八つ鹿 | 鬼城

八つ鹿

2012.11.02.Fri.12:00
八つ鹿

八つ鹿の起源についてはいろんな学説があり、不明な点が多い。
秀宗入府の折、東北地方から伝わっていたという説がある。
踊りの形態からいうと東北は荒々しく、南予地方はたおやかなメロディで優雅に踊っている。

八つ鹿1

毎年天赦園で披露される舞は城をバックに素晴らしい。

八つ鹿2

南予一帯に鹿踊りはあるが、鹿の頭が写実的なものは宇和島のみ。

八つ鹿3

裏町(旧町名)一丁目のお練りとして宇和島では有名である。

八つ鹿4

中央の頭が雌獅子
七頭の雄獅子が、雌次子を訪ねて舞う姿を表現している。

八つ鹿5

演じる者は小学生
唄は声変わりする前の男児の声が必要だとか。
演じ手を捜すのに苦労するとか。
移動の時には写真のごとくたれを上げて動く。

八つ鹿6
コメント
No title
 ほんとにリアルな頭なんですね。鬼北にも五鹿がありますが、確かに宇和島のような頭ではないですね。雌が1頭というのは、雌をめぐる争奪戦なのでしょうかね。伊達の本家本元の行事が、日本晴れの青空に映えていい写真ですね。
兄弟面
tentijin 様
 まとめての書き込み、ありがとうございました。鬼北町清水の5つ鹿の面は、江戸末期、宇和島の裡町、磯衛門作です。この裡町の面は新調されたモノですが、前の前(現在博物館所蔵)のモノも磯衛門作なんです。作りは同じで宇和島のものの方が2年ほど前とか。色は宇和島が白、清水が茶色ですね。
No title
裏町1丁目の八つ鹿は、1922年11月25日に摂政宮にご覧頂こうと新たに作り変えたのを踏襲していて、それまでの博物館にあるのに比べるとリアルですね。
この着物がいい。ススキの原で楽しむ鹿のイメージが素敵だ。他所のは仙台からの彩り幕で、その踏襲も結構ですが、裏町のにはちょっと真似できないでしょう。
声変わりしない男の子が対象の踊り子、ってもの面白い。大人になるとやたら飛び跳ねたり、澄んだ秋風にはあの声が似つかわしい。歌って、太鼓をたたいで、しかも薄絹を通して踊るのだから、よほど練習しないと駄目で、子供には重労働でしょうね。市役所では女性グリープのようですが、やはり裏町にはかないません。
毎年苦労して踊り子を人選される保存会に、宇和島文化勲章を差し上げたいくらいですよね。
立派
 衣装・鹿の数・頭と言い立派な鹿踊りですね。青空とお城をバックに踊る姿、宇和島の伝統鑑賞、最高のシチュエーションです。声変わりの件、始めて知りました。
No title
木下博民 様
 仙台の鹿踊り(獅子踊り)は勇壮で荒々しく戦国時代そのものですね。宇和島の鹿踊りはたおやかで優雅さを表すものです。私見ですが、秀宗が人質として育った大阪の生活が舞に影響を与えていると考えるんです。つまり平和の中で仙台地方の踊りを変化させたもの。何の根拠もありませんが、なにか起源にロマンを感じます。
 八つ鹿保存会の皆様には頭が下がります。
歌詞
吉野のくいしんぼう 様
 優雅ですね。子どもの声が良いのだそうですよ。天赦園での演舞は毎年13時頃ですね。カメラマンが大勢詰めかけます。殿様は昔もこのように踊らせていたんでしょうか?
 何処の地域の鹿踊りもルーツは東北・・・鹿踊りサミットなど考えてはいかがでしょうかねえ・・・
吉野のくいしんぼうさん
八つ鹿踊りに興味がおありならば、拙著「八つ鹿踊りと牛鬼」をご覧ください。吉野の鹿も参考にしました。
きずな
木下廣民 様
 絆を愛読されていて、木下先生のことはエッセイでよく知っておられるとのことでした。八つ鹿など先生の著書についてはお知らせしました。返事を出すのも恐れ多いと、メールが来ましたので私からのお返事です。v-290
メールの楽しさ
吉野にお住まいの方ですよね、お名前のわからない「くいしんぼうさん」、ぜひぜひわたしのネットでお頼りください。
ブログでは、面をかぶった能のようで演者の本当の姿がわからず、お芝居のなかの対話って感じですね。
いま、子供たちがゲームや友人をつくるのにIT世界中心のようですが、これでは真の教育は出来ません。大人の世界もそうですね。

管理者にだけ表示を許可する