の塔所(墓所)である雲門庵となっている。雲門庵の一部は方丈北面の広縁を越えて北側に突出している。宗峰は、「自分の死後に、墓所として別の寺院を建てるには及ばぬ」と遺言していたため、このような形式になっている。方丈の障壁画は狩野探幽の作。枯山水庭園は国の特別名勝および史跡に指定されている。


大徳寺1

方丈内の障壁画

狩野探幽

大徳寺2

方丈より見るお庭と紅葉

大徳寺3


大徳寺三門

金毛閣
一階部分は一休禅師が建立、二階は利休が建て、像を置いた。
秀吉は頭上に像があることが気に入らず、利休に切腹を命じたことで有名。
大徳寺4

修行道場

大徳寺5

総見院

織田信長公を祭っている塔頭
国の重要文化財「信長座像」は有名である。

大徳寺6
コメント
大徳寺
雨の京都大徳寺、前を通ったことはありますが、中に入ったことないんですよ。
石がしっとりして、静けさが伝わってきます。仕事だったらお疲れさまでした~。
建物と紅葉
 ここが、利休切腹の原因の建物ですか。話としては知っていたのですが。修行道場の門からのぞく紅葉が際だって綺麗ですね。お寺にはそれぞれ色々な歴史や宗派とかあるのでしょうね。
No title
 私は、いわく因縁も知らず、その前を通った記憶があります。私の目的は、その近くのお店で食べた湯豆腐でした。京都で食べる湯豆腐は、値段は高いように思えますが、美味しさは格別、なぜでしょうね。どうやら、今回、花より団子族のようです。
お寺
tentijin 様
 京都は美也子ですが、お寺の町でもあります。その一つ一つの由来など覚えることはできません。私も宗派なども聞けば、そうだったんだという程度。自分に関係のある場所であれば調べるし、行っても見ます。私も花より団子派ですね。

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